嘘つきと名探偵
細川たま
第1話 超能力クラブ ~凡人の見解~
私は生来の嘘つきだ。おそらく、私だけではないだろう。生まれたからには、誰もが一回は必ず、嘘をついたことがあるはずだ。これは、あるドラマで得た知識だけれど、人間は一度の会話で、およそ三度嘘をつくそうだ。この事を思い出すとき、私はなんだか、人間は悲しい生き物だと思う。だってそうだろう。唯一嘘をつける生き物だという一点から、嘘をつかなければやっていけない生き物になってしまうなんて。嘘は呪いなんじゃないかしら。けれど、私はどうしても、嘘をつかなければならなかった。よく考えてみれば、いちいち自分の思っていることを赤裸々に語っていたら、身がもたない。嘘という逃げ場がなくては、もはや人間は駄目なのだ。そう思いつつ、それでも私は、真心が欲しかった。嘘をつく生き方は確かに楽だけど、できれば、正直でありたい。素直に、なりたいのだ。
正しい人は誰だときかれたら、私は迷わず「真理を追求する人でしょう」と答えるだろう。例えば、学者や裁判官でもあながち間違いではないけれど、私にとって、もっとも身近なそれは、探偵だった。すべては、ある噂を聞いたことから始まった。以下は友達の嘉穂子との会話である。
「ねえ、友佳」
「なに?どうしたの。そんなにあわてて」
「いや、ヤバイんだよ。」
「んー。わかった。嘉穂子、国枝先輩のことでしょ」
「違うから! そうじゃなくて、うちの学校に探偵がいるって話」
「……探偵って、金田一耕助とか明智探偵とかの?」
「そう。その探偵が、陰気くさいあのオカ研にいるんだってさ。しかも男子らしいじゃん」
「それ、大丈夫なの」
「それがわからないの。イケメンなのかな。その探偵って。実際あたしも聞いた話だから。そうだ、友佳が見に行ってきてよ。お願いっ」
「うっそ、なんで私が」
「そんなコト言わずに。ね?友達でしょ。いつもの友佳なら、道理はないけど義理はあるか、とか言って頼みごととか解決してくれるじゃん」
「……はあ」
これでは友達というより、何でも屋だ。この時ばかりは、私こそ探偵になるべきなんじゃないかと思った。
そんなわけで、私は、陰気くさいで名をはせる、オカルト研究会が巣食っている教室へ足を踏みいれることになった。私と正反対の人種、探偵に、私はその場をかりて訊いてみたかった。なぜ正直者でいれるのか、なぜ真実にこだわるのか。本当の意味で、彼しかこの質問の回答を持っていない気がする。例によって私は、オカ研の部室へ向かったが、その足取りは軽かった。嘉穂子にそっけない態度をとった私だったが、実は探偵に興味津々だったのだ。
入り口の前まで来て、私は深呼吸した。やがて落ち着いて、「失礼します」という挨拶をそえて、室内に入った。そこは、イメージを裏切った清潔なところだった。だけれど、やっぱりというべきだろう。部屋には、怪しい、なにやら辛気くさいアイテムやポスターが雑然と配置されていた。中央に縦長のテーブルがあった。そこで、部員と思わしき男子生徒が一人、突っ伏して寝ていた。
「あのぉ、すみません」
おそるおそる話しかけたが、決して起きなかった。だから、今度は無遠慮に「起きてください」と乱暴な声をかけてみる。すると、反応があった。
「う、うう。だから、廃部は認められないと言っているでしょうに。我々の活動の有意義さ及び有益さについて論ずるのはこれで5回目ですよ。わからず屋だなまったく」
男子生徒はわけのわからないことを言いながら、突っ伏していた頭を、重そうにあげた。顔立ちがよくて、クレバーな雰囲気を感じた。
「あの、どなたかと勘違いしていらっしゃいませんか」
「……。おや、そのようですね。だったら、君はどこの馬の骨ですか?モンゴルのですか?アメリカのですか?」
さっぱり理解できない洒落だった。モンゴルといえば、私たちは生物学上は確かにモンゴロイドだった。でもまあ、それは私個人の説明になっていない。
「二年の桂田友佳です」
私は自己紹介をした。男子生徒は、軽口を無視されたのが気に食わないのか、不満の色を露骨に表していた。
「俺は一年の堀越です。堀越春樹。よろしくお願いします」
堀越は握手を求めてきた。私はすぐに「結構です」と返した。ちょっとした意趣返しである。またもや堀越がしかめっ面をしたので、ばつが悪くなった。
「はあ。それで、なんのために我々の部室へ?」
「実を言えば、探偵の噂を聞きつけて、見学に来たんです」
それを聞いて、堀越は今度は驚いたような表情をした。
「二年生にも広まっているんですか」
「はい。嘉穂子、じゃなくて私の友達から聞いた話なので間違いないです。ええと、何か不都合でも?」
「そういう訳じゃないです。大体隠してもいないんですが。驚きですよ。驚き」
いけ好かない口調だった。そもそも、なんで私はこんなヤツにかしこまっているのだろう。あほらしい。
よそ見をした先に、カレンダーが張られている。よく見ると、1998年のカレンダーだった。どうやら、ここの部員たちの時間は、長野オリンピックから動いていないらしい。
「堀越くん。この部はなにをしているの?」
「そうですね。一言で言うなら、オカルトにメスを入れ、全面的に否定するんです」
オカ研にあるまじき活動内容だった。オカ研。ただしそれは、オカルトがいかに非科学的でいい加減かを研究する部という意味合いでオカ研なのかもしれない。
「たとえば?」
「透視ってありますよね。見えないものを透かして見る超能力。大抵、X線で済むことなんですが、やっぱり人間の限界を越えるという一点はロマンですよね。透視は実に奥が深くて、一言で透視と言っても、意味が広く、千里眼なんかも透視にふくまれます。英語ではそれらをひとまとめに、クレアボンスっていうのです。ところであなたは、透視のテストはご存知ですか?」
堀越は、饒舌な口振りでペラペラと説明した。その時の彼の目は輝いて見えた。自分の好きな話題だけヒートアップするたちの人は知っているけれど、ここまでのものは初めてだった。
「映画で観ました。たしか、カードの中から特定の記号を透視して当てるんでしたっけ」
「ええ。その通りです。けれど、ここでの問題は、透視実験の被験者の正否の扱いです。俺の読んだ本に、どの被験者の透視能力も、負担が大きく、体力を消耗しやすいという記述がありました。でも、そんなこといい始めたら、失敗を全部、当時のコンディションのせいにできますよね」
「たしかに」
「まあ、こんな具合に、超能力や心霊、果ては宗教上の教えなんかの揚げ足をとってもやろうって部なんです」
ずいぶんと壮大なことを考えるなと思った。
「変な部活」
「よく言われます」
堀越が笑みをこぼした。それはどこか怪しげな笑みだった。
「それで、探偵さんは今どこにいるんですか」
「あなたの瞳に映っているのが探偵ですが」
堀越はまた自信満々に怪しげな笑みを見せたが、キザな言葉を浴びせられた私はつい顔をしかめてしまった。
「へえ。大体見当はついてたけど、本当に君が探偵なの?」
口が滑って本当に君が探偵で良いの? と訊ねてしまいそうなのを堪えて私は問う。
「僕以外に適任はいませんよ」
「……でも、なんで探偵である君がここに?」
私には、質問したいことは山ほどあった。だけど、これだけはどうしても気がかりだった。その私の問いに、目の前の探偵は、堀越春樹は、少し考えてきっぱりと言い放った。
「だって、楽しいじゃないですか。嘘から真実を見いだすのは」
嘘つきと名探偵 細川たま @garasha777
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