4 ガーディアンガール、お役目を頂戴したい
楓がたまり場の鍵を開けると、空高くから声が響き、真っ青な光が舞い降りてきた。
「おーい、でーんで――ん!」
「めーちゃん、こんな昼間から
楓の言葉はそこで止まった。棗の操縦する槍に、予想外の人物が同乗していたからだ。
「……よう。暑いな」
「一高の前で見っけたから連行してきた!」
槐がばつの悪い様子でいるのは珍しい。棗に強引に乗せられたようだ。後ろにはいつもの
「塾の時間までどーせヒマでしょ。なら目の届くとこに置いときゃいーじゃん」
「俺は置物か」
「そりゃもう金の延べ棒よ。ほら入った入った」
棗は槐をたまり場の奥に
「でんでんも座んなよ、ほら!」
棗の促しに楓は固まった。残された席は槐の隣しかない。
(こんな、至近距離に……!?)
教室では前と後ろの距離感だからまだ平静を保てているのであって――。
「わ、私お茶淹れてくるから、みんなは適当にくつろいでて!」
楓はキッチンに逃げ込んでしまった。ちらりと視界に入った棗が口をすぼめていたのは、見ないふりだ。
*
棗の行動は、理にかなったものだ。
槐はナイトメアの標的になる。彼をめぐって戦いになることもままある。有事の際に駆けつけられるように、身近にいてもらう。
有無を言わせず連れてきたとおぼしきことは置いておいて。彼を
棗の行動に作為を感じるのは、気のせいか。
(考えすぎ、考えすぎ、自意識過剰! そもそも私は伏見くんのことは別になんとも……)
楓は思い切りかぶりを振った。
それから我に返り、戸棚からグラスを取り出す。冷凍庫の氷とティーバッグをグラスに入れる。水を
戸棚に揃ったグラスの数は五。楓たち三人とアカザの分、と考えると一つ多い。
あるいはアカザなら。槐が来ることを予見していたのかもしれない。
冷蔵庫を、グラスを、紅茶を。用意したのはアカザだ。いつしかたまり場はモノで賑やかになった。紅茶に関しては拘りがあるようで、様々な茶葉とティーセットが揃えられた。一方で楓たちが手軽に楽しめるようにと、ティーバッグも買ってくれた。
あの闘いの晩から、アカザとは連絡が取れていない。仕事が忙しいのだろうか。たった一週間、彼女の気配が感じられないだけで、これほど心細いとは思わなかった。
(……早く、戻ってきてほしいな)
*
「ちょっとアンタたち! 私の苦労も知らないで、なに遊んでるのよ!」
楓が紅茶を運んできたタイミングで、ライチが飛び込んできて金切り声をあげた。槐が慣れない
棗と槐は何やらゲームに興じて、譲葉はそれを横から覗いている。棗はライチを見もせず、槐に多面体の青いダイスを手渡し、早く振るよう促した。ダイスが転がるのを見守りながら、ぼやく。
「だってお前の代わりは誰にもできないんだからしょーがないじゃん……うお、クリティカルすげぇ!」
「何が起こってるのか全くわからん」
意気揚々とルールブックをめくる棗。槐は知らないゲームに巻き込まれたらしく、渋い顔だ。譲葉が「TRPGは見るに限る」と呟いた。
「紅茶、淹れたよ」
「待ってました!」
楓の声に、棗が歓声をあげる。ライチは肩を落として大きなため息をついた。
「はあ、もういいわ……。
で、ほとんどの人間が『
「うん、確かだよ」
ライチの問いに楓が答える。
唐突に出現した単語を槐が繰り返す。
「……四つ目?」
「あんたを狙った
「オニザキさんだっけ~。両目の他に~、おでこと胸元にも目がついてたから~、四つ目~」
それはアカザの命名だった。
アカザはあの夜高校生たちを返した後、ライチの前で鬼崎百合を「四つの目を持つ者」と呼んだそうだ。それを一行が「四つ目」と略したといった塩梅だ。
「めっちゃキモい姿してたんだから! ほら!」
棗が通学鞄からスケッチブックを出して開いた。そこには異形の女性――百合の姿が
そういえば、槐がこの部屋に来るのは、百合と戦ったあの日以来だ。
「……これが、鬼崎さん?」
「おうとも」
槐は胡乱げにスケッチブックを見つめた。棗は「なにその信じてない顔!」と声を荒げるが、楓は無理もないと思った。魔法を、妖精を、ナイトメアを、知ったばかりの
「……間違いないよ。めーちゃんは嘘、ついてない」
自然と口から出た楓の言葉に、少しの沈黙が流れ、
「……そうか。疑って悪かったな」
と槐が言った。棗と譲葉が「でんでんはよくてあたしはダメなわけ!?」「普段の行いの悪さだ~」「ああん!?」「いたい~」などとじゃれ合い始める。
そこで不意に、槐が棗に問いかけた。
「ところで、これ、お前が描いたのか?」
「そーだよ」
「……絵、うまいな」
「せやろ!!」
「めーは
譲葉は棗によって頬を引き伸ばされている。
棗の絵は写実的で立体的だ。棗と百合は刹那すれ違っただけなのに、よくここまで描けたものだ。スケッチブックから百合が飛び出してきそうで、楓はあまり長く絵を見ていられない。
「どうせ美術以外は全部赤点でしょ」
「ざけんな自己採点で赤点は二教科だけだったわ!」
「胸を張るところじゃないわよ!」
ドヤ顔の棗にライチが水を差す。棗は噴火してライチにその手を繰り出した。いつも通りの
難しい顔で絵を見る槐に、楓はそっと声をかけた。確認するように言葉を切りながら、語る。
「ライチは……聞き込みをしてたの。鬼崎先輩の、正体を……調べるために、隣町に行って。
アカザさんは言ってた。鬼崎先輩は今、眠っているって。目を覚ましたら……また、伏見くんが危ない目に遭うかも……」
「そうよ! また四つ目と戦わなきゃいけなくなる。だから対策しないとって私は言ってるのに、アンタたちは遊んでばっかグエーッ」
意識が逸れた一瞬で棗に締め上げられたライチは、お世辞にも綺麗とは言えない叫び声をあげた。が、哀れな悲鳴は長くは続かなかった。
「今日くらいは息抜きさせてよね! テスト終わりで疲れてんだから」
いつもはライチが音を上げるまで離さない棗が、早々に手を放した。あの町この町と飛び回っていたライチの努力を、棗も認めているのだろう。……気まぐれかもしれないが。
「対策、か……。急にわからないことだらけになっちゃったね。でも、ライチの頑張りを無駄にしたくないし、私たちも頑張ろう」
「お~」
「とりま目先の
楓は譲葉と棗と視線を交わした。自然と、笑顔が浮かぶ。二人が楓の言葉に頷いてくれると、安心する。三人一緒ならきっと大丈夫だと、そんな気持ちにしてくれる。
――できることからやっていこう。
そう思いを新たにした瞬間、槐と視線がぶつかった。
「何かあったらすぐに連絡する。それでいいな」
「あ、う、うん」
途端に目が泳ぐ。自分の至近距離に飛び込んでくる視線。これに射抜かれると、楓はどうしたらいいか解らなくなって俯いてしまうのだ。なにか、なにか言わなければ。言葉が浮かばないまま楓が口だけ開いたそのときだった。
突然、譲葉が立ち上がった。意を決したように、唇を真一文字に結んでいる。
楓とライチと、槐が譲葉に顔を向けた。棗は
譲葉は美しい所作でその右手を槐に向かって差し出した。
「彼の護衛を~、しばらくわたしに任せてもらえまいか~?」
「……へ?」
楓の口から間抜けな音が漏れた。棗は噴き出した。
ガーディアン・ガール! のんた @nonta44
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