第27話 初めての冒険

その日の夕食時、私とクレイはゲリオールに弾丸の事を話して協力を求めた。


「ほぉ、その少量の火薬でそれだけの威力を出せるのか⁉ 音玉から随分改良されたのぉ」


「ええぇ。この火薬を使えば坑道の岩盤を砕くのも容易になりますよ」


「何っ⁉ それは本当か⁉」


「まぁ、現時点では可能性の話ですが、刹那に聞いたダイナマイトと言う物が造れれば、魔法では難しい局所に対する爆破が出来るはずです」


「うむ……確かに坑道内でそれが可能になれば掘削作業は随分捗るだろうな……」


ゲリオールはクレイの説明を聞いてブツブツと独り言を口にしながら考え込んでいる。

その姿を、私とクレイは黙って見守る。


クレイが説明の中でダイナマイトの話を持ち出したのは、ゲリオールが採掘師だからである。山々を巡って鉱脈を探し採掘する、地下資源のプロなのだ。

その資源の中には硝石に硫黄、銅に亜鉛等々……銃弾作成には欠かせない物が含まれるのだ。


つまり、ここでゲリオールが協力してくれるか、くれないかで今後の予定が随分変わってくるのである。

そんな事を考えながら、ルカ茶に手を伸ばした時、


「わかった! 協力してやろう。ただし、そのダイ何とか言うモノの開発を進める事が条件だぞ」


「おおぉー。有難うございます! ゲリオール! 勿論、言われずともダイナマイトの研究も進めますとも!」


「ありがとう。これで弾丸の素材は何とかなる」


「それは良いんじゃが、刹那よ。その弾丸自体はお前さんが造るのか?」


「それは……一応、製造用の機械も頼もうかと……それがあれば何とか自分で……」


「その機械とはどんなモノだ?」

そこで、一通りの製造工程を説明した。


「……確かに、刹那の知識は凄いが……造った事は無いんだろう?」


「……ないです」


「はぁ~……話を聞く限り、職人に任せた方がいいと思うが……」


「私もゲリオールの意見に賛成ですね。刹那は冒険者になるんでしょ?」


「ええぇ……」


「なら余計に製造は任せるべきですね。現実問題として、制作には費用がそれなりにかかりますから、刹那は冒険者として頑張る方がいいと思いますよ」


「その通りだな。今回はビッグホーンの報酬があるから良いとして、消耗品のしかもオーダーメイドとなれば費用は馬鹿にならんぞ」


「それはそうだけど……プレス技術なんて無いんじゃないの?」


「はっはっはっ、わしらドワーフの職人を舐めてもらっては困る! 確かに初めて聞く製造方法だったが、もう原理は理解したぞ!」


そう言ってゲリオールは胸を拳で叩いてみせた。


「本当に?」


「本当だとも! 物造りに関してドワーフ族は一級品だからな。だから最初だけ教えてくれれば後は任せてもらって構わんぞ。なんなら銃その物も作ってやるぞ?」


……確かにそうなってくれば私も助かる。火薬の製造も最終的にはある程度の量を造らなければならない……その費用を全部私自身で賄えるのかと言われれば分からない……

冒険者として常にビッグホーンの様な報酬を稼げるのなら良いけど、そんな保証はない……となれば、銃器の商業化を図るのが一番現実的なのは分かる……


なるべくこの世界で銃器を広めたくないと思っていたんだけど……火薬を作っておいてそれは偽善だよね……周りを巻き込んでおいて自分だけがそれを利用するなんて……


「分かった。銃を含めた総合的な製造をゲリオールに任せる事にする」


「おっ、そうか! 任せてくれるか! これは明日から忙しくなるぞ!」


「銃の製造までですか……良いのですね?」


クレイが少し心配する様に聞いて来たけど、もう覚悟は決めた。


「うん」


「なら、私も全面協力しますよ! 銃と弾丸を完成させれれば、力の弱い者たちでもモンスターの脅威に対抗する事が出来るでしょうからね。これは売れますよ~」


「……ありがとう」


「何か言いましたか? でも最初は小規模での試作造りからですね」


「そうだな。人数も集めにゃならんしな……まぁ、準備は色々せにゃならんが、先ずは新しい明日に乾杯だ!」


そう言って今夜も宴会が始まるのであった……


それから3日後、早速ゲリオールと共に火薬の材料採取に出かける事になった。と言っても今回は硝石と硫黄採取だけだ。

しかも試験作成用の為に量はそんなにいらないので、私とグレイを加えた三人でここから北の山脈の麓に向かうのだけど


「ここから多分、三日ほどで着くだろうな」


「ほどって事は意外と険しい山道を歩く?」


「いや、道は大した事ないぞ。ただ、場所を探しながらになるからな。その分、少し時間が掛かるかもしれんという事だ」


「……場所を覚えてないと?」


クレイと私が疑いの眼差しをゲリオールに向ける。


「なんじゃい、その目は! お前さん達が言う硝石っちゅう鉱石は普段利用せんからな、儂が趣味で集めた鉱石の一つに過ぎん。つまりだ、そこへは一度しか行った事が無いんでな……場所もうる覚えなんだ」


「何か不安ですね」


「心配するな。うる覚えでも今回採りに行く硫黄の場所から直ぐだ」


「それなら大丈夫そうかも」


「だから大丈夫だと言っとるだろうが。それより装備はしっかりしたか? あの辺りには多少手ごわいモンスターが居るからな」


「そう言われたから、P229を二挺とM98Bも持ってきた」


「私も魔導書を持って来ていますから大丈夫ですよ」


「よし、なら出発だ!」


フラー村を出て北の山脈へは、森の中のなだらかな上り坂を二日歩き続ける。森の中には道がある訳ではなかったけど、比較的歩き易く森を抜ける直前までは順調に進む事が出来た。

しかし、それも山に近づくにつれ変わり始めた。

木々は細く低くなり枝が視界の邪魔をするし、足元には大きな石や岩が増え、坂の勾配もきつくなり一気に疲労感が増す。


ただ、幸いな事にこの道中モンスターに数遇する事は無かった。そしてそれが少し残念でもあった。


結局、この世界に来てからの戦闘はビッグホーンとの一度きりだった。その後は射撃訓練で野生動物を数匹撃っただけで、M98Bに至っては未だに一発も撃っていない。

と言ってもまだ一ヶ月しか経っていないのだけど……今はまだ準備期間だと決めて、実験の合間には筋トレを欠かさずやっている。

けれど、戦闘訓練は皆無なのは一抹の不安要素である。


「ここまで、モンスターに会わなかったけど、この先……あの山麓付近も同じ感じ?」


「いいや。ここまでは比較的遭遇率は低い。どちらかと言うと、ここからが本番だ! 気を引き締めて行け!」


まぁ、そうだよね……目の前に広がる景色が物語っている……

青々した草木が極端に少なくなり、枯れ木と岩肌が目立つ荒涼とした雰囲気……それにこの臭いは……


「火山地帯?」


「その通りだ。と言っても噴火があったのは一〇〇年近く前だがな。しかし今でもそこら中で噴気や熱水が噴き出している危険地帯なのは変わりないから気を付けろ」


ここからは、それ程上る事なく第一の目的地、硫黄の採取場所に着くらしいけど、身を隠す様な場所は無いみたいだ。


「ここではどんなモンスターが出るの?」


「ここには、岩石トカゲにセアラブスネーク、ストーンクラブに土蜘蛛、後は火吹きインコ位か」


「……火吹きインコが一番可愛い感じ……」


「まぁな、火球を吐きかけてくるが五〇センチ位の大きさでペットにはイイかもしれん。ただココでは空からは丸見えなのが厄介なんだがな」


「……因みにそのインコのエサは?」


「焼けた肉だ」


「……前言撤回」


「ふっふっふっ。でも刹那、その火吹きインコとストーンクラブがここでは一番マシなのは本当ですよ。残りの三種はどれも厄介な毒を持っていますからね」


「その中で、一番会いたくないのはどれ?」


「それはもちろん土蜘蛛です」


「ああぁ、その通りだな。あれはデカいし早いし硬い! それに毒液と粘糸を吐き、毒爪も持つ厄介者だ」


「……」


聞くんじゃなかった、完全にフラグが立った気がする……


「それより、先を急ぐぞ。硫黄はすぐそこだ」


その後、四時間ほど山の斜面を歩くと第一目的の硫黄採掘現場に到着した。

その間に土蜘蛛を除く四種九体のモンスターに遭遇したけど、ストーンクラブは威嚇こそすれ襲い掛かって来る事は無く、火吹きインコは空中から火球を吐いてきたが、火球を吐く時は一時的にその場に留まる習性がある様で私でも撃ち落とす事が出来た。


しかし問題は岩石トカゲとセアラブスネークだった……


二体ともそんなに強い訳ではなく、ゲリオールの戦斧とクレイの爆裂魔法で倒せたのだけど……その岩石の皮膚に私のP229のパラ弾が通じなかったのだ。


二人の話では二種とも防御力は数ランク上に位置するらしいけど、モンスターランクとしては低ランクに位置するとか……そんなモンスターの防御も抜けないのではこの先苦労するのは目に見えている。

その解決方法は弾丸の威力アップと、そして射撃の精度向上! の二点に尽きる。

岩石トカゲもセアラブスネークも目、口の中、腹は撃ち抜けるのを死体で確認した。そこを戦闘中に確実に撃ち抜けるなら十分に戦えるのだけど……


残念ながら今の私の技術では無理! の一言に尽きる。

それを補う為に練習あるのみだけど……その為に弾丸の製造は必須……そしてそれを可能し&購入する財力も……

でもその財力を得る為には私の場合、冒険者としての実力をある程度付けないと収入源がない……その為には銃の腕前を上げる……それには弾丸が……

て堂々巡りだ! 

……やっぱり楽は出来ないんだ。

そんな現実を見てひとり落ち込んでしまう……


「はぁ……一獲千金でもないと無理かも……」


「一獲千金? どうしたんですか、刹那?」


「えっ⁉ 何でもない!」

どうやら、つい口に出してしまった様だ。


「この素材集めが上手くいけば、火薬である程度商売が出来ると思いますよ。そこに銃の複製も造れれば、経済的に困る事は無くなるはずですが……なにか不安でも?」


「えっ、いや……それはまだ先の話だし……それまでにもある程度の資金は必要になるだろうと思うと……私の実力では苦労しそうだなと思って……」


「そうでしたか。確かに軌道に乗るまでは時間もお金も掛かるでしょうが、何とかなると思いますよ。少なくとも火薬は完成していますし、それを元にゼダでパトロンを探せば」


「大丈夫だと?」


「多分。それに以前言いましたが、渡界者の知識は十分お金になります。それは何も戦争の道具になる事ばかりではなく、人々の生活の向上につながる物も多いのですから……それであくどい商売をするのでなければ、刹那がそう神経質になる事は無いと思いますよ」


「……」


「もう少し気軽に考えれば、楽になれると思いますが……まぁその内慣れるでしょう。この世界の事が分かり始めればね」


「そんなものかな……」


この世界が現実であると意識すればするほど、私自身がこの世界にどんな影響を与えるのか不安になって来る……

一度は覚悟を決めたけど、その不安は付き纏う……

火薬に銃器……戦争の道具だから……


『それは使い方の問題で、それ自体に罪はないのさ』


「えっ?」


今、お母さんの声が聞こえた様な気がしたけど……

そう言えば、お母さんはいつも言っていたな……全てのモノには意味がある、だから一方的な見方だけに囚われるんじゃないって。

そうすれば一つのモノが色々なモノに変化するって……


「そんな事すっかり忘れてた……けど……」


銃もこの世界ではモンスターに対抗する手段になる! 

そう考えて覚悟を決めたけど……

そうか……私の中には残っていたんだ……お母さんの言葉が……


『自分の思うままに生きればイイのさ!』


そう言ってお酒を片手に豪快に笑う母親の姿を思い出す。

知らない内に頬を涙が伝っていたが、二人とも見て見ぬふりをしてくれていた。


そんな事を今更ながら思い出して顔が真っ赤になるのが分かったが、それを誤魔化す様にマスクをしてそそくさと硫黄の採取を始めた。


「おっ、やる気だな。よし、さっさと硫黄を取って次に行くぞ! ほれ、クレイも来い!」


「えぇ~、少し位休憩しませんか⁉ 刹那も! ねぇ~」


そんなクレイの抗議の声も無視して、私は作業を続ける……早く平常心に戻れと念じながら。

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都合のいい異世界、それに魔法や神が本当に存在するのか⁉ なんて事を考えてたら異世界転移してました。 菰野乃梟 @owl-owl

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