第2話

長く続く廊下。古びたフローリングが、歩く度に軋み今にもさけてしまいそうだ。

壁は全面真っ白だが、かなり年月が経っているようで、茶色くくすんでいる。


「懐かしいねぇ」


廊下の壁、その丁度目線の位置に点々と写真が貼ってある。

それを見て千代子は狐のように目を細めた。


「……気味わりぃ」


写真は、小学校から中学三年までの俺たち5人を映していた。

俺、小平尚と、千代子、清代、華原、大峠は、小学校からの幼なじみである。


「変わんないねェ、雛は」


「背も伸びなかったからな」


清代雛は俺たちの中でいちばん背が小さく、オマケに泣き虫ですぐ迷子になっては大泣きしていた。泣き声で見つけて、みんなで駆け寄るまでがワンセット。


「……鍵、どこなんだろうか 」


千代子は写真から顔を逸らし、目の前に続いている廊下を見据えた。

俺はこんな廊下のどこを探せと言うのだろうと、疑問を込めるようにギシギシと鳴る床を踏みしめた。

そういえば


「どっちか1人って言ってたよな、じゃあ先に見つけなきゃいけないのか、めんどくせぇ」


「ははっ、なら探さなきゃいいだろぉ?あたしが鍵GETするのを見てなよ」


「むかつくから嫌だ」


千代子は俺の話を聞いてるのか聞いていないのか、曖昧な表情で制服のスカーフを解くと、廊下の壁をなぞり始めた。

壁の一部分が、元々あった何かを塗りつぶしたかのように、不自然に色が変わっている。

扉だろうか、だいたいそれくらいの大きさだ。

千代子は、その色の境界線にツメを立てた。


べり、べり

壁紙が裂かれ、壁から引き剥がされる不快な音。


「……また扉、ねぇ」


壁紙の向こうから、木製の扉が現れた。

引き戸のようだ。表面が歪み、ささくれだっているところから古いのだろうとわかる。


「入るしかない、そう思わないかい?」


「……行けるところもなさそうだしな」


俺は、廊下の先の行き止まりを見てから扉へと視線を向けた。

行き止まりに貼ってある、他よりも大きな写真が少し気になったが、まあ、いいだろう。

最初の扉よりも重いのだろう、千代子が腕に力を込めているのが見て取れる。


「……手伝えよ」


忌々しそうに、千代子が俺を見上げた。小さく相槌を打つと、俺も引き戸に手をかける。

擦れる音と共に開く扉、同時に噎せ返るほど濃い埃と、何か不快なものの匂い。

真っ暗な部屋に、廊下の光が射し込んだ。

千代子は扉が開くと、壁伝いに部屋の中に入っていく。

戸惑いのなさに、俺の方が戸惑ってしまう、恐怖心はないのだろうか。


「あった」


暗がりから千代子の声が聞こえると、その数秒後部屋の中が光で満たされた。


「………なんだ、これ」


部屋の真ん中に焼けた何かが横たわっていた。

想像したくない、したくないが、この形は、人だ。

床まで大きく広がる焼け跡が、崩れ落ちた左腕が、どれだけ長く火に巻かれていたのかを脳に伝えてくる。

更に追い打ちをかけるように、またあの音楽が流れてきた。


「2名様確認致しました。この部屋の鍵が出現の目的は相手の本性を暴く、です。」


言葉を、頭の中で反復する。本性を暴く、とはどういうことだろうか。俺はあいつ、千代子とは幼なじみ故に大概のことは知っている。

なにか隠されていることがあるのだろうか。

そう考えながら千代子を見ると、あいつは焼けた死体を見つめていた。


「なぁ」


なんとなく、声をかける。

千代子の顔がこちらを向いた。瞳に溢れる憎悪が真っ直ぐ俺に注がれる、思わず言いかけた言葉を止めた。


「あんたさぁ、ノエルのこと本当に好きなの?」


華原 ノエル、幼なじみの1人である。

明るく優しい、人懐っこく可愛いやつだ。

俺はあいつと付き合っている。中学の卒業式で告白されたのだ。


「……好きだ」


そりゃそうだ、好きじゃなきゃ断っている。

千代子は納得できない、というように顔をそむけた。

気まずさに俺も視線を逸らし、床の模様をなぞる。


「んなことどうでもいいだろ、それより__」


「そんなこと?」


床を踏み鳴らす音と、空気が震える感覚に顔を上げる。が、遅い、千代子の拳は既に目の前まで迫っていた。


「っ、ぐぁ!に、すんだよ!!」


相手が女とはいえ、無防備な所を思いきり殴られ頭が揺れる。

頬を軽く指でさすると、腫れているのが分かった。


「はははは!なにすんだもなにもねぇだろ!!本性を暴くんだよ!てめぇのな!!!」


「あ……?」


俺の本性、俺の本性とはなんだ。

迷っている間に、千代子が再び飛びかかってくる。

今度は腕で拳を防ぐと、そのまま千代子の肩を掴み押さえつける。


「こんなことしてたって意味ないだろ、落ち着けよ」


「うっっぜぇなぁ……あんたのそういうところ本当にうざいんだよ」


千代子は舌打ちすると、俺の足を潰す勢いで踏みつけた。


「い”ッ……!」


掴んでいた手を離し屈むと、それを待ってたとばかりに千代子は顔面に向けて蹴りを放った。


「ァガッ!!!!ぅ、ぐぅぅ……」


「おいおい女相手に何やってんだよ、だらしないねぇ?」


滑るように床を転がり、顔を庇い手で覆う俺を、嘲笑うように踏みつける。

なぜ俺がこんな痛みを、屈辱を味わなければいけないんだ。

笑う千代子のその足を、引っ張る。バランスを崩した千代子は俺と同じように床に倒れた。


「ぁだっ!」


起き上がる前に、千代子の上に馬乗りになる。


「人が言葉で説得しようとしてるってのにてめぇは!!」


胸ぐらを掴み怒鳴りつけた。千代子はなおもニヤニヤと笑いながら俺を見下している。

このまま俺が殴れば簡単に殺すことができるのに、それをこいつは分かっていないのかもしれない。


「んだよ、その目は」


「いいや、別にぃ?」


千代子は笑いながら頬を床につけて、視線だけこちらに向ける。

セーラー服の間から見える下着に、吐き気がした。

くそっ、女だ、目の前のこいつは女だ。


「あんた案外軽いね、もしかして見掛け倒しなんじゃないの?」


千代子の首に手をかけ、絞める。


「ひ………ぁ……」


「これだから女は!!てめぇの口は暴言吐くためについてんのか!??話も聞かず手を出すなんてガキのやることだぞ!!」


息を荒らげ、激しく言葉をぶつけるが、首を絞められているこいつはそれどころではないらしい。

じたばたと暴れ、手足を俺にぶつけながら必死に逃げようとしている。

馬鹿が、先に手を出してきたのはお前だろう。


「……ぁ、ゃ………め………」


千代子は涙を零し、震えながら俺の手に、手を重ねてきた。

このまま絞め続けたら、こいつは死ぬ。

そう、死ぬんだ。

冷たくなった体を想像し、思わず力を緩めた。


「ゲホッ、ゲホッ!!はぁ………」


咳き込みながらも、俺を睨みつける千代子。先程までの涙はなんだったのか。


「虚しいねぇ、あたしはあんたから、ノエルを好きじゃないってのを引き出したかったんだけど」


睨みつけるのをやめ、瞳を閉じる千代子。なんでそんなこと、と言いかけてもしかしてと思考する。


「……お前、俺の事好きなのか」


千代子が閉じた目を勢いよく開き、上半身を起こすと今度は逆に俺の胸ぐらを掴んできた。


「じっいっしきっかじょうかてめぇはァァアア!!!」


あまりの剣幕に、言葉を失う。

千代子は眉間にシワを寄せながら、髪を振り乱し叫び続ける。


「あたしがてめぇに興味あっっるわけねぇーーーだろぉが!!ぶち殺すぞ!!だから男は嫌いなんだよ!!!あたしが!!好きなのは!!!ノエルの方だわこのクソポニテェ!!!」


俺は勢いに何も言えずにただ頷いていた。

その時、どこからか金属がぶつかる音がした。


「あっ!」


やっと落ち着いた千代子は、息を整えながら俺の背後を見て声を上げると、するりと拘束から抜け素早く起き上がった。


「っ、お前抜けられるんじゃねぇか」


「はんっ、あんたの押さえが生ぬるんいだよ」


千代子は俺が振り返るより先に、恐らく音がしたであろう方に向かっていった。

あの金属音はもしかしなくても。


「はは、あたしのが早かったね」


千代子が、鍵を指で挟みながら見せつるように手を前に突き出した。

呆然と座り込む俺をそのままに、千代子は笑いながら扉の方へと歩いていく。


「じゃあね……尚」


引き戸に手をかけ、一瞬動きを止めると。そのまま廊下へと出ていった。





______


私は、最初の扉の所まで来ると少し後ろを振り返った。

尚は追いかけて来てはいない。


「……本性、ねぇ」


尚は女が嫌い。

私は男が嫌い。

それでも、人間としては嫌いではなかった。好きでもないけれど。

だからこそ、あんな態度を取れたのだろう。

扉を手前に引く、数時間も経ってないはずだが、扉の向こうの顔見ると、なぜだか懐かしく思えた。


「……ただいま」


「ぁ、ちよ……おか、えり」


ソファに座っていたノエルが立ち上がり、私の方へとかけてくる。

どこか、ぎこちない表情。


「どうし__」


ガガガ、とスピーカーからノイズが聞こえた。

まさか、と周りの人間の顔を見る。

全員、なんとも言えない表情をしていた。


「__聞こえてたわけ?」


真っ先に頷いたのは、叶人だった。

目眩がしそうだ。ノエルに、全て知られてしまったのか。


「ち、ちよ、私は……」


「いいよ、大丈夫気にしないで」


なんとか言葉を紡ごうとするノエルに、優しく微笑みかける。

私は、この子が幸せならばそれでいいのだ。

なにより、もう邪魔者はいな


『っくそ……俺は出れないのか……?』


スピーカーからあいつの声が聞こえた。

全員の意識が、スピーカーに注がれたのが分かる。


「……なお……」


ノエルが、か細くあいつの名前を呼んだ。

こちらの声は聞こえないのに。

ノイズ混じりに、あいつの息遣いが聞こえる、どこから集音しているのか疑問に思うほど鮮明だ。

恐らく廊下に出たのだろうか、音の反響の仕方が変わった。


『……は……なんだお前ら』


息遣いと、複数の足音スピーカーから近づいてきた。

息遣いは、近さからして尚のだろう。ならば、これは、この足音は誰のものだ。


『どこから来たんだよ?そっち側には何も、おい、なにか』


足音がどんどん大きくなっていく。聞こえてくる尚の声に、焦りと恐怖が混じっていく。

相手の声は聞こえない。お前ら、と尚は言った、何がいる?

この扉の向こうに、何が。


『ぁっ、ぁああああぁああ!!!!』


思考が、突然の叫び声にかき消される。

雛が小さく悲鳴をあげた。

断末魔とはこういうことを言うのだろうか。もう彼の命はこのまま終わるのではないだろうか、それほどまでに悲痛な叫び声だった。


「何が起こってるの」


井植が誰に言うわけでもなく、呟いた。


「な、なお、なお……」


ノエルは頭を抱えしゃがみこんでしまった。

私はそんなノエルの肩を抱き、守るように寄り添う。

スピーカーからの叫びが、途絶える。

全員が、黙って耳をすませる。

しばらくして、荒々しい息遣いと共に呻き声が流れてきた。


『…………あつい、あづい、い、いた、ぅ、ぁあ…ぁ……』


私の頭には、あの部屋で見た焼死体が浮かんでいた。

しないはずの匂いが鼻を掠める。

まさか、焼かれているのか。


『かはら……』


スピーカーのむこうで、あいつがノエルの名を呼んだ。

顔を上げ、ノエルがスピーカーの方へと走り寄る。

大きな瞳から雫をぼたぼたと流し、拭いを繰り返す。


「なお!!なお!」


『ごめ、な、かはら……俺、おまえのこと、だけは』


「謝んないでよぉ……」


『好きなんだ……ちゃんと、』


「私も好きだよ、すきだよなお」


『最後くらい、あ、い……………た……』


「なお…………?」


止まっていた足音が鳴り出し、そのまま遠ざかって行く。

ノエルが我を忘れてスピーカーに泣きつく。


「やだっ、やだよなお!返事してよぉ……!!!」


私は、本当の勝者というものを見せつけられたような気がして立ち尽くしていた。



第1の部屋、勝者


藍川千代子

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思い出す前に忘れましょう 戊 咲音 @saki33010

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