思い出す前に忘れましょう

戊 咲音

第1話

誰かの声で目が覚めた。

そこそこ騒がしい、広い部屋の中を寝ぼけ眼で見渡す。


「……?」


そこには、見覚えのある顔が10個並んでいた。


「起きたか、おはよう卯姫。頭とか痛くねぇ?」


赤髪の女(確か井植とかいう名前だった)が俺に話しかけてきた。

凛々しい表情と、短く切られた髪。いかにも運動できます、といった見た目である。


「頭、は痛くない……久しぶりだな。で、これなに?」


頭を掻きながら欠伸をすると、俺は井植(あってなかったらごめん)に返事をした。


「……もうちょっとしたらお前も少し分かるはずだ」


「もうちょっとしたら……?そうか」


会話が終わった。俺は少しずつ思考が明瞭になるにつれ焦りを覚え始めた。

部屋は洋館のような作りで、壁は1面本棚で覆い尽くされている。並んでいる本は、見たことの無い文字で書かれた分厚いものばかり。

本棚の間に点々と扉がある、あそこから出れるのではないか?と疑問を抱きつつさらに部屋をじっくりと見る。真ん中には、古いソファが2つ、革製のようだ。

そこに、オレンジ髪を横で結んだ女、そう、確か華原、と長い髪を後ろで三つ編みにした女………なんて名前だっけ、おぼえてない。

二人とも、不安そうに手を握りあって、お互いを励ますように声をかけあっている。

こんな所にいきなり連れてこられれば、不安にもなるだろう。

しかし、一方でソファ横の本棚から本を取り出し目をぱちくりさせながら、余裕気な表情を浮かべている女もいる。

ツインテの金髪女、名前は久我優花……のはず。

さらにその横へ目を向けると、本棚の前で縮こまって怯えたように小声で何かに助けを求める、黒髪を真ん中で分けたタレ目の男がいた。……そうだ、犬童、下の名前は忘れた。相変わらずビビリなんだな。


とにかく、ここにいる全員の顔は知っている、中学時代の同級生だ。

だが、この部屋は見たことがない。

他には誰がいるのか、と残りの人間を見ようとする。


カチリ、


「ん……?」


大柄の男、こいつはよく覚えている、江見桐生という名前だ。江見は不審そうな目で扉のうちの一つを見ていた。


「どうしたの、江見ちゃん」


灰色髪の男、大峠(下の名前は叶人だった気がする)が、江見の視線に気づいたのか問いかけた。

江見は見た目よりも明るく人懐っこそうな顔で、扉を顎で示した。


「いんや、扉から音が聞こえた気がしてな」


「音?なんだよ、鍵が開いたとかかァ?」


江見の言葉に反応したのは、話しかけた大峠ではなかった。

不機嫌そうに本棚に寄りかかった、黒髪を短く切りそろえた女、こいつもよく覚えている、藍川千代子だ。

藍川は扉の方へ歩み寄った、どうやら扉が開くかを試そうとしているようだ。

と、その時、どこか懐かしい気分を感じさせる音楽が流れてきた。

聞き覚えがあるという訳では無い、雰囲気というかなんというか、そう、幼少期に行った、寂れた遊園地に流れているような。

そんな音楽。


「ようこそありがとうランドへ♪ここでは様々なアトラクションを受け取るできます、楽しんで!飛べるよ!それでは、1つ目の部屋がどうぞ、来ました」



女性だろうか、高く楽しそうな声が天井付近から流れてきた。……とても支離滅裂だ。

それを聞いてドアノブに手をかけたまま、こちら側を振り向いて伺うように藍川が言う。


「あぁ?さっきと違うな」


「さっきと、違う?」


言葉を繰り返すと、藍川が恐らくスピーカーがあるであろう天井からこちらへと目を動かした。

射るようなきつい瞳に、思わず唾を飲み込む。


「1人起きる度にこのアナウンスが流れてんだよ、ったくうざったいったらありゃしない」


ドアノブから手を離し舌打ちすると、頭をガシガシと掻きため息をつく藍川。


「井植がもうちょっとって言ったのは……」


「そういうこと、ま、これじゃあどういう事なのかは全然わかんないけど……でも、全員起きたからかな、ちょっと内容が変わってたね、さっきまでは楽しんで、で終わってた」


井植が喋り終えると同時に、藍川が再びドアノブに手をかけた。


「1つ目の部屋が、ってことはそういう事だよな?」


勢いよくドアノブを回し、扉を引いた。鈍い音を立てながら、重い扉が開く。


「………あ?」


その奥には、拍子抜けするほど普通の廊下が続いていた。

また、音楽が鳴る。


「2名様ずつご案内します。藍川千代子様、小平尚様お入りください」


「ねぇ、ちゃんとしたルールをくれないかな?」


呼ばれた2人がピクリと反応し目を合わせる、その後ろで大峠がアナウンスを叱りつけるように言った。聞こえているのか、アナウンスは数秒の沈黙の後早口で話し始めた。

まるで緊張しているかのように。


「誠にごめんなさい、ルールを説明させていただきます。

メインルームの中、ここです、の皆様は集った記憶を外されております、メインルームからいけますアトラクションルームに2人づつ入れてもらいます、鍵があります、5個。1つの部屋に1つです。その鍵を手に入れたら2人のうちどちらかのみです探します、それを!いいですね?先に鍵が持った人が鍵の持ち主になります。

この鍵は出れるために使ってもらう鍵です。

部屋に入って、鍵を探してください、お願いします。」


最初に聞いたのと同じように支離滅裂な言葉ばかりだが、何となく言いたいことは分かった。


「……お願いされちゃ仕方ないね、鍵を探しゃいいんだろう?なぁ、ヤリチンくん行こうぜ」


藍川が面白そうに笑うと、小平を煽るように手招きをする。

鋭い目をさらに細め、小平は低い声で唸るように言葉を発した。


「……そんなに挑発しなくても行ってやるよ」


1つ目の部屋へ、2人入っていくのを、俺はただ見ていた。彼らの背中が、扉によって見えなくなった瞬間。再び音楽が流れ始めた。


「誠にお詫びをもうしあげます。重要事項をお知らせ忘れていました、皆さん記憶外されております、アトラクションルームにて記憶に関するものが大勢配置されておりますが気をつけてください!思い出したら、死にます」


プツリ、途切れた音に死を感じた。


第1の部屋「さぐりあい」


入場者

藍川千代子 あいがわちよこ

小平尚 こだいらなお


どちらが勝つでしょうか、それは次回のお楽しみ。

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