第5話 2月11日

僕は春休みに入ってから君と会えていないし、そもそも僕と君は休日に会うような関係ではないのだけれど、僕は今、君が春休みの間に不意に死んでしまうんではないかというような考えが頭にこびりついて、そのことばかり考えている。

僕は絵画を見るのが好きだけれど、その中でもヴァニタスと呼ばれる種類を見るのが好きで、それはドクロや果物で僕たちに「死を忘れるな」と教訓を与えてくれるものだった。

僕はいつも死を忘れたことはないけれど、今やっている映画の登場人物のように「死に取り憑かれてしまった」というのは絶対にない。

ただ僕は、葬式で遺体を見ると、それが生前よく知っている人であってももう動かないのだという事実の前に恐怖するしかないので、それと同じように君がもう動かなくなってしまい、目を閉じて、永遠に僕にその横顔を見せることなく、質素な額縁の中で遺影になってそのインキと共に僕に笑いかけるだけの存在になるのではないかと恐れている。

僕の高校時代の友達は、と言ってもそれほど仲の良い友達ではなかったし、おそらく友達ですらなかったが、その彼はこの間殺された。

別にこれはドラマティックな話ではなくて、年間に何件も何十件も起きている殺人事件のうちの一件で、全く劇的な要素はないし、ここで「殺人事件」と言うだけで僕の言うことが陳腐になってしまうのが恐ろしいけれど、彼は確かに死んだ。

彼は大学は実家から離れていたのだけれど、たまたま帰省中で、30分後には出かける予定だったのだけれど、運悪く、彼の父親が彼を殺害した。

彼の父親は、彼と彼の母親、つまり自分の妻の2人を手にかけ、風呂場でその首を切断すると警察に自首したらしいのだが、僕はそのニュースを遠く離れたところで聞いたわけだけれど、まるで小説の登場人物になったかのようで少し高揚した一方、彼の築き上げてきた20年の全てが、父親の横暴の前で無に帰してしまったことが残念でたまらなかった。

けれど彼の死を悼むほど僕は彼と親しくなかったのではないかという感慨から、僕は彼の死を悲しむことよりも、罪を犯した彼の父を憎むことにして、彼の父が死刑になりはしないかと今も心待ちにしている。

でもふと思うのは、僕と同じくらい背の高かった彼が、それほど背の高くない父親にどうやって殺されたのかということで、何か騙されたのかもしれないし、何か道具を使われたのかもしれないが、彼が最後にどんな表情をしていたのだろうということだ。

彼はイケメンではなかったけれどスポーツができて、元々サッカーをやっていたのでサッカーで体育大会でも活躍していたらしいけれど、そんな彼は今この世の中にはいない。

辛うじて彼の体を支えていた骨は墓の中に収められており、彼の記憶を留める人々がいるだけであり、僕は彼のことを忘れまいと心に誓うけれど、もう彼が微笑んだ顔や、教室でふざけた顔には何だか磨りガラスを通したようなモザイクがかかっていて、よく分からなかった。

僕は君が死んでしまうんではないかと心配だ。

僕は彼のように君を失いたくないし、だから君に「いつ死ぬか分からないから毎日を大切に生きろ」などという所詮生ける者のロジックをのたまうつもりもないけれど、でも僕は君に死んでほしくないし、それは君が確かに存在しているということそれ自体が、僕が存在し続ける唯一の動機であり、根拠であるように思われるからだ。

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我が妄想の記 妄想筆記者 @delusioner

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