年の瀬のなんでもない話

「クリスマスの後から正月三が日までって、この世の理不尽が凝縮されている期間だと思う」

 十二月二十八日、正月の準備と称してスーパーで買い物をした帰り道、隣を歩いていた湊が不意にそんなことを呟いた。

「何でまたそんな物騒なことを言ってんの、君は」

 由衣がそう訊くと、怒っているんだか拗ねているんだか機嫌が悪いんだかよく分からない表情をしたまま、こう答えた。

「まず、スーパーにいつもの食材がいつもの値段で並ばない。高級路線になったり、二倍近い値段だったりする」

 確かにそうだが。

「それがどう理不尽だと?」

「世間一般は年末年始の休みって、旅行行く人もいるけど、大抵は実家に帰省するじゃん。で、親戚と顔を合わせたりするわけじゃん」

「そうだねぇ」

「つまり、スーパーで高いものが並ぶのは『久しぶりに家族や親族が揃うからごちそうにしよう』っていう人を狙っているってことで」

 それは確かにそうだろう。

「でも『家族がいて、年末年始には一緒に過ごす』ってケースが圧倒的多数なんだし、それは仕方なくない?」

 資本主義国家なのだし、企業にとって金が稼げる方が正義になるのは当たり前だ。それが例えば地域のスーパーであれば、正義は大多数の家庭、になるのだろう。

「そうなんだけど。でもさ、スーパーからも『家族のない人間に居場所はねえぞ』って社会的圧力感じるの辛くない?」

 よくもまあスーパーの品揃えからそこまで発想が飛んだものだ。さすがはクリエイターと言うべきか。

「それはお前が捻くれすぎ」

「うっさいな」

 呆れて突っ込みを入れると、不貞腐れた声が返ってきた。

「それとさ」

「まだあんの?」

「ああいうサービス業の従業員にだって家族がいる人はいるよね?」

「まあ、従業員である前に人間だからね、彼らも」

「でも、さっき行ったスーパーも年末年始は一日しか休みがない。コンビニみたいな、もともと年中無休のところはそういう休みもない」

「うん」

「彼らが『家族』と過ごす時間はどこへ消えるわけ?」

「……それに関しては現代社会の闇としか言いようがない」

 由衣の個人的な所感では、客の要求に過剰に応えようとしてきた結果がこれなのだろう、と思う。そして人間は一度便利を覚えると、不便な状況に無感情で対処することができなくなる、そういう生き物だ。もし昔のように、三が日はサービス業もみんな休みです、とか、物流も喫緊のもの以外止めます、とすると、あちこちから不満が噴出するであろうことも想像に難くない。また、人の休みを利用して利益を出すタイプのサービス業ではこういう時こそ稼ぎ時だし、湊の提示した疑問はもうきっとどうにもならない、絶対に解決できない課題なのかもしれない。

「で、最後に」

「多いな」

「僕達みたいに、普通の定義に当てはまらない『家族』を名乗っている人は『家族』になっちゃダメなの?って」

「は?」

「『家族』って単語を調べると、婚姻関係と血縁をベースにした集団のことだって言われるんだよね。つまり『家族』を名乗るには、その集団の中に婚姻関係にある夫婦があることが大前提」

「あー」

 その辺のことは、由衣も調べたことがある。

「で、夫と妻じゃなくても、恋愛関係の延長にあるなら、婚姻関係のようなものと周りからも思われて、『家族』ですって言われてもあまり違和感は覚えない。受け入れるかは別だけど」

「事実婚とかはそんな感じするしな」

「でも、そういう『家族』の辞書的な定義から出発すると、一人暮らしでペットを飼っている場合、ペットは『家族』にならない。人間の方に誰とも婚姻関係がないから。動物とそんな関係を築けるからペットを飼っている、なんて人はよっぽど少ないだろうし。でも、ペット飼ってる人にとってその子は紛れもない『家族』で、「『家族』じゃないんだよ」って指摘するのは野暮というか、絶対向こうがキレるでしょ」

「まあ、それは」

「だったら、婚姻関係らしいものが見当たらなくたって、『家族』って言ってもそこまでおかしくないことだと思うんだよね、普通じゃなくても。でも僕と由衣さんが「家族です」って言うと、少なくない人たちが「そんなのおかしい」って言ってくる」

 着地点はそこだったか。ていうか、誰かに何か言われたのか。

 やっと、由衣にもあの物騒な一言から始まった話の流れが見えた。

 行きつけのスーパーに買い物に行った。そのスーパーのいつもと違う品揃えがきっかけで、家族関係について誰かに言われた何かを記憶から引っ張り出させられた。そして、ここまで面倒くさい管を巻きたくて、『家族』とは、と愚痴をこぼしたくてあんな物騒な一言を吐いたわけだ。

「まぁ、確かに俺と湊だったら婚姻関係にはならねえしな」

 婚姻、をこれまた調べると、『当事者の継続的な性的結合を基礎とした社会的経済的結合で、その間に生まれた子が摘出子として認められる関係』と出てくる。例えば事実婚を選択している夫婦や、恋愛関係がベースにあるような同性カップルでは、婚姻届の提出手続きをするかしないか、またはできるかできないかに関わらず、摘出子の部分以外は満たしていることがほとんどだろう。だからこそ、法的にはまだ障壁があるものの、彼らの関係性も婚姻関係のようなもの、『家族』の一つの形として受け入れられ始めているのだろう。

 しかし由衣と湊で言えば、この中で当てはまる部分は経済的結合だけであり、基礎になる『継続的な性的結合』は皆無なので、とても婚姻関係とは言えない。少しずつマイノリティと呼ばれる人々の置かれた状況が変化しているように、いつかはこういう認識もきっと変わっていくのだろうが、それでも由衣は、二人が生きている間に、誰にも後ろ指差されることなく『家族』と言える日は来ないだろうと踏んでいる。

 そのうえ、『家族』については、この先を考えると当事者が『家族』と思っているからそれでいい、外野は好きに言っとけ、と突っぱねるわけにもいかない話題だ。とくに生死にかかわる場面での手続きは、公式に証明できる『家族』がいることが前提で作られていることが当たり前だから、証明できる手段を持てない由衣と湊はそれも含めて考えなければならないのだ。

「話が回りくどいから余計面倒くさいわ、最初から本題でよかっただろ、今回のは」

「いいじゃん、由衣さん相手なんだから面倒くさくなっても。僕が唯一羽根を休められる場所だってことだよ」

「それだけ信頼されてるのは嬉しいんですけどね? まだ掃除も残ってるし新年迎える準備ですでに気が重いのに、さらに重い話題ぶっこんで来ないで?」

 そう。まだ新年を迎える準備はほとんど進んでいないのだ。今日の買い出しでやっとおせち料理の材料と正月飾りを買ったくらいには進捗がない。

「元日にこんな話されるよりマシでしょ」

「あのね」

 そういうことではない。

「あー、まあいいや、うん」

 由衣は色々と面倒くさくなってそう呟いた。

「なにが」

「湊らしいなって思っただけ」

「適当にあしらってこの話終わらそうとしてるでしょ」

「してるよ、やること山積みなんだから。ほらさっさと帰って掃除。吐き出して多少はすっきりしたろ、お前も」

「まあね」

 最初から何かを解決したくて出した話題ではないのは、回りくどい導入の時点で察していた。問題解決を目的にする場合、湊は真っ先に本題を切り出すタイプだ。

「そういうめんどうくさいことは除夜の鐘でも聞きながら、緑茶でも飲みながら、ぼーっと考えりゃいいんじゃねーの? どうせこれからも一緒に暮らすんだから」

「そうだね。ってか緑茶って。なんでそのチョイス」

「お前は分からんかもしれんが、この歳になるとカフェインブーストなしで日付超えるのしんどいんだよ」

「へ~」

「馬鹿にしてんだろ」

「してないですよ、失礼な」

「どうだか」

 そんな二人の会話と足音は、年の瀬の慌ただしい雑音の中に消えていった。


-fin-

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僕達は家族になれない 桜庭きなこ @ugis_0v0b

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