第2話 スタンドアローンコンプレックス
二週間が経った。ちん写メおじさんの数は増加の一途を辿っている。
「加代、いつになったらこの作戦の第一フェーズは終了するのかしら」
桜はしびれを切らし、加代を大学のカフェに呼びつけて問い質した。
「おかしい。わたしの読みでは、一週間ほどで指数関数的減衰を見せるはずだった」
加代は口元に手をあてがい、この現状を憂慮しているようだった。そこにはこの作戦を思いついた時のような遊びの表情は消え失せていた。
「誤謬だったのかもしれない」
加代はぼそりと呟く。
「確かにあの作戦は、既存の共同体を破壊し、新たな秩序を置くには有効だったかもしれない。だが、誤った認識からは、誤った結論が導かれる。認識を改めないといけない。ちん写メおじさんは共同体ではなかった。社会を構成していなかった。群ではなく、個だった。スタンドアローンな存在だった」
早口でそこまで話すと、加代はまた考え込んだ。
「それで、打つ手なしってこと?軍師気取りの三島閣下。あなたの作戦のお陰で、男性器の写真には不自由しなくなったわ。どうもありがとう」
桜は皮肉たっぷりに加代を
「降伏にはまだ早い」
「――と、言うと?」
「作戦の大幅な改定が必要だが、戦略目標に変化はない。誤ったのは戦術のほう」
加代は名前の長ったらしい、成人男性の一日の必須摂取カロリーの半分を満たしていそうな飲み物を一口含む。
「各個撃破よ。ナポレオンもそうやってヨーロッパを席巻したわ」
かの
桜は大きなため息をつく。わたしはいつまで
「具体的には、なにをどうすればいいの?」
「そうね。実際に、会ってみたら?」
――はぁ?桜は我が耳を疑った。実際に、会う?ちんこの写真を送りつけてくるような異常者に?このわたしが?天上天下にただ一つの尊い存在であるこのわたしが?
「加代?今なら聞こえないフリをしてあげてもいいんだけど、それは本当に頭を使って捻り出した結論かしら?」
「その通り」
桜は、やにわに立ち上がり、加代が片手に掴んでいたプラスチックのカップを弾き飛ばす。成人男性の成人男性の一日の必須摂取カロリーの半分が、床に広がっていく。加代はカップの行方には視線を落とさず、桜の顔を見上げていた。
「冗談じゃない。キモくて金のない中年男性に昏睡レイプなどされたらどうするの?太陽の化身たるわたしが
「さすがにわたしには、自分を
加代は落ち着き払った態度で、床に倒れたカップをこれ以上熱量が流失しないように正位置に立て直した。
「会う、という言葉が誤解を産んだのかもしれない。では、“観察する”という表現ではどうか」
桜は、じろりと加代を
「いい?わたしたちはネッシーとかイッシーとか、クッシーやらのUMAと戦ってるわけじゃない。わたしたちの敵は四肢があり、五体があり、五臓があり、六腑があり、現実に立脚した人間。観念的でなく、形而上にもない。実存し、形而下にある存在。それがちんこの写メを送りつけるおじさん――ちん写メおじさんの正体よ」
「勿体ぶって言うこととは思えないけど」
「いえ、勿体ぶって言うことなのだよ、これは」人差し指を振りながら、加代はにやりと口角を上げる。
「わたしたちはこれまで、ちん写メおじさんを情報の海で突然発生した生命体かのように扱ってきた。不気味で、得体の知れない存在のように語らってきた。名前というのは最もポピュラーな呪いの一種らしいわね。わたしたちは名状し難きものを名状することによって心を沈めてきた。――と、同時に、定形のないものにわざわざ定義を与えることによって不安に怯える一面もある。陰茎の写真を送る中年男性にちん写メおじさんと名付けることによって、わたしたちはわたしたち自身を呪っていたことになる」
「いや、ちん写メおじさんと名付けたのはおまえだ」
「呪いを解く時が来た」加代は糾弾を無視する。
「ちん写メおじさんの姿をこの二つの水晶体に収め、取るに足らない存在であると認識することができれば、この永きにわたる戦いに恒久的な解決をもたらすだろう」
またなんか変なスイッチが入った。桜は、椅子に腰掛けたことを心底悔やんでいた。頰の二、三発でも平手で張ったほうがよかったのかもしれない。
「で、具体的にはどうするのよ」桜は服の毛玉を指で掴み、吐息で吹いた。
「簡単でしょ」加代の瞳は煌々としている。
「ダイレクトメッセージを送って、呼び出すの」
ネットアイドルvsちん写メおじさん ひどく背徳的ななにか @Haitoku
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