第2話 好きを語り合うホワイトデー

 三月十四日。

 ホワイトデー。

 バレンタインデーにチョコを貰った人が、クッキーなどをお返しする日。

 気持ちがこもっていれば、値段が張るようなお高いアクセサリーでも、苦学生らしい安いお菓子でも変わらない。と、僕は考えていた。しかし……。


「は? チョコのお返しがこの飴玉三個って本気マジで言ってんの?」

「いや、だって俺がお前からもらったの二十円チョコだったし」

「だから何? このアタシがあげたっていうフカカチが分かってないみたいね。スマホ貸しな。アタシが喜ぶお返しを通販で注文してやるよ」

 そんなやりとりが目の前で繰り広げられて、僕の友人、高見澤は彼女の笹森さんにスマホを取り上げられまいと必死になっていた。


 * * *


 時をさかのぼること、三十分前。

 四限の授業が終わる頃になって、高見澤は今日がホワイトデーであることを思い出した。鞄の中に個装の飴玉をいくつか見つけると「ちょっと渡しに行くから付いてきてくれ!」と言ってきたので、一緒に笹森さんがいるカフェテリアへとやってきた。

 そして謎の念(恐らくは感謝の気持ち)を込めた飴玉を笹森さんに渡したのだが、どうやらその飴玉はお返しとして認められなかったらしく、怒られている次第だ。


 高見澤と笹森さんのやりとりを少しだけ離れた位置で眺めていると、すぐそばのテーブルで本を読んでいる女の子が気になった。僕たちがここに来るまで笹森さんの隣に座っていたので、笹森さんの知り合いだろうか。

 長くて真っ直ぐな黒い髪に丸眼鏡。それに本……って、あれ? なんかを思い出しそう。

 僕はその女の子のことがさらに気になって、彼女の正面の席にゆっくりと座ってから尋ねた。

「あの、もしかしてバレンタインのときに神社にいました?」

 女の子は自分が話しかけられたことに気づいて、本から視線をあげる。

「えっ……は、はい。いました。あ、ひょっとして、神社にいらした方ですか?」

 やはりそうだ。彼女があのとき僕にチョコをくれた巫女さんだ。確か、動画の中で本山らのと名乗っていた覚えがある。


「ん? バレンタインに神社ってお前、俺が教えた神社にチョコを貰いに行ったのか?」

「えっ、神社のチョコって、アタシがアンタに広めといてねって教えたやつ? 確か、らのちゃんもチョコ配るって言ってたよね」

 僕たちの様子が気になったのか、高見澤たちが近づいてくる。

「そう。高見澤が教えてくれたとおりに神社に行ったんだけど、そのときにチョコをくれたのが本山さんだったんだよ。本山さん、その節はどうもありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそお越し頂きありがとうございました」

 僕と本山さんがお互いに頭を下げてお礼を言い合う。

 そんやりとりをしていると、笹森さんがわざとらしく咳払いをして、高見澤の腕を掴んだ。

「あーっと、私たちはそろそろ帰るね。コイツにホワイトデーのお返しを買わせなくちゃだし」

「は、え、今から? 金あんまり持ってないんだけど」

「うっさいバカ、行くよ! じゃ、あとはお二人でごゆっくりー」

 笹森さんはニコニコと手を振りながら高見澤を連れて行ってしまった。

 ……気を使ってくれたのだろうか。


「えっと、行っちゃったね……」

「行っちゃいましたね……」

 いきなり二人きりにされて少し気不味くなってしまった。しかし、ここで急に帰るのも失礼な気がするので、本山さんと少しお話をすることにした。

「頂いた本、面白かったです。ありがとうございました。あれ以来、僕も本を読むようになったんですよ」

「おお、それは良いことですね!」

 本を読む仲間が増えたことが嬉しいのか、本山さんの声と表情からは喜びの気持ちが伺える。きっとイヌ科の動物であれば、尻尾をブンブン振っていたことだろう。

「あの、あのときのお返しってわけじゃないんですけど、僕も本山さんに本をお勧めしていいですか?」

「ええ、どうぞどうぞ。嬉しいですねえ、こういうの。ふふっ」

「えっと、この本です」

 そう言って僕が鞄から取り出したのは、通学中に読んでいるライトノベルだ。最近人気が出てきていると聞いたので買ってみた。ミーハーかもしれないけど、やはり人気のある作品は面白い。

「あっ、その作品面白いですよね。私も読みました」

「あー……やっぱり知ってましたか。もし知らなかったらオススメしようかと思ったんですけど」

「有名どころですからね。しっかりと押さえてますよ」

「そうですよね。すみません、また今度出直してきます」

 そう言って、持っていた本を鞄にしまおうとする。

「あ、待ってください。知ってる作品ですけど、もしよかったらあなたの感想を聞かせてもらってもいいですか?」

「え? 別に構わないですけど。でもこの本の内容はご存知なんですよね? それに、僕なんかの感想を聞いても面白くないと思いますけど」

「んーと、ちょっと長くなってしまいますが、少しお話をさせてもらってもいいですか?」

 一度僕に断りを入れてから、本山さんは語り始めた。



 一冊の本を読んだときの感想って人によって違うじゃないですか。自分と同じような感想を抱く人もいれば、真逆の考えの人もいる。面白いですよね。皆同じものを読んでいるのに。きっと、抱かれた感想はいずれも等しくその本の姿なんだと思います。

 そして、私が本を読んだときに抱いた感想というのはその本の姿の一部に過ぎない、と私は考えています。

 私は、私が好きな本の姿をもっと知りたい。同じ本を読んだ人と感想を分かち合いたい。同じような感想を持つ人同士で好きな場面について語り合いたいし、異なる人と意見を交えて知らなかった本の新しい姿に気づきたい。初めて読んだときと違った側面が見えてくるって面白くないですか?

 私は、今あなたが手にしている作品の姿をもっと知るために、私以外の人の……ううん、あなたの感想を聞きたいのです。

 だから――


「あなたが本を読んだ感想を私に聞かせてください」


 本山さんは言い終えて、僕の目をじっと見てくる。

 ――恐れ入った。まさか本山さんがこれほどまでに本が好きだったとは。彼女の本に対する想いがしっかりと伝わってきたし、それに応えたいとも思った。

 僕なんかの感想を聞きたいのか、というへりくだった考え方も、今の本山さんの考えを聞いたら逆に失礼な気がしてきた。僕の感想を言いたい。僕がこの本を読んでどう感じたのかを知ってほしい。そして本山さんの感想も知りたい。気づいたらそう思うようになっていた。

「分かりました」

 そう言って僕は、一度息を吸って、吐いて、持っていた本の背表紙をなぞる。

「では、僕の感想を聞いてください。まず、この作品の第一印象なんですけど……」



 そして僕らは、時間が経つのも忘れてライトノベルについて語り合った――

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バレンタインデーの過ごし方 キム @kimutime

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