バレンタインデーの過ごし方

キム

第1話 バレンタインデーの過ごし方

 二月十四日。

 バレンタインデー。

 僕は今まで一度もチョコを貰えたことがなかったけど、今年は違う。

 何故なら––––。


 * * *


 大学での講義を受け終えて帰りの支度をしていると、隣の席にいた友人に話しかけられた。

「なあお前、バレンタインにチョコ貰ったことある?」

 唐突にそんなことを聞かれた。そうか、もうすぐバレンタインデーか。

「ん、ないよ」

「だよなーお前モテなさそうだもん」

「うっせ」

 友人にゲラゲラと笑われても、こんなやりとりは日常茶飯事なのであまり気にしない。

 こいつはめっちゃイケメンでモテるから、毎年のようにチョコを貰ってるんだろうな。などと考えていると、友人がニヤリと笑いながらこう言ってきた。


「そんな可哀想なお前に朗報があるぜ!」


 * * *


 二月十四日。

 僕は今、神社に来ていた。

「チョコが貰えるのは、ここでいいのかな」


 友人が教えてくれた朗報とは、モテない男たちのために、とある神社で巫女さん(の格好をした女の子)たちがチョコを配っているというものだ。

 配るものはチョコでなくてもいいらしいが、神社側が材料費などを全額負担しているらしく、ほとんどの女の子は自分でチョコを作ったり、デパートなどで買ってきたものを配っているそうだ。

 その上で女の子たちにはアルバイト代を出しているらしいので、神社側としてはかなりの出費になりそうだが、チョコを受け取った男性はそのままいくらか賽銭を投げていくらしいので、あまり痛手ではないとのこと。


「結構な列ができてるな。どこに並ぼう」

 神社の奥の方には巫女さんが横一列に並んでいて、その巫女さん一人に対して何人もの男性が並んでいる様は、まるでアイドルの握手会のようだった。

 とりあえずチョコが貰えれば良いので、僕は適当な列に並んだ。


 * * *


 しばらくして、チョコを貰える順番が回ってきた。

「次の方どうぞ〜」

「あ、はい」

 前の男性がチョコを受け取り終え、僕は巫女さんの前に案内された。


「えへへ、こんにちは」

「あ、こ、こんにち……」


 目の前の巫女さんの可愛さに、挨拶すらまともにできなかった。

 ストレートロングの黒髪に丸眼鏡。とっても大きなお胸。そして何故か頭に着けている狐耳と、お尻の辺りに着けている狐の尻尾。コスプレがお好きなのだろうか。

 普段から女の子と会話することが全くないということを差し引いても、僕は異様なほどに緊張してしまった。


「私からのチョコです。受け取ってください」

「あ、は、ありがと……ござ……ます」


 初めて女性からチョコレートを受け取るという行為に、へちゃへちゃしてしまう。なんとも情けない。

「受け取り終わった方はこちらでーす」

 スタッフに誘導されるままにその場を離れると、賽銭箱の前まで来た。

 正直、チョコを貰う前は「ただチョコラッキー!貰うだけ貰って帰ろう」なんて思っていたけど、実際にチョコを貰った今だと頬と財布が緩みきってしまい、いくらでもお金を投げてしまいそうだ。

 僕は手持ちの小銭を全て投げ入れて、ふわふわとした気持ちで神社を後にした。


 * * *


 帰りの電車の中、貰ったチョコの包装を眺めていた。

 白とピンクのストライプな包装紙に、ハートマークのシールがちょこんと貼ってある。

 手のひらに乗せるとちょっとはみ出るぐらいの大きさで、厚みは1cmあるかないかぐらいだ。板チョコが何枚か重なって入ってるのだろうか。それとも少しお高いチョコの箱だろうか。

 包装を解くまでは中身がわからない、そんなドキドキ感すら楽しめてしまう。バレンタインにチョコを貰えるというのはなんて素敵なことなんだろう。

 そんなことを思いながら、一秒でも早く着いてほしいと電車に念じていた。


 * * *


 家に着いて、手洗いうがいを済ませて、ミルクを電子レンジで温めている間に包装紙を解いた。

「これ、は……?」


 包装紙に包まれていたのは、チョコではなく一冊の本だった。


「本……は、え? チョコは?」

 確かに貰えるものはチョコとは限らないと聞いていたけれど、まさか本ときたか。もはや食べ物ですらない。

「うーん、せっかく貰ったものだし読んでみるか……ん?」

 本を持ち上げると、本の隙間から紙がひらりと落ちた。どうやら本の間に挟まっていたらしい。

 落ちた紙を拾ってみると、URLが書かれていた。見たところ、動画サイトのURLのようだ。

 本と温め終わったミルクを手に持って自室に行き、パソコンを立ち上げてから紙に書かれていたURLを打ち込んでいく。

 指定されたページに飛ぶと、有名な動画サイトが表示された。そして、そのまま動画が自動再生されていく。


『おはらの。本山らのです。本日ご紹介する作品はこちら』


 その動画には、先ほど神社でチョコ(もとい本)をくれた女の子、本山らのが映っていた。

 どうやらこれは、配った本について紹介する動画らしい。まさかこんなものまで作っているとは、なかなか凝っている。

 せっかくなので、僕はホットミルクを飲みながらその紹介動画を見てみることにした。


 * * *


 五分ほどして、動画を見終えた。

 動画の内容は、作品のあらすじを紹介し、自身が気に入っているシーンについて語り、登場人物の台詞を朗読する、というものだった。

 これらが五分と少しの時間にまとめているのだから、紹介動画としてよくできていると思う。作品の雰囲気と、面白いと感じている様子、オススメしたいという気持ちがしっかりと伝わってきて、全く知らない作品でも読んでみたいと思えるようなものだった。

 そして、この動画の最後はこんな一言で締めくくられていた。


『とっても甘くて、ちょっぴり苦いこの一冊ひとくちを、あなたに読んであじわって欲しいです』


 その言葉を聞いて字幕を見た瞬間、手元にある本がチョコのように思えてきた。いや、これは彼女から僕に送られたチョコなのだ。何もバレンタインチョコは食べられるチョコでなくてもいい。


 女の子が用意してくれたチョコ読んでたべて過ごす。

 そんなバレンタインデーも、たまにはいいかもしれない。

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