第6話
17時を知らせる音楽で我に返り、帰宅した僕は一心不乱に机に向かった。普段はお父さんに交渉してまでも見ようとするテレビは見ようと思わなかったし、イワシとのけんかも気にならなかった。しょせん、あいつとのけんかは、次に顔を合わせれば仲直りしてるけどね。それから、さっき聞こえてきた
「お母さん……! 日和がめずらしく勉強してるのなんで!? 明日大雨なの!?」
とかいう妹の声は気のせいだったことにする。
そして迎えた受験当日。といっても、特に記すことがない。その日は頭がまっしろで、いろいろと記憶が飛んでしまっているから。朝起きて、着替えて、ご飯食べて――ってとこまでしか覚えてない。気が付いたら家に帰ってきてた。あの日の僕はちゃんと中学校に行けたのだろうか。どんな問題を受けたのか。面接でどんなことを質問されたのか。ぼんやりとしか思い出せない僕は、どれほど緊張していたのだろう。
それから時は1週間ほど流れ。放課後、僕はリビングにあるパソコンで、受験した中学校のホームページを開いていた。そのページには、白をバックに6桁の数字がたくさん並んでいる。その中から、僕は見慣れた番号を探している。
「あっ」
自分の受験番号を見つけた僕は、思わず小さく声をもらした。満面の笑みを浮かべてたどうかはわからないけど、ひとりでにこにこしてた自覚はある。話し言葉で言うと、まじで嬉しい。めっちゃ嬉しい。やばいぐらい嬉しい。ばちぼこに嬉しい。
固定電話の受話器を左手に握り、ほとんど無意識に右手の指先を踊らせる。小春もそうだけど、僕はスマートフォンなんて持っていないから、連絡ツールは家の固定電話しかない。だから、イワシのスマホの番号を指が覚えているんだ。
トゥルルルルルルッ。トゥルルルルルルッ。トゥルルルルルルッ。
「――はい。日和?」
3回鳴らしただけでイワシは電話に出た。そういえば、あのけんかした日からあいさつくらいしか交わしてないな。教室では、僕は勉強してたし、イワシは他の男子と話してたから。そんなことを思い出しながら、僕は受話器に向かってさけぶ。
「おぅ。俺受かった!」
それだけでイワシには通じたようだった。
「――おめでとぉ! よかったな! 来年から学校違うからさみしくなるけど!」
「まぁな。あと数ヶ月間よろしく。卒業してからも遊ぼーぜ!」
「――おぅ! あとお前変わったな。今までの日和に戻った気がする」
「まじ?」
そう言われて、たしかにここ数ヶ月、僕はイワシを楽しませられてなかったということに気が付いた。受験が終わったことだし、友達を楽しませられる人になろう。
「――声だけでわかるよ。なんか楽しそう。一緒にいるとこっちまで楽しくなる」
これからは、今までの僕らみたいにたくさんふざけて、くだらない話をしよう。大人になったらできなくなることを、今のうちにやっておこう。そう心に決めた。
とんたんとんたんとんたんっ。
ふいに、階段を下りる軽やかな音が近づいてきて。
「ひよにぃ! 合格おめでとう!」
電話での会話が聞こえていたのだろう、妹が満面の笑みで抱きついてきた。
「ありがとう小春」
そういえば、ひよにぃって呼ばれるの久しぶりだな。そう一瞬思って、ぽさっと小春の頭に手をのせた。あと少ししか通えない小学校への思い出が走馬灯のように駆けめぐり、中学校への夢と希望が僕の脳内に飛び込んでくる。
きっと、僕らは何度もすれ違って、衝突して成長していくんだろうな。ただ、ずっと傷付けあってるわけじゃない、小春日和があるから僕らは生きられるんだ。
〈勝利の女神は微笑むか 了〉
〈小春日和のあとがきへと続く〉
小春日和 齋藤瑞穂 @apple-pie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます