第3話  こどものまじない

「ちくしょー、ちくしょー、ちくしょーー!!」


 ストレイドは現実逃避したいあまりに草むらを転げまわっていた。

 レベルが上がらないということは、これ以上成長できるものが一つもないということ。

 もちろん強くなどなれない。

 希望から絶望のどん底へと突き落とされてしまった。


「おい。お前何してるんだ。」

 

「え?」


 ストレイドが顔を上げると、そこには自分よりも一回りも身長が高い、金髪のシャレた青年が見下ろしていた。


『こいつ地面転げまわって何やってんだよ。頭悪そうだし面白そうなやつだな。利用できるかも。ヒヒヒ。』


「ああ、ちょっとあってな。まあ、気にするな。」


 ストレイドは、少し顔を赤らめながら立ち上がった。


「俺はストレイド、よろしくな。」


 満面の笑みで握手を求める。

 こっちに来て初めて人と出会って嬉しかったらしい。


「おお、俺はフォックス、お前も変なカプセルみたいなのに乗ってここに転送されてきたのか?」


 フォックスは、さし伸ばされた手を無視して尋ねた。


「あ、ああ。ペットボトルみたいな装置だろ? すげえ気持ち悪かったなあれ。どんどん他の人もこっちに送られてきてるのかな。そうだ! それよりお前どっから歩いてきたんだ? 全く気付かなかった。」


 ストレイドは目をまん丸にしていた。

 自分の感情に素直すぎる。


『俺は転送された瞬間から、お前の存在に気づいてたぞ。まあ、俺の能力のおかげなんだが。』


「すぐそこだよ。騒いでる声が聞こえてきたから来てみたんだ。」


「その奥にいたのか! 岩陰を挟んでちゃ気づかないわけだ。それよりだ、ちょっと聞いてくれよ、俺もうこの世界にいる意味ないかもしれねえ。」


 頬を涙が流れ落ちる。

 始まったばかりの世界が今にも終わりそうだという顔だ。


『今度は急に泣き出した。感情の起伏が激しいやつ。簡単に利用できそうだ。」


「おいおい、いきなりどうしたんだよ。何があったんだ。」


 フォックスには心配する気持ちなどひとかけらもなかった。


「俺の能力、レベルが0から上がらないんだ。ありえないだろ? 一生産まれたばかりの赤ん坊かよ!」


『ブフォーーー! マジか! 恵まれないにもほどがあるぜ! ウラノウスとかいうAIも悪いやつだな。何かあったときはこいつを生贄にしよう』


「そ、そうか・・・。それは残念だったな。でも、武器や防具とかでなんとかできるかもしれないぞ? そういうものもこの世界にはあるだろう。」


「ほんとか?! それならなんとかできるかもしれない。ありがとう! いいことを教えてもらったよ!」


 テキトーにこの場をやり過ごすつもりの言葉が、ストレイドの心に刺さったらしい。


『ほんと単純なやつ。少し不安だったが町に行くお供ができた。』


「そろそろ話はここら辺にして、近くの町に行ってみないか? 俺たちが知らない情報ももっとそこにはあるかもしれない。」


「町なんか近くにあるのか??」


 何も知らないかの表情で尋ねる。

 フォックスは、ストレイドの計画性の無さに呆れかえっていた。


『ポットのこと何も調べてないのかこいつは。』


「ポットを調べてみたら地図のようなものが出てきたんだ。もう30分も歩けば着く。行ってみようぜ。」


「俺は強くならなくちゃいけない。よし、行こう!」


 そうして、二人の青年は町の方向へと向かって歩き出した。

 単なる偶然の出会いが強固な絆に変わることなど知らずに・・・。




「すっげぇ、でっかい街だ。これ全員送られてきた人なのか?」


 大勢の人で町が混み合っている。

 二人は市場のようなにぎわう道をキョロキョロしながら歩いていた。


「いや、違うだろう。あそこの店の店員は額に赤いあざがある。AIがつくりだしたここに住んでいる人達だ。」


 フォックスは周りをポットでスキャンしながら答える。


 ボンッ。


 ぶつかる感触。

 フォックスが前を見ると、いかにも強そうなごついムキムキな大男がこちらを振り向いた。


「おい、てめぇ何ぶつかってんだ? あん? 今日来たばかりの新人か?」


『やっべぇ、まったく前見てなかったー。初日にこれは死ぬかもしれない。』


 額が汗でにじむ。

 逃げ道をすかさず探す。


「なあ、フォックス。こいつは作り物か?」


 そんなことはいざ知らず、ストレイドは声に出して聞いた。


『おい、見たらわかるだろ! もうおしまいだ・・・。』


「いや、モノホンってやつだ・・・。」


「コラァ!! 俺様が偽物だって?! おい、お前ら! 俺様が偽物に見えるか?」


 大男は後ろに引き連れていた手下たちに大声で尋ねた。

 周りにいた人々も注目する。


「本物でしかありません! こいつらぶっ飛ばしてやってください! 誰がここで一番強いのか周りのやつらにも知らせるいい機会ですよ!」


「そうだな! どれどれ、クズのレベルはと・・・。ハハ! 手前にいるノッポなんてまだレベル5じゃねえか! レベル20の俺様が片腕でひねりつぶしてやるよぉ。」


「やっちまえ兄貴!!」


 大男が丸太ぐらいはあろうかという右腕を大きく振りかざした。


『まずい! 早速だけど生贄召喚!』


「すいませんでした!!」


 フォックスはすかさずストレイドの後ろに回り込み、チャンスだといわんばかりに先ほど見つけておいた逃げ道に向かって走りだそうとした。

 周りで自分は関係ないとでもいうような目で、囲んでいた人々さえ逃げる準備をしていた。

 フォックスを助けようとする者など一人もいるはずはなかった。

 しかし、ここにいる誰一人と違う行動をした人物がいた。


「おい! お前! フォックスももう謝ってるんだ。許してやってくれよ。」


 ストレイド。

 誰が見ても適うはずないと直感で分かる場面。

 彼だけは違った。


 一瞬大男の動きが止まった。

 

「お前から死にたいのか? いいだろう、お前のレベルも調べてやる。その自信だ、レベル10ぐらいはあるのかな?」


 ストレイドは依然として大男を睨んでいる。


「ん? ちょっと待てよ・・・。こいつ0じゃねえか! デコピンでも吹っ飛んじまうぞ! ハハハハハ!!」


 大男は盛大に笑っていた。

 虫けらを殺すのと同等だと言わんばかりに。


「許してやってくれ。誰もこの場では言わないが、騒ぎなど起こってほしくないんだ。」


「周りのやつらなんて関係ねぇ。俺がお前をひねりつぶしたいんだよぉ!!」


 再び大男が右腕を振り上げた。

 もう誰にも止められない。

 真っすぐストレイドの顔めがけて拳が飛んでいく。

 死人が出る、周りにいた全員が思った。


 にもかかわらず、あろうことか、ストレイドも拳を繰り出していた。

 ぱっと見はひ弱な一撃。

 だが、勘のいい何人かは背筋を凍らせた。

 どんな防具でも防ぎきれない一撃。

 神が定めた死の掟が、その拳には秘められていた。


 二人の、小石と岩とも似るその拳がぶつかり合う。




「えいっ!!」




 ドゴォォォーーーーン!!!


 一瞬誰もが疑った。

 しかし、確かに目の前に倒れていたのは、余裕をかましていた大男の方だった。

 

 もしかすると、幼い子供が出しそうなその掛け声は、世界最強のまじないだったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストレイド~レベル0から抜け出せない無敵の拳を持った男~ 町土 @machido

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ