第2話  注意書きでロックンロール(2)

 家に着いたマコトは、靴を脱ぎ捨てるとすかさずパソコンの前に座った。

 

「オルゲア、オルゲア・・・。これか! ここで転送装置を注文すればいいんだな。無料で手に入る転送装置。注文から3日後に注文順でAIロボットが家に届けてくれる。よし、押すぞ。」


 確かにマコトの頭の中には嫌な予感もあった。


『今頃警察や政府の中は騒ぎになっているだろう。もしかすると、嘘なのかもしれない。』


 しかし、自分の信じたことは曲げられない性格。

 迷う間もなく、マウスのボタンを押した。


「注文を承りました! 3日後にお届けに参ります。それまでに身の回りのものの整理をお願いします。持っていけるものは身に触れた人工物のみ。他のものは一切持ち込むことができませんのでご了承ください。」


 そう言い残すと、自動的に再起動され、インターネットからそのサイトは消えていた。

 

「3日後俺は、新世界にいる。そこで何をするかは俺の自由なんだ。ついに俺の夢が叶うのかもしれない。」


 興奮冷めやらぬ様子で一息つくと、当日着ていく服について考え始めた。


「身に触れた人工物って言ったら服だろう。何を着ていくか? 迷彩服? いや、現地がどんな状況かなんて誰も知らないんだ。着慣れた服で行くか。」




 それからマコトは3日間、オルゲアのことについてずっとネットサーフィンをしていた。

 一番気になっていたこと、それは、自分だけに授けられる能力とは一体どんなものなのかということ。

 しかし、出てくるものは噂ばかりで、何も決定的となるものは見当たらなかった。

 

 そして、当日の朝。


「まあ、なかったものは仕方ない。本番一発勝負だ!!」


 昨夜はぐっすり睡眠をとり、万全に備えていた。

 もうあとは出発するだけ。


 と、その時、窓から一体の空飛ぶAIロボットが家の中に入り込んできた。


「転送装置のお届け物です!」


「ついに来たか!」


 唇をなめる。


 ロボットは部屋の中をスキャンし寸法を測り始めた。

 その後、床にしぼんだペットボトルのようなものを置くと、中に空気を入れ始めた。


「ほんとにこんなもので異世界なんて行けるのか?」


 マコトは少し不安になったがそばで見守る。


 すると、ペットボトルくらい小さかったものが彼の背丈を超え、すっぽり中に入れるくらいの大きさになった。

 仕上げにレーザーのようなものを照射すると、全体が金属のように固くなり、完全なカプセルが出来上がった。


「それでは、中にお入りください。」


「よ、よっしゃ!!」


 ここ何年かAIに関心を示してこなかったマコトは最先端の技術に驚愕したが、気合を入れると用意していた服に着替え、すぐさま乗り込んだ。


『俺のただ一つの能力。これにすべてがかかっていると言っても過言じゃない。だが、どんな能力でも乗り越えてみせる。そこに俺の追い求める夢がある限り。』


 心に決めた決意は固かった。

 しかし、心のどこかで願っていた。

 周りの人に左右される能力だけはやめてくれと。


 そんなマコトの不安も待ってはくれない。

 ついに、出発の時が来た。


「オルゲアであなたの第二の人生が幕を開けます。グッドラック。」


 ピピピピピピピピーー、ブーーブーーブーー、ヒューーーーーンッ!!


 暗闇の中、体が溶けるような感覚を覚えながらマコトは今までに感じたことのない恐怖と緊張で頭がおかしくなりそうだった。

 そんな中、飛んでいきそうな意識を保とうともがいていたが、すぐに気を失ってしまった。




 ――心地よい風が顔をなでる。


「ん、、ん? 俺は、何を・・・? は! そうだ、俺は確か転送装置に乗って・・・」


 マコトは目を開けて飛び起きた。

 自分がいたのは広がるばかりの草原のど真ん中。

 ふと、一番大事なことを思い出す。


「どこか体に変化は?」


 やはり能力のことが気になっていた。

 しばらく自分の体を隅々まで見たが何の変化もない。


「ポット!」


 マコトは思い出したかのように唱えた。

 すると、自分の目の前に半透明な球体のようなものが出現した。

 そこには、こんな文字が映されていた。


『ようこそオルゲアへいらっしゃいました、ストレイド様』


「ああ、そうだ、俺は転送途中、自分の名前をストレイドにしたんだった。ちょっと恥ずかしいな。」


 新しく生まれ変わった自分に酔いしれながらも、ポットに聞いてみた。


『ポットからは情報を入手できると聞いていたし、今この世界で俺が手に入れたものといえばこれしかない。』


「俺の能力を教えてくれ。」


 ゴクッ。


 ストレイドは周りにも響くくらいの大きな音を出しながら唾を飲み込んだ。


『ストレイド様、あなたの能力は・・・』




『敵とみなしたものに対してワンパンで決着をつけられる能力です、』




「・・・。え?」


 ストレイドはきょとんとしていた。


「えっと、これって、無敵だよな??」


 少しずつ頭の整理が追い付いてくる。


「うん、やった・・・。やった、やったーーー!!」


 信じられないといった表情で目がギンギンに見開く。


「努力する間もなく俺は自分の欲しかった力を手に入れてしまった。この能力。負けなしだ・・・。」


 ストレイドは今、人生の中で群を抜いて最高の気分だった。

 今まで負け組だった彼は、やっと這い上がれると感じていた。

 涙を袖で拭きながら、ゆっくり立ち上がった。


「ついに、俺はこの世界で夢を掴んだ!!」


 右手の拳を空に高く掲げ、希望で胸をいっぱいにしていた。


「そ、そうだな。とりあえず、何かと対決してみよう。ポット。近くに俺でも戦えるようなモンスターみたいな敵はいないか?」


『・・・』


「反応なし。自分で探すか。」


 歩きながら周りを見渡して何かいそうなところを探す。

 すると、運よく目の前に羊のような毛がもふもふのモンスターが群れをなしていた。


「ポット。あれは何?」


『モプ。食用にも服の素材にもなる初心者用モンスター、気性は穏やかで攻撃しない限り襲って来ることはない』


「よし、こいつらを狩れば食事にも、防寒にも困らなさそうだしいいだろう。」


 張り切って攻撃を仕掛ける。


「えーーいっ。」


 軽く一匹にワンパンチ。

 

 ピロリンッ!

 

『クリア! モプ肉と毛皮を入手。保存します』


 倒したモプ肉と毛皮がデータとして変換され、収納された。


「ほんとにワンパンだ・・・。ワンパンだ!」


 ストレイドはここで自覚した、この異世界で最強になったのだと。


 気づくと、ポットに表示されている経験値がどんどん上がっていく。


 ピピピピピピ、ピロンッ!


「お! よしっ、レベルが上がったぞ!」


『レベルが上がりました! あなたのレベルは0です』


「え?」


 もう一度よく表示を確認する。


『あなたのレベルは0です』


「待て待て待て待て!! 確かにレベルが上がったはずだ! 0の次の数字は1だ。おいおい、いきなりバグか?」


 また別のモプを倒す。


 ピピピピピピ、ピロンッ!


『レベルが上がりました! あなたのレベルは0です』


「ちょっと待て!!!」


 その後もモプを倒し続けた。

 しかし、ポットに表示される値は0のまま。

 体力も100から一向に動かない。

 

 ストレイドは焦り始めた。

 額に汗がにじみ出る。

 心臓が爆音をあげている。


『何かがおかしい、何がおかしいんだ!』


 彼は、ふと、ポットを見た。

 すると、そこにはもう一度能力の説明が表示されていた。


『ストレイド様、あなたの能力は・・・』


 ゆっくり目で追いかける。

 そんな馬鹿なとでも言いたげな表情で。




『敵とみなしたものに対してワンパンで決着をつけられる能力です。*注意:強すぎる能力のためレベルが上がることはございません、ご了承ください』




「・・・・・、そ、そんな馬鹿なーーー!!!」




 春風たなびく草原のもと、一人の男が絶望的な表情で、頭を上下に激しく振っていた・・・。

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