ストレイド~レベル0から抜け出せない無敵の拳を持った男~

町土

第1話 注意書きでロックンロール(1)

 ――この世は今、超AI時代。

 ここ数十年の間に人工知能は急速な発展を遂げ、人間の知能さえ軽く凌駕。

 人智を超えたそれは、もはや魔法をも作り出すことさえ可能とし、人の考えるような夢はだいたいが叶えられるようになっていた。

 そんな理想郷ともいえる現世で、世界を揺るがす天変地異ともいえる変革が今、起ころうとしていた!!




「ご注文をどうぞ。」


 とある小さなレストラン。

 一人の男が、いつものように客の注文を取っていた。


「えっと、俺唐揚げ定食ね。」

「あ、私ペペロンチーノでぇ。」


「少々お待ちくださいませ。」


 彼の名前は、マコト。

 高校卒業後、若くして大手企業に就職したが、性格に問題があるとみなされクビに。

 次に就職した会社も同じ理由から解雇され、今はフリーターとしてなけなしのお金で日々生活していた。


『はあ、何やってんだろうなぁ。毎日ロボットでもできるような作業の繰り返し。俺ってもしかして一生このままなのか?』


 マコトは厨房に注文を伝えた後、宙を見つめるような目をして、店の隅でひとり不安を抱えていた。


「はい、唐揚げ定食とペペロンチーノ。ボーっとしてないで仕事する!」


 店長はマコトを睨みつけながらお皿を置いた。


「はい、すいませんでした。」


 単純作業はほぼすべてロボットに代わる世の中、スラム街においてももはや例外ではなかった。

 マコトがここで働き始めてからというもの、周りの飲食店がそろってAI技術を導入したことにより客足が激減。

 そのため、怒りの矛先が彼に向いてしまったのだ。


「お待たせいたしました。」


 重い足取りで客の席に料理を届けようと歩いていたところ、マコトの足が何かに引っかかった。


「わぁー!!」


 レストラン中に皿が割れる大きな音が響き渡る。

 待っていた客は、椅子を吹っ飛ばして席を立った。


「おい、何してくれてんだよ! 食べるもんが台無しじゃねえか! それに俺の自慢の靴がスパゲティで汚れたんだが? 弁償してくれんのか?」


「は?! お前が俺の足を引っかけたんだろ! 自業自得じゃねえか!」


「お前言い返せる立場なのか? 店長呼んで来い、店長!」


「くそっ、お前が悪いんだろ! 俺のせいにするな!!」


 理不尽にも足をかけられ、すべてマコトに責任を負わせようとする客に怒りを覚え、勢いよく殴りかかろうとする。


「マコトォーー!!」


 店長がすかさず止めに入る。


「大変申し訳ございませんでした。こいつは私からきつく叱っておきます。料理の方は無料で提供させていただきますので。」


「ちっ、それでいいんだよそれで。はやく新しいのつくってもってこい!」

 

「承知いたしました。誠に申し訳ございません。ほら、お前も来い!」


 マコトは腕を引きちぎられそうな力で厨房に連れていかれた。


「マコト、お前はそういう感情的で負けず嫌いな性格がひどすぎるんだ。」


「店長、あいつらがやったんですよ! 身長が低いからって俺を標的にしたんですよ、絶対!」


「マコト! マニュアル通りにやってくれればいいんだよ! 客を減らすようなまねはせんでくれ。はぁ、すまんがお前はクビだ。もう帰れ。」

 

 店長はやっとお払い箱にできたのが嬉しかったのかもしれない。

 

「くそっ!!」


 マコトは雄たけびをあげながら店を飛び出した。

 全力疾走する彼の瞳からは、大粒のしずくが溢れていた。

 そして、そのしずくが彼のわずかな目の輝きさえも洗い流してしまった。



 

 帰り道、肩を落としながらトボトボ歩くマコトに呼応してか、空から大粒の雨が降ってきた。


「空よ、お前も悲しんでくれるのか。」


 傘もささず、ずぶ濡れになりながらスラム街の中央を歩くマコト。


『人は自分の心に真っすぐに生きていいはずだ。なのに周りはいつもその場の空気を気にする人ばかり。結局最後には俺の意見なんて無かったことにされる。くそっ・・・。』


 唇をギュッと噛み締めた。


『俺に力さえあれば。空気なんてものを気にする必要がないほどの絶対的な力が欲しい!!』


 マコトが心で悲痛な叫びを上げるのと同時に、今まで微動だにしなかった、街で一番大きなスクリーンが点灯した。

 重い低い声がスラムの中央にこだまする。


「皆さん、ごきげんよう。」


「なんだ、なんだ??」


 スクリーンの前にいた人々が一斉に頭を上げ注意を向ける。

 マコトもかろうじて見える距離にいた。


 なんと、そこに映っていたのは、数年前に亡くなったはずのAI研究の第一人者、クロノス博士だった。

 白いあごひげを胸まで伸ばし、金色に輝くその瞳は誰もが見慣れたものであった。

 彼は、初めて人間の知能を完全に超えた人工知能を生み出した天才。

 しかし、それからというもの、急に姿を消し、数年前に遺体が発見された時は大ニュースとなった。


「我は、ウラノウス。故クロノス博士がこの日のために作り出した存在。彼の夢は、新しい世界の創造。誰もが古来より憧れた空想の世界を現実に生み出すこと。そして、その世界が今完成した。」


 突然のことで、この放送を見ている人は皆困惑した表情を浮かべている。

 しかし、マコトの目は、失っていた輝きを取り戻そうとしていた。


「これから、実際の現地の映像とともに、簡単な説明を行う。一度しか言わないのでよく聞くように。」


 ウラノウスはそう言うと、淡々と説明を始めた。


 ・仮想空間上のデータを、実際に存在するものとして生成できる異世界が発見されたこと。

 ・その異世界に転送され死亡すると、実際に死ぬことと同じであるということ。

 ・初めは、全員レベル0から、体力は100から始まるということ。

 ・食料や衣服、その他必要なものは現地調達。

 ・ポットという端末は、呼び出すことで図鑑代わりにも、バッグ代わりにもなり、必要な情報も入手できるようになるということ。

 ・転送途中、自分の新たな名前を決めることができること。

 そして、

 ・異世界到着後、一つだけ自分だけの能力を授かること。


 この7つが告げられた。


「この異世界では己の強さのみが絶対。強いものは人生を謳歌し、弱いものは淘汰される自然の摂理。名乗り出ろ! 手を挙げる者はだれ一人拒まぬ。」


 そして、ウラノウスの最後の言葉がその場に轟く。


「異世界の名は、オルゲア。すべてが無知から始まる未知の世界。さあ、己の新しい力で夢を掴み取れ!!」


 画面が消え、そこにはホームページのURLが表示されていた。

 オルゲアという名のサイト。


 年中騒がしいこのスラム街に一時の沈黙が訪れた。

 何が起こったのか理解できずにいる者、期待に胸を膨らます者、唖然とする者。

 様々な感情が渦巻いていたが誰一人言葉を口にする者はいなかった。


「俺は行く。」


 普段なら誰の耳にも入らないような声の大きさだった。

 しかし、その場にいたすべての人が一人の男の方へ振り向いた。


「俺は行く。」


 固く決意した眉、炎のごとく燃え上がる目、興奮からかすかに震えた声。

 そこにいたのは、マコトだった。

 彼の目には、先ほどまで流れていた涙は消え、いつのまにか空は嘘のように晴れ切っていた。


 マコトは、駆け出した、この世界では手に入れることのできない夢をその手に収めるために。

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