第8話

 討伐のしるしとして切り落とした魔女の首を袋に入れて、教会を出る。

 教会の入り口の前には、ケニーが連れ出した子供たちが人のいなくなった村を見て呆然と立ち尽くしていた。


「……おにいさん!」


 俺を見つけたケニーが走って駆け寄ってくる。

 血まみれの俺を見て一瞬顔をこわばらせるが、それでも頼れるのは俺しかいないと判断したのだろう。


「まじょは……?」

「死んだよ」

「そっか……。じゃあもうぼくたちはだいじょうぶなんだね」


 そういうケニーの顔には不安が見て取れた。

 ケニーに限らず、ほかの子供たちも同じく顔は浮かない。

 それもそのはずだ、両親含め大人たちはみな殺され、曲がりなりにも今まで世話をしてくれていた魔女ですらたった今この俺が殺してしまったのだから。

 こんな状況でイキイキしてる子供がいたら、そっちのほうが怖いくらいだ。

 もうすぐ夜になる。

 このまま子供たちを放っておけば獣か【異端】か、どちらにせよ遅かれ早かれ子供たちは命を落とすだろう。

 子供たちの両親を殺したのは間違いなく魔女の仕業だが、ここで子供たちを見殺しにすれば結局俺も魔女と変わらない。

 当てがないわけでもないし、ここはひとつ、面倒を見てやるか。


「なぁ、もし行くところがないなら紹介してやれるところがあるんだが……」


 俺の一言にケニーが顔を明るくする。


「ぼくたちがいっていいところがあるの?」

「そうだ。ここからはちょっと遠いが、お前たちみたいな子がたくさんいるぞ。全員合わせても16人だろ?」

「みんなでおなじいえにすめるの?」

「あぁ。まぁそのためにもとっとと報酬をいただきにいかないといけないんだが――」


 言いかけて、ふと気づいた。


「――なぁ。そういえばこの依頼書書いたの誰だ?」


 俺が懐から出したのは、しわしわになったこの仕事の依頼書。

 考えてもみれば、この村の大人たちが死んだのは魔女が来てすぐだったはずだ。

 ということは、この手紙を書いたのは――。


「うん、それはぼくがかいたんだ」

「はぁ!? 本当にケニーが書いたのか!? この依頼書を?」

「そうだよ。かあさんたちがまじょにころされてからなんにちかしたときにね、あのへやでかみをひろったんだ。それでみんなでちからをあわせてそれをかいたんだよ」


 全身から力が抜けていくのがわかる。

 さらに話を聞くと、魔女が教会から出かけたわずかな時間に伝書鳩を使って飛ばしたんだそうだ。

 たしかにシュパイセルには日々多くの文書が商人や伝書鳩を使って届けられる。

 その中には、こうして普通の狩人や俺たち【異端狩り】への依頼書も送られてくるのだ。

 それが鳩飼いによって仕分けされ、それぞれの場所に届くのだが……。


「おいおい、ってことは依頼主――報酬を払ってくれんのって……!」

「あ……そのことなんだけどね……その……いまのぼくたちにははらえないから……」


 ケニーは申し訳なさそうに言葉をつなげた。

 子供たち、つまり依頼主が報酬を払えないと言っているのだ。


「てことはこれ……ただ働きかよぉ……」


 俺ががっくりと肩を落とす。

 こちらも一応命がけで戦っている。それがただ働きだと考えると、精神的な疲労がどっと増した気がした。


「ほんとにごめんなさい! これからみんなではたらいて、ぜったいにおかねはらうから!」


 本当に申し訳なさそうにするケニーと子供たち。

 きっと彼らも藁にも縋る気持ちでこの依頼書を書いたのだろう。


「――ああ! もうしょうがねぇ! 今回は見逃してやるよ!」


 結んでいた髪をわしゃわしゃとほどきながら、観念して子供たちに告げる。


「この先も金は要らねぇ! 他の仕事ならまた別だけどな!」

「いいの!?」

「あぁ。でも、ほんとに今回だけなー。俺以外の異端狩りだったらどうなってたことか……」

「おにいさん、ありがとう! いつかぜったいおんがえしするから!」

「だからいいって……ほら、みんな荷物まとめとけー。呼んだらすぐだぞー」


 俺の言っていることに不思議そうな顔をする子供たちを横目に、ポケットから銀色の笛を取り出す。

 詳しくないからよくわからないが、わかるやつが見ればそれなりの値が付くであろう装飾の美しいこの銀笛を、俺は口に当てて鳴らす。

 トラツグミの鳴き声のような笛の音が魔女の結界から解放された森に響き渡る。

 そして空中のある部分が一瞬ゆがんだかと思うと、そこから一匹のカラスが突然飛び出しそのまま旋回すると、やがて俺の肩にとまった。

 子供たちはそろって目を丸くしながらその光景を見ていたが、俺はかまわず用済みとなった依頼書の裏に文字を綴っていく。

 その手紙をカラスの足に結び付け、そして空へ放つ。

 カラスは俺の頭上を旋回すると、再び空中をゆがませ、一瞬にしてその姿を消した。


「なに……いまの……」

「気にすんな気にすんな。準備はできたか? 着替えは? お気に入りの人形は持ったか?」


 そうして子供たちに呼びかけていると、突然何もなかったはずの地面から炎が噴き出した。。

 小さかった炎は周りの空気を取り込みながら次第に大きさを増し、炎心に人ひとりを軽く呑み込んでしまえるほどの大きな炎になった。


「ほら、もう来た……」


 俺がつぶやくのとともにその炎の中から人が飛び出してきた。


「ギャヴィ!? 大丈夫なの!?」


 典麗でありながら少しの焦りを帯びた声とともに現れたのは、この場に似合わない格好をした女。

 炎の中から登場したとは思えぬほどに衣服は整っており、ボロボロの連中しかいないこの場からなお一層彼女を目立たせていた。


「よぉフェリィ、相変わらず早いな」


 金糸のような艶やかな金髪を揺らしながら、女はずかずかと俺に近づいてくる。

 彼女はフェリーツィタス。通称フェリィ。

 俺より少し年上の綺麗な女。治癒と火炎の魔術を自在に操る優秀な治癒士であり、白魔術師だ。

 それだけでなく、その美しさから数多の貴族から求婚を受けているなんて噂もある。

 俺が【異端狩り】になる前からの知り合いで、なんだかんだ良い相棒だと俺は思っている。

 触るのも躊躇われるそのきめ細かな白肌を少し紅潮させながら、対面するなり彼女は俺を怒鳴りつけた。


「早いな、じゃないわよ! 久しぶりにカラス寄越したと思ったらあの手紙! 『助けてくれ』なんて、もっと違う書き方があるでしょ!」

「いーじゃねえか別に。実際助けて欲しいわけだし」


 本来めちゃくちゃに整っているはずの顔をしかめ面にしながら、フェリィは俺への文句を延々と吐き出す。

 だからといってそれを聞く気力も残ってないので聞き流していると、どうやら言いたいことを言い終わって落ち着いてきたらしい。


「もぅ、ほんとに心配ばっかりかけさせないでよ…それで? なんの用だったの?」


 落ち着き払った様子で彼女が尋ねてくる。


「周り見たら分かるだろ? 子供達を頼む」

「子供達って――あら! 怒ってて気付かなかった…」


 俺とフェリィを見る子供達に気付くと、少し恥ずかしそうにしながら周りを見て、彼女は再び俺に向き直った。


「16人ね。今までで1番多いんじゃない?」

「かもな。ってことで今回もよろしく」

「いいわよ。久しぶりの新入りさんたちになるわね」


 フェリィの意外な言葉に俺は少し驚いて言う。


「久しぶりって、ほかの連中とは最近会ってないけど、フェリィのとこに来てないのか?」

「そうなのよ……。みんなのことだし多分大丈夫だろうけど、戦争のこともあるから、やっぱりちょっと心配ね」


 ほかの連中、つまり俺以外の【異端狩り】の狩人たちも当然毎日仕事をこなし、その中で今回の俺のように被害者の遺族や子供たちの面倒を見ることがある。

 圧倒的に男が多い狩人連中は当然子供の世話などできるわけもなく、こうして彼女を頼るのだ。

 フェリィはとある場所、それこそ俺ですら正確な位置を知らない森のどこかで【異端】のせいで両親を失った子供たちの世話をする孤児院を開いている。

 それだけでなく、世間からあまり良い目で見られていない俺たち【異端狩り】にとって彼女の孤児院は外界から閉ざされた一種の隠れ家的存在でもあった。

 そのため、彼女は多くの狩人達と親交があるのだが、その彼女のもとに新入り、つまり新しい孤児が預けられていないということは、皆が仕事を怠けているか、子供たちの世話を彼女に頼む余裕がない状況にあるかのどちらかだ。


「まぁ大丈夫だろ。アンリエッタやヴィルトが死んでるとは思えないし」


 確かに少し気がかりではあるが、狩人の中でも特に親しい2人のことが頭に浮かび、問題はないと確信する。

 フェリィも同じ結論に至ったのだろう。そうね、とため息混じりに呟くと、彼女はケニーを呼んで魔女に強く掴まれていたおかげで出来た痣の治療を始めた。

 何度見ても彼女が治療する光景は不思議だ。

 彼女がケニーの手首に掌をかざすと、ぽう、と手首と掌の間に緑がかった炎が現れる。

 あれは治癒の魔術が発動している証拠だ。

 俺はこれまでに何度も彼女の治癒に救われたことがあるが、あの緑光を当てられた箇所は全く熱さを感じず、むしろまるでお湯に浸けられているかのような、心地よい感じすらある。

 どの程度の傷まで癒すことが出来るのかは分からないが、刺し傷や裂傷であればまるで時を巻き戻すかの様にすぐに癒えてしまう。

 よって、手首の痣程度ならほんの数秒で消え去った。


「これでよし、と」

「わぁ、ありがとう!」

「いいのよ。今日から私がみんなのお母さんだからね」


 穏やかな声色で、しかしはっきりとフェリィが子供達にそう告げる。それを聞いてようやく今の自分たちの状況が飲み込めてきたのか、数人の子供達の両目から涙がぽろぽろと流れた。

 それは波のように子供たち全員に広がっていき、最後には最年長として気丈にふるまおうとしていたケニーすらも目からこぼれる涙を止めることが出来ずにいた。

 すると彼女は泣きじゃくる子供たちを抱き寄せこう言った。


「もう大丈夫。これからは、私が守ってあげるから」


 その様子を見ながら、少し離れた所で俺は腰に下げた袋に眠る、魔女の首に手を当てた。


「やっぱりお前は間違ってたよ。子供に必要だったのはすべてを殺す力じゃない。全部を受け止めてやれる、優しさだったんだよ。お前にもきっとあったんだろ……?」


 フェリィの火の粉が舞う空が、暗く染まっていく。

 もうすぐ夜になる。

 そんなこと気にも留めず、子供たちは深閑とした森に泣き声を響かせる。

 その涙が止まるまでずっと、フェリィが子供たちから離れることはなかった。




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血まみれ鴉は月に舞う ニシボンド @hibi_key

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