最終話 RISE in the park
Park
可算名詞:公園、競技場、駐車場。
他動詞:駐車する。
(ものをある場所に)置く、(子供などを)預ける。
その語源は、ゲルマン語の「囲まれた所」であるとされる。
「何をしたか、ですか。暴れだしたので眠ってもらったと言ったところですかね。」
違う。
「じゃああなた達もこの島で好き放題やってきたんだから、薬品の一本くらい打たれても文句は言えないでしょ?」
もはや自分も何を言っているのかわからない。左手が脈打つのを感じる。それに合わせて思考も単調になっていく。もっと穏便に人間らしく…。穏便?穏便とは?なんだ。何もわからない。奴が、奴らがこの島から奪ったものを奪い返したい。返せ。返せ。カエセ。
「…貴様、まさか!」
そのとき、リセの体は左手だけでなく、全身が黒く―セルリアン化していたのだろう。目黒だけでなく、周りにいた者たちも後ずさる。
カエセカエセカエセ…
もう構えていた銃も手放してしまったのだろう。どこに行ったか分からない。もういい。知らない。シラナイ、シラナイ!
「カエセェェェェェェ!!!ウゥォァアアアアアアアア!!!!」
一番近くにいた人間に殴り掛かる。拳を作ったはずだが、防ごうとした腕もろとも自分の手だったものが飲み込んだ。二人、三人と続けざまに殴る。
「な、なにしてる!早く撃て!」
「…は、はいぃ!」
状況を呑み込めなかった監視員たちだが、麻酔銃を構え直し、今度は迷いなく撃ち始めた。
確実にリセの体を射抜いていく。だが、麻酔針は当たった途端に体の内側へ飲み込まれていく。無論、リセの動きに変化はない。
目黒は監視員を盾にするように後ずさる。そんな中、足元に違和感を覚えた。
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地獄の空も青かった。噴煙から顔をのぞかせたそれも。空の色をセルリアンブルーと言ったりもするが、今は皮肉だ。
ムササビたちに連れられ、山を登り始める。死んだと思って目を開けたら死ぬよりひどい場所だったのだ、正直もう一度眠りたい。だが。
(ムササビの話が本当なら、まだ生きてる人がいる。それを確かめないと。)
アイカが死ぬ前―リセにこの島からの通信が届く数日前、アイカ以外の研究員たちは忽然と姿を消した。アイカには何も言わずに。船の出航記録も、休暇の届け出も何一つない。島中探しまわった。ラッキービーストとの接触記録も確認した。それでも、手掛かりはなかった。
研究所に戻って、スタンドアローン端末を調べたあたりで記憶は途切れている。
(そこで私は死んだはずだった。でも、生きていて、いるはずのない人がいる。)
偶然か、必然か、運命のいたずらか。何にせよ、生存者がいるならば会わなければ。
「アイカさん、あれ…」
しかし、実際に目の前に現れたのは形こそ人間だが、それを人間と呼ぶにはあまりにも異質であり、別の名称で呼ぶほうがしっくりくる。
…『セルリアン』、と。
「人型の、セルリアン?どういうこと?」
セルリアンは、飲み込んだものの特徴や形状を複製する性質がある。嫌な憶測で頭痛と吐き気がしてくる。
「とりあえず、みんな、あのセルリアンに見つからないようにして。」
セルリアンに気を取られていたが、周りを見るとそれに向かって銃を撃つ人間が数人、外傷はないが横たわっているものもいる。それに紛れて育ちのよさそうな男が腰を抜かしており、そして、ボロボロになったアニマルガール。あれは…
「エゾシカ!」
気づいたときには草木の陰から飛び出していた。声も出していた。セルリアンがそれに反応してこちらに振り向き、手をこちらに向けて伸ばしていたが、気にしなかった。エゾシカに駆け寄り、抱き寄せる。
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何人倒しただろうか、それでもまだ、彼らは私に銃を撃ち続ける。
なぜだか、彼らを倒すと少しだけ頭がすっきりする。多少の思考力が戻ってくる。もっとだ、もっと欲しい。もっと、もっと、モット。
頭の中がまた曇り始めたその時、背後で女性の声がする。振り返ると、そこには見覚えのある姿があった。ここから離れさせなければ。手を伸ばし、ほんの少しの思考力を絞る。あれは…
「あい…」
しかし、背中の痛みで言葉が止まる。痛い?なぜ?
背後には目黒。その手には、対セルリアン用の銃が握られていた。
「消えろ化け物がぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
目黒の叫びが頭にガンガンと響く。痛みは、ちょうど蜂に刺されたような…、針が刺さった程度だった痛みが、体全体を焼くような痛みに変化する。熱い。特に左腕が、骨を直接バーナーで焼かれているような…。痛みを、熱さを紛らわすように暴れまわり、目黒も、監視員も片っ端から巻き込んだ。やがて、立っている者がいなくなり、腹からなにかが上がってくる。
「ウウッ、ブォォォォ…」
吐いた。吐いても吐いても収まらない。黒い液体を吐き出し続けた。しかし、吐き出していくにつれ、先ほど以上に頭がすっきりしていく。体はどんどんだるく、重くなっていくが。
吐き出し切ったころには体の熱さは消えていた。代わりに全身に針を刺したような傷があり、痛みとだるさで動けなかった。でも、清々しい気分だった。横を見やると、アイカがエゾシカをしっかりと抱きかかえていた。生きているようだ。
「よかった。守れたんだ。」
安心からか、眠くなってくる。
動かなくなったリセの周りに、身を潜めていたアニマルガールたちが集まってくる。アイカも近くまで来た。アニマルガールたちは必死に起きて、起きてと体をゆすってくる。声を聴くと、短くも濃い、この島での思い出たちがよみがえってくる。船酔いもしたな。思えば、この島では吐いてばかりかもしれない。エゾシカたちの洞窟。彼女らとはタイワンザルと出会ってから険悪になってしまったから、あそこで彼女たちがどんな生活をしていたのか知らない。逆に、イワン達にはとても世話になった。五目並べ、きっとこの遊びを教えた人はもっと強いんだろう。イワン相手ですら、あと一手詰め切れなかった。
(…あと、一手。)
そうだ。
そうだった。
彼女たちをおいて眠るわけにはいかない。
ただでさえ劣悪な環境の島に、噴火の影響で今も劣化サンドスターが降り注いでいる。
「外に…」
島の外に出るには船が…、いや、ある。あれほどの人数と廃棄物を乗せた船がある。それなら彼女らを乗せるには十分だろう。アイカも生きている。あとは。
「アイカ」
「喋らないで!今すぐ治療を!」
「ラッキービーストを連れてきて。」
アイカの静止を押し切る。何としても、詰みきるためのあと一歩に必要だ。
「治療が先よ!対セルリアン用の薬品を中和しないと…」
「アイカ、彼女の治療を続けてください。」
しかし、ラッキービーストを抱えて現れたのはイワンだった。
ありがとう、と言おうとしたが、手で制された。
「お礼はいりません。あなたの望む一手です。」
彼女は何者なのか。わたしがこれからしようとしていることもお見通しなのか。
彼女は笑っていた。仮に見通せているのなら、この島での経験が彼女の心を固くしてしまったのかもしれない。悲しいが、今は甘えさせてもらう。
ラッキービーストに命令を吹き込む。
「この島に停泊中の大型船を検索…」
「検索中、検索中…第二停泊所ニ大型船ヲ確認。」
「命令よ。その船にこの島のアニマルガール、およびヒト以外の動物を誘導、20分後に…、ジャパリパーク本島へ出発して。」
「『!?』」
「直接命令モード、命令承認。ネットワーク内のラッキービーストに命令共有。実行開始。」
「ちょっと待って!ヒト以外ってどういうこと!?」
イエネコが声を上げる。他も全員驚いた表情だった。
「いいの、これで。…それと、アイカ。」
だんだんと意識がもうろうとしてくる。言葉も途切れ途切れになる。
「研究所と、砂浜の、仮設研究所…そのすべてを持って、あなたも船に、…これを。」
本島の研究員用のカードキーを手渡す。
「行って、早く。…みんなも、アイカを手伝って。」
「待ちなさい!あなたも帰るのよ!」
「私は、もう、人間としての囲いの外、外に出たの。見たでしょう。」
もう持たない。
「だから、外に、いなきゃ。…行って。」
説得しきれたかどうかは別として、するべきことを終えた安心感で、全身の力が抜けた。力尽きた。友達の泣く声を聴きながら。
アイカ達は成すすべなく、リセの元を離れ、研究所の物資を運びだした。
警報音を鳴らしながら船へ誘導するラッキービーストの群れは異様だった。
「これで大方運び出した。あとは…」
時計を見る。リセが設定した出航時刻まで五分とない。しかし、まだどうしても運び出さなければいけないものが残っている。
「アイカさん!もうすぐ船が出るよ!早く乗って!」
ヒメネズミが呼んでいる。
「まだ運ばなきゃいけないものが残ってるの!行ってくるわ!」
「あ、待って!」
ヒメネズミの静止は届かず、アイカは山のほうへと消えていった。
「そんな、間に合わないよ…」
泣きそうになりながら膝をついたヒメネズミの頭をやさしくなでる影。エゾシカだった。
「エゾシカ!目が覚めたの!」
「ああ。追いかけよう。」
ヒメネズミは静かにうなずいた。
結局、三人は出航には間に合わなかった。命令実行中のラッキービーストを、アニマルガールの力だけではどうにかすることはできるはずもなく、多すぎる別れへの阿鼻叫喚を乗せ、定刻通り船は出航した。
やがて日が暮れた。もうあの島は見えない。島では和気あいあいとしていたグループ内でも会話はなかった。泣き疲れて眠った者、個室に閉じこもる者、たまに叫んでは壁を蹴りつける者、それにおびえ震える者。
イワンは、どうにかしなければと思いつつも、どうすることもできず、海を眺めていた。その横にイエネコが並ぶ。
はじめはお互い、一言も発さなかった。しばらくして、イエネコが口を開く。
「…せっかくリセさんやアイカさんが助けてくれたのに、生きてる気がしないんです。」
「わかりますよ。…まして、エゾシカやヒメネズミまでも。あの時、私がラッキービーストを連れて行かなければ…。」
あの瞬間のリセの一手は想定外だった。治療できるものが仮設研究所にあって、そこまで案内させるとか、あるいは近くのラッキービーストに何か細工をしているとか、全員が助かるいい手だと思っていた。また仲間を、友達を失ってしまった…
「なにあれ!」
「なんか光ってるのだ!」
ムササビとアライグマだろうか、船の後ろのほうから騒ぎ声が聞こえてくる。こんな時まで呑気なものだ…
しかし、それは全く呑気なものではなく、この船に乗る者たちにとってはまさに光だった。
光は音とともに近づいてくる。
「あれは、船!?」
「アイカさんだ!」
「エゾシカとヒメネズミもいる!!」
甲板が歓喜に包まれる。船内にいた者も、騒ぎを聞きつけ外に出てきた。
光の正体は小型のボートだった。
アイカも、エゾシカも、ヒメネズミも。
そして。
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気が付けばベッドの上だった。右手には点滴とパルスオキシメーターが繋がれているせいか、背中の居所が悪い。もぞもぞと良い位置を探るが、どうもしっくりこない。
その動きで気づいたのか、一人の女性が近寄ってくる。看護師だろうか。目が合うと「安静にしていてください」とだけ言い残して部屋を出て行った。
…
……看護師?
いや待て、ここは?死後の世界にも病院があるのか。
死んでるのに?
混乱してきた。
しかし、その混乱は看護師に連れられてきた医師の、そのさらに後ろについていた人物によって晴らされた。
「アイカ!?どうして…」
「あなた、自分で言ったでしょう?仮設研究所のすべてを持って行けって。…それに、たとえ人間の囲いから出ても、彼女たちの友達の輪からは出られないし、私もそれは許さないわ。」
「…。でも、私は彼女たちにはもう会うわけにはいかない。もう私は、一度衝動に心を預けてしまった。それに快感すら覚えた。」
あの時、自分は望んで壊した。考えられないのをいいことに。
「そんなの、この左手よりも、どす黒いじゃない。」
すると、アイカは笑い出す。
「あら、確かにそうかもね。私だってそうだわ。むしろ、そこまでクリアな人間、いないと思うけど。」
クリア?透明?
左手のほうを見る。そこには左手、いや、左肩から先はなくなっていた。
ようやく医師が口を開いた。
「落ち着いて聞いてください。あなたの腕は、完全にセルリアン化した後に、対セルリアン薬品によって…その…。」
「崩壊したのよ。」
言いよどむ医師にアイカが割って入る。
「安心なさい、彼女たちのほうはあなたの読み通り、こっちに来てから回復してきているわ。」
なるほど。安心した。理解した。
きっとイワン達に五目並べを教えたのはアイカだろう。きっとそうだ。勝てる気がしない。
そう思うと、左腕のこともどうでもよくなり、笑えてきてしまう。
「じゃあ、わたしは彼女たちに報告してくるわ。」
「アイカ、待って。」
帰ろうとする背中にしゃべりかける。
「何?」
「Welcome to Japaripark. 」
「なに?それだけ?」
「いいの、あなたがいたところはパークの外だったんだから。」
「それって嫌味?皮肉?…でもそうね。じゃあ私からも言わせて。」
アイカは振り返り、微笑みながら
「Rise in the park. You rise in the park.」
そう言い残して、病室を後にした。
アウターパーク 鮪糸(つないと) @tsunaito
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