第7話 怒り
人間の機能には普段使用されない領域が存在する。脳が10%ほどしか活動しないことはよく知られているが、運動機能についてもそれは存在し、リミッターがかかった状態で我々は生活している。
それらの機能は怒りや恐怖、生命の危機などで一時的に解放されることがある。
案内されてたどり着いた場所は、砂浜から山を挟んだ反対側だった。
見れば、何やら荷物を運ぶ集団と、それを守るように回りを監視している人間が何人かいる。手に握られているのは麻酔銃だろうか。
「…!」
監視している人間の1人の足元には傷だらけのエゾシカが横たわっていた。麻酔の針が何本か撃たれているのを見る限り、眠っているのだとは思うが…。
「あなたはここで隠れていて。ちょっと話を聞いてくるわ。」
そう言って、怒りを表に出さぬよう、冷静に、監視役に接触する。
「ちょっと聞きたいことがあるのだけど。私はここの研究員の…アイカ。これは今何をしているの?こちらにはなんの連絡もなかったのだけど。」
監視員は返答もなしに無線を操作し始める。
「こちら02、この島の研究員を名乗るものが来ました。どうされますか。…ええ。はい。分かりました。お待ちして…」
「上の人間がいるの?いいわ、私からそちらに行くと伝えて。」
相変わらず返事はない。
「そちらに出向くと言っていますが。…分かりました。直ちに。」
どうやらうまく話が通ったみたいだ。
案内された先には、いかにも高そうなスーツを着た男がいた。身だしなみもきっちりとしている。何もかも完璧にこなす性質なのだろう。風景との調和が取れないことを除けば完璧だった。
「君が例の研究員か。すまないね、何の連絡もなしに。私は目黒、目黒ソウイチだ。君は?」
「私は村上アイカ。突然来たこともそうだけれど、これは一体何をしているの?」
この島に元々いた彼女の名前を借りたが、その方が自然だろう。目の前の男がどれほどの切れ者かわからない以上はこのまま押し通す。
「何を、と聞かれるならば答えは『廃棄物の処理』でしょうね。我々は今仕事をしているんですよ。」
「廃棄物の処理?確かにここの山はゴミであふれている。それを処理してもらえるならありがたい話ね。」
そうではないことなど分かり切っていた。明らかに山頂へ物を運んでいるのだ。
「ここのごみを処理?真逆ですよ。ここは指定の一時保管場所となって久しいはずでは?」
「!?」
どういうことだ。ここは元々観光資源として開発されていたはず。いや待て、ということは不法投棄だとされていたものはある意味ではすべて合法?モラルもへったくれもあったもんじゃない。
「我々はジャパリパークという事業に投資をしてきた。その見返りにと、君たちの上の人間がここを差し出したのですよ。好きに使ってくれってね。」
驚くような言葉が次々と目黒の口から放たれる。運営している人間の中にそんな奴が?ジャパリパークの事業が一気に進展したのは外部からの投資があったから?
そもそも、一研究員である私の耳にそんな上の人間の話など噂程度にしか。重役の名前がほとんど外に出てこないのも確かにおかしな話である。顔も名前も知らない人間が運営している…。
話し、考えるうちに様々な推論と感情がこみあげてくる。気づけば、対セルリアン用の銃を私は目黒に向けていた。当然、近くにいた監視員たちは私に銃を突きつける。
アニマルガールが持つ特性、「野性解放」。
生まれ持った野性が色濃く出るその領域に、もしアニマルガールとなったヒトがたどり着けるのだとしたら。
その時解放されるのは、脳の全領域か、肉体のリミッターの向こう側か、その他の何かか。
何でもいい。目の前の人間たちを凌駕し、この悪行を止められるならば。
「最後に一つだけ聞かせろ。エゾシカに何をした。」
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懐かしいような、一度はもう聞くことはないとあきらめた声が聞こえてくる。
「…かさん!起きて!アイカさん!」
この声はムササビだろうか。ここは天国か。ということは結局、私は彼女らを救うこともできずに死んだのか。
「アイカさん!リセさんが今大変なことになってるの!起きて!」
リセ?知らない名前だ。
このまま起きないのも悪いと思い、ゆっくりと目を開けた。
そこは天国などではなく、私が死んだはずの地獄だった。
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