第18話 初陣 #4


 ブランブル社の各機は離脱する爆撃機隊と接近する連合軍の間に割り込むように進路を取った。接近してくる敵の編隊は北東から南下する爆撃機隊に向かって接近している。社内で一番いい「目」を持つパンサーのJAS-39が逐次状況を報告していた。敵編隊の高度は一万五千フィート(約四五七二メートル)で、三型爆撃の上昇限界である一万三千フィート(約三九六二メートル)よりやや高い位置を維持している。速度は四〇〇ノット(時速約七四〇キロメートル)、大きく横に広がった隊形を維持していた。

 『敵は五小隊に分かれています。総数は四十三。正面、距離二三、速度四〇、高度一五、そろそろ目視距離です』 

 パンサーの声がわずかに緊張を帯びる。バンカーが経験の差か、いつもと変わらない口調でパンサーの報告に応えた。

 『帝国軍は?』

 『後方距離一五まで来ています。ただ高度は一三しかありません』

 『部隊を二つに分けるよう伝えろ。半分は高度一万三千を維持、残りは一万八千万まで上げさせろ。我々は高度三万を維持、敵の頭上を通り越し背後から攻撃する』

 『了解。帝国軍に伝えます』

 『こちらフィッグ・ツー、バンデットをレーダーで確認。あと少しで目視距離に入る』

 先頭を飛行していたティモシー機のレーダーが敵編隊を捉えた。ティモシー機のF-16が搭載するAPG-66のデッドコピーはオリジナルよりも性能で劣っているらしく、本来であれば三十マイル(約四十八キロメートル)の距離で戦闘機サイズを補足できるところ、二十マイル(約三十二キロメートル)くらいになってようやく反応があったらしい。ほとんど目視と変わらない距離だった。

 『一度やり過ごす。各機ベイパーを出すなよ。敵に気づかれる』

 ブランブルの六機は翼の先端から飛行機雲を出さないよう注意しながら高度三万フィートで敵編隊をやり過ごした。幡谷の乗るMiG-21のコクピットは下方への視界がひどく悪いため目視することはかなわなかったが、パンサーの逐次位置を報告したため敵が自分たちの下を通過したことが分かった。敵編隊はちょうど正面に帝国軍の部隊が見え始めた頃で高高度まで気が回らなかったようだ。

 『敵はこちらに気が付かなかったな。よし、全機反転、フィッグ隊、敵をケツから叩く。シトラス隊、AMRAAM射撃後高度二万まで下げて待機だ』

 『了解!』

 バンカーの指示に従い、六機の戦闘機がその場で急旋回、降下を始めた。機首を下げると今まで見えなかった下方が視界に入ってくる。幡谷も遥か下に雁行形の編隊を組んだ黒い点を確認した。高度計を確認するとそろそろ高度二万が近づいている。

 (敵機に突っ込みたいが、そうもいかないか)

 葛藤する幡谷の隣でパンサーがF-86にミサイルの照準を合わせていた。光学カメラで編隊の一番前を進む機体を確認する。隊長機を示す派手なマーキングや番号は確認できなかった。しかし攻撃目標をじっくり選ぶ時間的な余裕はなく、パンサーは先頭のF-86をロックオンしミサイルの発射ボタンを押した。

 『シトラス・ワン、フォックス・スリー』

 JAS-39から発射されたAMRAAMが白い煙を上げながらマッハ四の高速で降下していく。F-86編隊はちょうど編隊を崩し帝国軍の戦闘機隊に対し、獲物を狙う鷹の様に敵に食らいつこうとしているところだった。先頭を進む編隊長機が攻撃の指示を出し操縦桿を倒した直後、何かが彼のコクピットに影を落とし、次の瞬間機体に衝撃が走った。ミサイルが降下しようと傾いたF-86の胴体に突き刺さったのだ。ミサイルの弾頭は胴体を貫通し、そのまま地上に落下する。編隊長にとって幸運なことにミサイルは不発弾だった。しかしマッハ四で突入したミサイルの運動エネルギーはF-86を撃墜するのに十分だった。機体は翼の付け根辺りで真っ二つに裂け、機首が下に向きかけていたため、コクピットを含む前部だけがおもちゃのようにクルクルと回転しながら前方に飛んでいき、翼や後部胴体はそのまま揚力を失い落下した。衝撃で緩んだコクピットのキャノピーが吹き飛び、編隊長は強烈な遠心力で首を痛めながらも何とか脱出するこができた。

 『キルを確認。敵編隊、回避行動に入ります』

 残り四二機のF-86が回避のため左右に旋回を始めた。編隊長を失ったものの、その回避行動は統一されており、搭乗しているパイロット達の技量の高さがうかがわれた。しかし、低高度を飛行していた帝国軍を攻撃する絶好の機会を失ってしまった。

 『フィッグ隊、攻撃開始』

 回避行動する隊列に向かって四機のジェット戦闘機が切り込んだ。背後からの急襲のため、MiG-21が搭載している低精度のR-3空対空ミサイルでも敵をロックオンできる。ティモシー、バンカー、ヤゼン、ザインの四人はそれぞれがロックオンした目標に対してミサイルを発射する。命中したのは二発、ティモシーとヤゼンのもので、残りの二発は回避行動に追いつけず燃料を失って地上に落下していった。

 『残り四〇機。敵は三つに分かれた。左に一八、右に十四、八機が直進』

 『私とフィッグ・ツーで左をやる。フィッグ―・スリーとフォーは右を。八機の編隊は帝国軍にまかせる』

 『了解』

 ブランブルの戦闘機は左右に逃れた編隊を追撃した。中央に残った敵の八機編隊はそのまま高度を下げて補足していた帝国空軍の戦闘機部隊に襲い掛かろうとする。だが、降下を始めた彼らの動きが止まった。目の前の帝国軍部隊には一機も爆撃機がいないことに気が付いたのだ。八機のF-86は機首を正面に戻すと、姿の見えない爆撃機を探して南に向かおうとした。そこに上空から帝国軍の六型戦闘機が襲い掛かった。

 第二次世界大戦前の水準しかない複葉機の六型戦闘機と第二次世界大戦後の技術で作られたジェット戦闘機のF-86の間には絶望的な技術格差があった。正面から戦えば六型戦闘機に勝ち目はない。しかし、戦闘機の性能差に比べ、搭載している武器の差は少ない。もちろん、F-86の12.7mm機銃の方が六型戦闘機の七ミリ機関銃よりも強力だ。だが、防弾装備を持つF-86を撃墜まで追い込むのは容易ではないとはいえ7mm機銃でも命中すれば相当なダメージを与えることができる。

 連合の八機のF-86に襲い掛かった八機の六型戦闘機は格上の戦闘機と交戦経験があるパイロットたちだった。彼らは自分たちの航空機が非力であることを十分に認識しており、非力さを補うため四機一組で一機のF-86を集中的に狙った。F-86が下の別働隊に気をとられていたこともあり、帝国の攻撃は奇襲となった。立て続けに四機から機銃掃射を受けた一機のF-86はコクピットのキャノピーに命中した銃弾がそのままパイロットを貫き絶命させた。もう一機の狙われたF-86も回避を行ったものの雨のように降り注ぐ弾丸を右主翼と右水平尾翼に受けてしまう。翼はハチの巣となり、何とか飛行は継続できていたが操舵が効かなくなった。そこに、下から上昇してきた別部隊の六型戦闘機が機銃を浴びせる。上下から挟み込まれたF-86の機体はあちこちに銃弾を受け、やがて一発がエンジンに命中、小さな爆発を起こした機体は煙を吐きながら落下していった。

 ここまでの段階で帝国軍とブランブルの損害はゼロ、連合軍は五機を失っていた。その戦闘の状況をパンサーが安全な高度から観察する。

 『帝国軍もやるな。おっと、フィッグ・スリー、左から敵編隊! 十四機だ』

 『了解。確実に落としに来たか。なら上昇してやり過ごす。行くぞ、ザイン』

 『わかったよ兄さん』

 ヤゼンがMiG-21のスロットルを次第まで上げ、アフターバーナーを使用して機体を急上昇させた。僚機のザインもそれに続く。二機のMiG-21に格闘戦を仕掛けようとしたF-86は音速を超える加速についていくことができない。ヤゼンとザインのペアが十四機を引き付けている一方、ティモシーとバンカーは正面から十八機とぶつかりそれを圧倒していた。

 『フィッグ・ワン、フォックス・ツー、……よし命中』

 『フィッグ・ツー、フォックス・ツー、こちらもキル』

 技量と性能的が突出しているティモシーのF-16が前面に出、それをバンカーのMiG-21がサポートする形で二人はあっという間に三機の敵を落としていた。十五対二と数的には圧倒的に有利にも関わらず、連合軍は二機敵に追い回されていた。

 互角以上の戦いを繰り広げるブランブルだったが、その一方で残り六機を相手にしていた帝国軍十六機は既にその数を大きく減らしていた。

 『バンカー! 帝国軍がバタバタとやられていきます。残機九』

 『もう七機も落とされたか。くそっ、フィッグ・ツー、行けるか?』

 『あんた一人でこの数を相手にできるか?』

 『やってみるさ』

 『了解。落とされるなよ』

 ティモシーのF-16がバンカーとの編隊を解除し、単機で帝国軍を蹂躙するF-86の編隊に接近した。

 『フィッグ・ツー、フォックス・ツー』

 ティモシーは帝国の複葉機を狩るF-86に向けてAIM-9サイドワインダー空対空ミサイルを放った。ジェットエンジンの排熱に引き寄せられるようにミサイルはF-86に向かい、ぱっと爆発した。

 『キル』

 淡々とティモシーが敵機の撃墜を報告する。ティモシーはさらにもう一機をミサイルで撃墜した。あっという間に二機を落とされた敵の編隊はF-16から距離を取ろうと左に急旋回しながら降下を始めた。敵が離れた隙に生き残っていた帝国軍が編隊を組み直す。

 『こちらシトラス・ワン。フィッグ・スリー、そのまま敵編隊を四時の方向に追い込め。フィッグ・フォーはスリーが追いかけている敵が上昇しないよう頭を押さえてくれ』

 『フィッグ・スリー、了解』

 『フォーも了解です』

 パンサーの指示を受け、ヤゼンとザインの兄弟は二機で十四機の足止めを続ける。こちらは撃墜こそできていないが、七倍の数を上手く抑え込んでいた。連合も過去の戦闘で学んだらしく、圧倒的な数の優位を維持しながら交戦を続けている。MiG-21は速度ではF-86を上回るが亜音速での機動性についてはF-86の方が上だった。そのため、MiG-21はF-86と格闘戦はせず、一撃離脱戦法を繰り返すことになる。ヤゼンが仕掛け、離脱するタイミングでザインが攻撃をしかける、兄弟の息のあった振り子のような連携は多数の敵を釘付けにするのに十分だった。

 一方、一機で十五機を相手にしているバンカーは苦戦していた。バンカーもそれなりの技量を持ったパイロットだったが数の暴力の前に苦戦を強いられていた。そして連合の戦闘機の中にも手練れはいる。

 『フィッグ・ワン! 右に回避、右です、右!!』

 パンサーが無線で叫ぶ。バンカーのMiG-21は追い詰めていた敵機を諦めすぐに右に急旋回を行う。その数コンマ秒後、先ほどまでバンカーがいた位置にえい光弾の光が走った。F-86が搭載する六門の12.7ミリ機関銃が火を噴いたのだ。

 『今のは危なかった。次はどっちだ』

 『三時の方向、二機、真横から来ます!』

 『数が多いな。ミサイルを使う暇もない』

 バンカーと交戦している連合軍は四つの小隊に別れ全方位からMiG-21を包囲していた。できることなら音速まで加速し距離を取りたかったが、それを行えば手の空いた十五機が他の目標に向かってしまう。バンカーは巧みな技術で敵機を翻弄し、射撃位置を取られないよう回避はしたが旋回を続け速度を失ったバンカー機の背後を敵の一小隊が捉えた。

 『フィッグ・ワン、七時の方向から四機! 左に回避を!』

 『ええい、一度高度を取らせてほしいものだ』

 バンカーは左に鋭く旋回しながらフレアを射出した。約二千度で燃焼するマグネシウム粉末による火球が放たれると、バンカー機を追っていたF-86は慌てて回避行動に入った。目の前に突然現れた光をロケット弾かミサイルと誤認したらしい。

 『フィッグ・ワン、今なら上昇できます……だめだ、二時上方から四機! 右に回避を』

 パンサーの指示に従い、バンカーは期待を一八〇度ロールさせると操縦桿を思いっきり引き右に急旋回を行なった。

 『さらに三機、九時の方向から来ます。挟み撃ちです。ああ、上からの編隊が射撃距離に!』

 『パンサー、少し落ち着け』

 バンカーは右に左に機体を振って四つの小隊を撹乱していたが、敵の包囲網は徐々に狭まっていった。

『フィッグ・ワン、さらに六時から新たな三機、八時上方からも四機! あ、敵機射撃!』

 上から迫っていた四機のF-86が機関銃を発射した。一機六門、合計二十四の銃身から放たれた数百発の弾丸がバンカーのMiG-21に降り注ぐ。狙いは悪くなかったが距離がありすぎたため弾丸はMiG-21を中心に散らばり直撃することはなかった。しかし曳光弾の何発かがコクピット近くを通過し、バンカーの肝を冷やす。

 『くそっ、限界だ。一度離脱して仕切り直す』

 バンカーはアフターバーナーを起動させ、一気に超音速まで期待を加速させた。左右からバンカーを挟み撃ちにしようとしていたF-86を後目にエンジンから青白い炎を出し急加速するMiG-21はあっという間に戦場から離れていった。残された連合軍のF-86はバンカーの追撃に移ったが、その内の半数は別の行動に移った。編隊を組み直し、二つに分かれると交戦中の別部隊の掩護と南に向かったのだ。

 『フィッグ・スリー、そちらに三機行った。別の四機が爆撃機の方に! 誰か追えないか。シトラス・ワンよりフィッグ・ツー、ティモシー、離脱する四機編隊をやれないか』

 『ネガティブ。こっちも交戦中だ』

 ティモシーのF-16は帝国軍と交戦していたF-86の残りをミサイルと機関砲で全機撃墜した後、敵に追われていたザインのMiG-21を援護すべく別の編隊に攻撃をしかけていたところだった。

 『ヤゼンは!?』

 『すまんない。俺も手一杯だ』

 『フィッグ・ワン、どうしますか!? 爆撃機隊が危ない』

 『少し待て。もう少しで戦場に戻れる……だめだ、敵に捕まった!』

 バンカーはアフターバーナーを切り旋回して戦場に戻ろうとしているところだった。そこに先ほど振り切られたF-86の一隊が正面からぶつかる。一対八の包囲戦が始まった。

 『パンサー、爆撃機隊は、あきらめるしかない。今は我々が生き残ることを優先する』

 『く、了解です』

 パンサーは現在の戦場の監視に意識を戻した集中した。爆撃機の犠牲を気にしないのであれば、敵の数が減った分こちらが有利になる。パンサーの横で黙って通信を聞いていた幡谷は編隊長であるバンカーに今離脱した敵部隊の追撃許可をもらおうとした。

 (いや、どうせ即却下される。それにバンカーは交戦中だ。余計なことは言えない)

 幡谷は戦場を見回した。ティモシーのF-16とヤゼンとザインのMiG-21は三機が連携してF-86と戦っている。F-86の数はかなり減っているようだが残った機体はどれも腕のいいパイロットが操縦しているらしい。ティモシーですら簡単には後ろを取れていない。その上、こちら側の戦闘機はミサイルを全て撃ち尽くしていた。さらに帝国空軍の六型戦闘機はわずか四機が残るばかりだった。バンカーは少し離れたところで八機相手に縦横無尽の回避を続けている。全体的にブランブルが押されている様子もなかった。

 (ここは大丈夫だな。命令違反は重罪だが、ここは軍隊ではない。それに)

 幡谷の脳裏に、出撃前に意気を上げていた若い爆撃機のパイロット達の姿が浮かんだ。F-86に追いつかれれば爆撃機部隊は直ぐに全滅する。一機あたり八人。それが七機で五十六人。それだけの命を救えるのなら、命令違反の価値はあると思われた。

 『こちらシトラス・ツー。これより離脱した敵機を追撃する』

 幡谷の一方的に通信にパンサーが戸惑いの声をあげる。

 『なんだって!? 命令は、俺の護衛はどうなる!?』

 「悪いな、パンサー。一人でなんとかしてくれ」

 『おい、フラッグ待て!』

 「シトラス・ツー、追撃を開始する」

 幡谷は無線を切ると落とすと機首を南に向ける。

 (俺に模擬戦で負け越しているバンカーですら八機を相手に立ち回れていた。俺が相手にするのはわずか四機、楽勝だな)

 幡谷は敵機が消えた方向を睨みアフターバーナーで一気にMiG-21を加速させた。強烈なGで身体がシートに押さえつけられる。その圧迫感がこれから始まる空中戦闘への期待を高ぶらせた。

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フラッグ・オン・ザ・ウイングス~異郷の翼~ 深草みどり @Fukakusa_Midori

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