第17話 初陣 #3

 ブランブルの部隊が高射砲陣地と迎撃戦闘機を無力化してから十分後、帝国空軍の編隊が姿を現した。

 『騎兵隊にしてはでかいな。まるでB-2だ』

 パンサーが三型爆撃機を見て軽口を叩く。横幅の大きな三型爆撃機は遠目には米軍のB-2爆撃機に見えなくもない。

 『連合にとっては死神の登場だな』

 ヤゼンがぼそりと呟いた。

 到着した爆撃機は七機、一機はエンジントラブルのため引き返していた。爆撃機の二個小隊は戦闘機に護衛されながらゆっくりと高度を下げ、すでに抵抗能力を失った工業地帯の上空に達する。まず第一小隊がジェット機工場に向けて一機当たり二千キロ、合計八千キロ分の爆弾を投下した。小型の爆弾が雨のように降り注ぐ。低速かつ低高度から行われた爆撃はほとんどが目標に命中。工場の屋根に穴が空いたかと思うとそこから赤黒い爆炎が噴き出した。工場の窓ガラスを爆炎が吹き飛ばし、そこから飛び出てきたジェット機の翼が隣の向上の壁に突き刺さる。爆発は次々と起こり、あっという間に工場は廃墟と化した。

 『目標一番に爆弾命中、破壊を確認』

 パンサーが偵察ポッドのカメラで戦果を一つずつ確認する。

 『続いて、目標二番、三番、四番に命中、破壊を確認。これで加工工場と組立工場は全滅です。第一小隊は離脱を開始。続いて第二小隊、爆撃アプローチ』

 一機欠けて三機になった第二小隊は間隔を狭めたフォーメションで工場群に向かう。

 『第二小隊、爆撃を開始……目標五番から七番までの破壊を確認。最優先目標のエンジン工場も破壊。ん? フィッグ・ワン、帝国軍の戦闘機が地上を攻撃しています』

 空対空戦闘の機会を得られなかった憂さ晴らしか、爆撃機の護衛についていた帝国軍の戦闘機の何機かが爆撃の被害を受けていない建屋や野外に並べられていた車両、山積みになった降着装置のタイヤに向けて機銃掃射を行っていた。戦闘機隊はかなり高度を下げているらしく、工場に残っていた連合国の兵士がライフルや機関銃を空に打ち上げて応戦していた。

 『余計なことを。あれで撃墜されたら我々の評価が下がる』

 『止めますか?』

 『放っておけ。爆撃機が引き返せば連中も一緒に下がる』

 『了解です』

 それからしばらく帝国軍の戦闘機による地上掃射が続いた。攻撃に参加しているのは第三と第四飛行隊らしく、本来は遊撃任務にあたる第五飛行隊が上空で二つの爆撃小隊を見守っていた。

 六型戦闘機が工場の屋根すれすれまで高度を下げ逃げ惑う工員や洗濯物を屋上で干している社員寮などを攻撃していた。幡谷は地上から目を逸らし空の警戒に集中することにした。

 (ああいう戦闘は性に合わない。どこからか戦闘機が現れないか)

 幡谷の願いは虚しく、連合の戦闘機が現れることはなかった。やがて、爆撃を終えた三型爆撃機はゆったりとした旋回しながら機首を南に向け離脱を始めた。地上攻撃に夢中になっていた戦闘機たちも慌てて上昇しその後を追う。帝国軍が離脱するまでの間、ブランブルの各機は工場地帯の上空を旋回しながら敵の追撃を警戒する。破壊された工場から黒い煙をあがり、消防車や救急車らしい車両があちこちで活動を始めていた。

 (太平洋戦争で爆撃された日本もああだったか)

 幡谷の祖母は太平洋戦争中に川崎で暮らしており、何度か空襲を経験したと昔話に聞いたことがあった。祖母が働いていた工場が空襲にあい、働いていた親戚や友人が命を落としたと言っていた。非戦闘員が犠牲になるのは心が痛む。

 (ロシアや中国を相手にしていた自衛隊時代は気が楽だったな) 

 とはいえ、幡谷にはブランブルや帝国空軍を責める気はなかった。敵の生産能力を奪う戦略爆撃の重要さは理解していたし、帝国空軍の爆撃機部隊は高射砲や迎撃機が残っていればたやすく全滅していた。決して一方的な戦いではない。それに戦争はスポーツではない。先ほどのヤゼンのようにフェアプレイに持ち込めば、それはすでに半分は負けているのだ。

 「これが、戦争……いや今は任務に集中だ」

 気合いを入れ直した幡谷の横で、パンサーが工場の被害状況を確認していた。

 『組み立て施設、エンジン試験場、生産工場、大型クレーンの破壊を確認。ついでにトラック数台とゴム製のタイヤの山が炎上中』

 『十分な戦果だ。これで連合はしばらくジェット戦闘機の供給ができない。帝国軍の損害もゼロ。この戦争も後一息だな』

 帝国空軍の編隊が空の彼方で黒い点になった頃、バンカーが満足そうに言った。

 『パンサー、少しいいか』

 ヤゼンの声が無線に乗った。

 『先ほど上がって来た機体は正規部隊のものか?』

 『いえ、部隊マークも番号もなかった。工場で出来たての機体を慌てて出したみたいですよ』

 『なら連合のF-86残機に変化はないな』

 『前回から変わらないから後六十機以上残っているはずですね』

 『まだ三分の一を切らないか』

 『先は長いですね。まあ敵が残っていた方が俺はありがたいです。一度くらいはドッグファイトをしたいですから。ねえ、バンカー?』

 パンサーが大げさに機体を左右に振る。主翼に搭載されたミサイルが重そうだ。

 『焦ることはない。確実に目標の三分の一に近づいているが、もう二、三度空中戦の機会はあるはずだ。パンサーにもいずれ機会は巡ってくる』

 『三分の二の時も同じことを言われましたよ?』

 『だからAMRAAM(アムラーム)を買ってきた。デッドコピーではない本物の現行兵器だぞ。私がどれほど苦労したと思っている。遠距離でも空対空戦闘にはかわりない』

 『バンカーには感謝していますよ。でも俺は遠くからミサイルを撃つだけじゃなく、背中を取り合うドッグファイトがしたいんですよ。フラッグもそうだろ』

 パンサーの問いかけに幡谷は「ああ」と答えた。空の上で話すのは一度に一人というルールがあるわけではないが、ちょうどマイクが回ってきたので幡谷は先ほどから感じていた疑問を尋ねてみた。

 「三分の一とは何だ?」

 暇をしていたからか、今度はヤゼンの弟のザインが答えた。

 『戦争終結に必要な敵の戦力ラインですよ。シーワ連合には当初百五十機以上のF-86があったそうです。これを三分の一の五十機以下まで減らせば連合は帝国と停戦すると、そういう文章が連合の内部で出回っているそうです。連合も帝国とだけ国境を接しているわけではありませんからね。最低でも五十機は国防に必要らしいです』

 『フラッグ、これは俺たちにとっては大問題だぜ。戦争が終われたば空中戦の機会もなくなる。手柄を立てることなくお役目ごめんだ』

 パンサーは冗談風に言ったが声の調子はやや真剣だ。彼なりに雇用の心配をしているらしい。

 『安心しろ、パンサー、それにフラッグも。この戦いがひと段落したら帝国でMiG-21の量産を始めるつもりだ。その時は貴様たちに教官を務めてもらうぞ』

 『うへえ、MiGは勘弁してくださいよ。俺はコンピュータ制御のスマートな戦闘機しか乗りたくありませんよ。だいたい……ん?』

 突然、パンサーの軽口が止まった。

 『どうした? 何かあったのか』

 ただならぬ気配を感じたバンカーが問いかける。

 『……ボギー(未確認機)編隊を確認!! 方位八〇、距離八〇、こちらに接近してきています』

 『数は!?』

 『二十、いえ四十以上。レーダー波を解析中……機種は全てF-86です。このままの進路だと十分前後で帝国空軍に追いつきます。バンカー、どうしますか』

 『ぬう』

 無線の向こうでバンカーが唸った。

 『四十機以上のセイバーが相手か……。各機残弾は?』

 『フィッグ・ツー、サイドワインダーが残り四発、機関砲は残り百五十』

 まず今まで静かだったティモシーが報告した。ティモシーのF-16は空対地戦闘と空対空戦闘を一度ずつこなしているにも関わらずまだミサイルを四発も残していた。

 『フィッグ・スリー、R-3残弾二、機関砲は二十、燃料は心もとない』

 『フィッグ・フォー、R-3残弾三、機関砲は六十』

 戦闘機部隊の三番機であるヤゼンと四番機のザインがそれぞれ残弾を報告した。MiG-21の搭載する30mm機関砲の装弾数はわずか六十。ヤゼン機はフェアな戦いをした結果、かなりの弾薬と燃料を使ってしまっていたようだ。

 『シトラス・ワン、AMRAAMが一発、AIM-9サイドワインダー四発。機関砲は全弾残っている』

 続いてパンサーが報告する。JAS-39は小型機ながら、空対空ミサイルを四発しか搭載できないMiG-21と比べるとかなり重装備だった。部隊で唯一の視野外ミサイルもまだ一発残っている。

 『フラッグはどうだ?』

 バンカーの声に幡谷はもしかして空中戦に参加できるのかと期待に胸を膨らませMiG-21のブラウン管ディスプレイで搭載している兵装が全て未使用でグリーンであることを確認した。

 「シトラス・ツー、フラッグ、ミサイルもガンも全弾残っています」

 『ふむ、全機がミサイルを全弾命中させても半分は残るか。できればこのまま逃げたいが、帝国軍の手前戦ってみせなければな。ティモシー、やれるか?』

 バンカーがティモシーに尋ねる。バンカーは重要な局面では中東での実戦経験が豊富なティモシーに意見を求めることが多い。

 『俺たちフィッグ隊は問題ないだろう。だがパンサーとフラッグは帰らせた方がいい。十倍の敵を相手にしている最中に新人の御守まではできん』

 『……!』

 幡谷はティモシーに何かをいい返そうとしたが、それを察したのかバンカーが強引に無線のスイッチを淹れる。

 『二人とも貴重な戦力だ。予備戦力として上空に残す。四機でしかけるそれでいいな』

 『了解、隊長。俺はそれで構わない』

 『よし、フィッグ隊で敵を撹乱し爆撃機隊が離脱するまでの時間を稼ぐ。シトラス隊はAMRAAM(アムラーム)での先制攻撃の後、高度三万フィートで待機。シトラス・ワンは管制機として我々と帝国軍に指示を出せ。シトラス・ツーはワンの護衛だ』

 『シトラス・ワン、了解』

 「シトラス・ツー、否定」

 『何だと?』

 幡谷は思わずバンカーの指示を拒否した。

 「バンカー、俺もフィッグ隊に入れてください。弾丸と燃料を消費しているヤゼンと代わります」

 『フラッグ、お前の役割はパンサーの護衛と万が一のための予備戦力だ。ブリーフィングの通りに行動しろ』

 「役に立って見せます。それにヤゼンよりも俺の方が実力は上です」

 『模擬戦ではな。ここは戦場だ。未経験の坊やに前線を任せるようなリスクは取れん』

 『しかし、』

 『くどい! 指揮官は私だ。これ以上文句を言うのなら二度と戦闘機には乗せんぞ。貴様はシトラス・ワンの護衛だ。わかったな』

 雷のような怒声に無線の音声が割れる。普段温厚で市役所の職員のようなバンカーだが、元軍人だけあり怒鳴った時の迫力はかなりのものだった。幡谷は不本意ながらも引き下がる。

 「……了解。シトラス・ワンの護衛に専念します」

 『それでいいフラッグ。若者は血気があるくらいでちょうどいいが聞き分けはよくあるべきだ。パンサー。帝国軍の護衛部隊に通信を入れろ。護衛についている戦闘機二個部隊をこちらに回せと』

 『あの複葉機部隊を? 連中を囮にするんですか?』

 『言葉を選べ。共同で迎撃に当たるのだ。四機で十倍のF-86を相手にすれば損害は必至だ。十六機の帝国戦闘機部隊が加われば数の上では二対一になる。帝国軍を守るのが仕事だが私には社員と会社の資産を守ることの方が重要だ。それに、我々だけだは隊を二つに分けられて終わりだ。連合機を足止めするには数がいる』

 『了解。打診します』

 『打診ではない。命令だと伝えろ』

 『……了解です』

 パンサーは無線機を切り替えると現地の言葉で爆撃機の護衛についている戦闘機の指揮官に通信を入れた。しばらく会話をした後、パンサーが突然英語に言語を切り替える。

 『帝国軍の第三および第四飛行隊がこちらに来るそうです』

 『皇族がいる第五飛行隊を残したか。適切な判断だ。よし、各機、南下してくる敵編隊を迎え撃つ。方位一二〇、予測される会敵地点を帝国軍に伝えろ』

 ブランブルの各機は接近する敵戦闘機部隊を迎え撃つためバンカーの指示に従って緩やかに進路を変えた。

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