第16話 初陣 #2

 ブリーフィングを終えてから一時間半後、幡谷たちブランブルの戦闘機部隊も順番に離陸し、帝国空軍の後を追って空の上にあった。F-16と三機のMiG-21の四機編隊が先頭、その後ろにパンサーのJAS-39と護衛する幡谷のMiG-21さら後方にSu-25二機が続く。

 イシュウ飛行場から攻撃目標の工業都市まで直線で三五〇キロほどあり、最高速度が時速二〇〇キロほどと鈍足の三型爆撃機では片道二時間近くの時間がかかる。一方、時速八〇〇キロほどで巡行できるF-16とMiG-21からなるブランブルの戦闘機部隊は三〇分もかからずに目標に到達することができる。爆撃機の護衛が必要になるのはシーワ連合国の海岸線から内陸に入った辺りからだ。シーワ連合にはF-86の技術をもたらした組織によって原始的なレーダーが設置されており、また海上には連合国の海軍艦艇も監視している。それらに補足され、工場に隣接する飛行場から迎撃戦闘機が上がって来るタイミングが爆撃機が海岸線を超えたあたり、距離でいうとイシュウ飛行場から三〇〇キロほどの位置と予想されていた。

 秋の空はどこまで澄んでおり、眼下に目を向けると海の波の一つ一つがはっきりと識別できた。幡谷は自機であるMiG-21のレーダースコープを見た。電源を入れていないため、ブラウン管には何も表示されていない。索敵は高性能なレーダーを装備しているパンサーのJAS-39の役目だ。ちょうどシーワ連合の海岸線が見えた頃、パンサーから通信が入った。

 『前方に護衛対象を確認。二時の方向に第一爆撃小隊、一時の方向に第二爆撃小隊。両小隊とも高度一万五千フィート、距離は八十キロメートル、海岸線まで十キロメートル』

 パンサーのJAS-39グリペンが搭載するPS-05/Aレーダーは最大で一二〇キロ先の戦闘機サイズの目標を補足することができる。

 『了解。編隊そのまま。彼らの上空をフライパスし目標に向かう』

 編隊長であるバンカーが各機に指示を出す。幡谷は操縦桿を握ったまま一時の方向に目を向けた。やがて、斜め下に海上を飛行する数十機の複葉機と大型爆撃機の編隊が見えた。

 「まるでアニメの世界だな」

 青い海の上を飛行する複葉機と大型の爆撃機の編隊はその鈍足さもあって美しくすら見えた。あれらがこれから戦争にいくなど想像がつかない。

 パンサーが現地語で両爆撃機小隊に何かを通信していた。幡谷には意味はわからなかったが、「予定通り先行する」とかそんな言葉だろう。帝国空軍の編隊の上を飛び越えたのはちょうどブランブルの編隊がシーワ連合の海岸線を超えたあたりだった。

 『全機、警戒用レーダーを作動させろ。索敵範囲は事前の打ち合わせ通りだ』

 バンカーの指示に従い、幡谷もMiG-21のレーダーを起動させる。非常に旧式なこのレーダーだが目視でしか敵を探せないF-86やそれ以外の旧式の航空機を装備するシーワ連合にとっては大きな脅威だ。

 ぼんやりとブラウン管に像が浮かび上がる。すぐ近くに四つの反応がある。敵味方識別装置など洒落たものは装備していなため、区別はできないが、少し先行しているブランブルの機体だ。真横にいるパンサーはレーダーの走査範囲外なので映らない。しかしレーダーに反応がないからと言って安心はできない。最新のF-35などと違い、MiG-21のレーダーは三六〇度の全周囲をカバーするものではない。細い円錐形のレーダービームが走査できる範囲しか捜索できないし、しかも真横に横切られるなどした場合は探知できず見落とすこともある。そうなると結局頼れるのは自分の目だけだった。

 幡谷にとって「敵国」の領空に侵入するのは初めてだった。ここから先はいつ撃ち落とされても文句は言えない。自分で予想したよりもずっと緊張していた幡谷は必要以上に頭を左右に振って周囲を警戒した。それを隣で見ていたパンサーが笑いながら個別回線を開いてきた。

 『フラッグ、安心しろ。今のところこっちのレーダーにも反応はない。それに、こっちの世界にはSAM(地対空ミサイル)はないんだ。気楽に飛ぼうぜ』

 現代の戦闘機にとって最大の脅威は地対空ミサイルだ。二十一世紀に入ってからの戦闘機の戦闘中の損失のほとんどは地対空ミサイルによるもので、空対空戦闘によるものはほとんど無い。こちらの世界の技術水準はあちらの第二次世界大戦前レベルなので航空機に対する地上からの攻撃は高射砲か機関銃に限られている。

 「高射砲の射程も三万フィートはあるんだろ? 俺たちが飛んでいるのは高度二万フィート、十分に射程内じゃないか」

 『レーダーもコンピュータもない目測射撃の高射砲だぜ? しかも砲弾は手動のタイマー式。帝国軍の爆撃機ならともかく、小型のジェット戦闘機にはまぐれでも当たらないさ。それに、うちのアプリコット小隊がいるから大丈夫』

 アプリコット小隊はロマンとリロイのSu-25 二機で構成された攻撃機部隊だ。攻撃(Attack)の頭文字とブランブル(山葡萄)にちなんだ果物の名前をつけてある。Su-25はソ連製の攻撃機で、アメリカのA-10攻撃機と似たような性質の機体だ。高速での空対空戦闘は苦手だが、低速で地上目標に対する攻撃に優れており、ジェット機としては破格の防御力を持っている。大火力に大装甲、まさに空飛ぶ戦車だった。ちなみに、Su-25一機で帝国空軍の三型爆撃機二機分の爆弾を搭載できる。

 『十一時の方向、競技場を確認』

 先行するティモシーから通信が入る。攻撃目標のルミール工業地帯への経路にあり、目印にもなっているシーワ連合の大型競技場が見えたのだ。ここからルミールまでは三十キロも離れていない。時間で言えば三分程度だ。

 『ようし、そろそろだ。あの競技場を超えたら作戦開始だ』

 バンカ―の声を聴きながら、幡谷はMiG-21の狭いコクピットの中でしきりに周囲を警戒した。シーワ連合は海岸に監視場を持っているので敵機接近の報告はとっくの昔に離陸していてもおかしくない。しかし、周囲に敵機は見当たらなかった。

 眼下に広がるのはシーワ連合国ののどかな田園風景。やがて前方の地平線に緩やかな起伏が見えた。今回の攻撃目標ルミール工業地帯に隣接する丘だ。事前のブリーフィングによると丘の西側と南側にそれぞれ75mm高射砲が六門ずつ配備されている。さらに丘の小高い部分には観測所があるらしい。こちらから見えると言うことは敵の望遠鏡もこちらを捉えているのだろう。今頃、高射砲の射手たちが大慌てで配置についている頃だ。さらに丘の向こうには完成した航空機を試験するための飛行場があるはずだが、未だに迎撃機は上がってきていない。

 『全機、こちらフィッグ・ワン、バンカーだ。前方に攻撃目標を確認。アプリコット小隊は高度を下げ低空から侵入し攻撃を。フィッグ隊は先行して敵の上空を通過し高射砲の狙いを逸らす。パンサーとフラッグ、お前たちシトラス隊は上空で待機、迎撃機が接近してきたらすぐに知らせろ』

 『アプリコット隊、了解。これより攻撃に移る。いくぞリロイ!』

 『アプリコット・ツー、了解』

 アプリコット・ワンのロマンとツーのリロイ、編隊の後方にいた二機のSu-25は左右の主翼の内側パイロンにつけていた増槽を切り離すと高度を下げていった。緑色の三色迷彩が施された機体はやがて田園風景に溶け込んで見えなくなる。

 『フィッグ隊、全機増槽切り離し後に降下する。敵の目をこちらに引き付けるぞ』

 バンカーの号令とともに、フィッグ隊を構成するF-16 一機とMiG-21 三機が同時にそれぞれの増槽を切り離す。身軽になった機体の推力をアフターバーナー手前まで上げ、高度を下げながらルミール工業地帯に向けて編隊を組んだまま飛行した。亜音速で飛行する四機のジェット機はあっという間に黒い点になり、同時に南側の高射砲陣地が火を噴いた。発砲と同時にフィッグ隊は二手に分かれ、それぞれ右と左に迂回しながら工業地帯を目指すように飛行した。実際にはフィッグ隊の装備は対空ミサイルだけのだが、地上の高射砲隊には工場を狙われたように感じただろう。しばらくして先ほどまで四機いた空間の少し先に六発の砲弾が炸裂した。高度も位置も正確で、もし編隊が直進していれば何機かは爆発した砲弾の破片を受けたかもしれない。

 「高射砲の狙い、対応できているぞ? 大丈夫なのか」

 『まあ、あちらも俺隊の攻撃を受けるのは初めてじゃないしな。まあ問題ないさ。正確なのは十分に狙える時間があった最初の一斉射だけだ。あとはジェット機の動きに翻弄されてまともに狙えない。まあ、見てなよ』

 パンサーの言う通りだった。二手に分かれたフィッグ隊はそれぞれが蛇行しながら西と南の高射砲陣地を挑発するように飛行した。一度丘を通り越したティモシーのF-16が僚機のバンカーと別れると大きく旋回し再び丘に向かう。F-16は高度を下げながら西側の高射砲陣地に向かって突っ込もうとする。合計十二門の高射砲がティモシーを狙おうとするが低空を素早く移動するF-16に大型の高射砲の照準が追い付かない。少し離れた南側の六門はかろうじてF-16を視界に収めたが、彼らに射撃の機会は訪れなかった。指揮官がF-16に照準を合わせ、砲弾のタイマー設定の指示を出そうとしたその時、彼らの背後から空を鉈で荒っぽく切り裂くような轟音が聞えた。指揮官が慌てて振り向くと、田園風景に溶け込むような二機の敵機が低空から侵入してきていた。

 『アプリコット隊、攻撃を開始する。事前の打ち合わせ通りだ。俺が手間の、リロイは右のをやれ。派手に行くぞ』

 『……アプリコット・ツー、了解』

 二機のSu-25が翼に吊り下げられた円錐状のロケット弾ポットを高射砲陣地に向けて放った。二機がそれぞれ二射撃、合計四目標に対し、十数発のロケット弾が赤い炎を上げながら殺到する。高射砲の指揮官はとっさに回避の指示を出す。蜘蛛の子を散らすように小さな人影が高射砲を囲む土嚢から飛び出し、一呼吸を置いてロケット弾が着弾、爆発した。

 『ターゲット〇一、〇二、〇四、破壊成功。〇三は外れだ。今度は西側のターゲット〇七に向かう』

 左に旋回した二機のSu-25は隣の高射砲陣地に向かう。攻撃に気が付いた西側の高射砲陣地が反撃を試みるが先ほどまでF-16を狙っていたため照準の移動に時間がかかった。砲手は必死にハンドルを回し砲を旋回させようとするが、その間に攻撃位置についたアプリコット隊が西側の高射砲陣地に向けてロケット弾を放った。ロケット弾は綺麗に命中し、今度は先ほどよりも幾分か大きな爆発が起こった。誘爆した弾薬が吹き飛んだらしい。ターゲット〇八とされた高射砲の砲身が回転しながら宙を舞った。

 『ターゲット〇七および〇八、ヒヤッホー! 派手に打ち上げてやったぞ! おっ、もう一つ吹き飛んだぞ? リロイか?』

 『ネガティブ。俺じゃない』

 『アプリコット隊、こちらパンサー。アプリコット・ワンの外れたロケット弾がターゲット一二付近に命中、砲弾に誘爆したらしい。ターゲット一二もラッキーヒットで撃破だ。残りは西側三機、南側三』

 JAS-39の光学カメラで攻撃機の戦果を確認していたパンサーが軽い口調で報告いた。

 『いいね。今日はツイてる。リロイもう一度南側をやるぞ』

 『待て。こちらアプリコット・ツー。下から何か出て来た。十時の方向、バラックの影だ。トラック、三台、荷台に機関銃を搭載』

 リロイが抑揚少なく新しい敵の出現を報告した。南側の高射砲陣地に援軍が現れた援軍は荷台に大口径の機関銃を搭載したトラックだ。高高度を飛行する爆撃機には何の役にも立たないが、低空を飛行するSu-25にとっては脅威となる。

 『リロイ、先にあれを片付けるか』

 『了解。高射砲への攻撃を一時中断する』

 『いや、お前達は攻撃を続けろ』

 無線に割り込んだのはティモシーだった。

 『俺がやる』

 高射砲陣地の牽制をしていたティモシー機はさらに高度を落とすとトラックの車列に向かった。荷台からオレンジ色に輝く曳光弾がF-16に向けて放たれる。ティモシーは攻撃に動じることなく機首をわずかに調整しF-16の進路がまっすぐ車列に向かうように調整し、わずかに機首をあげ機関砲を斉射した。F-16の左側に内蔵されたM61A1バルカンから20mmの機関砲弾が吐き出され、線を描くように土煙が線を舞い上がる。土煙はトラックの車列をなぎ払い、ガソリンか弾薬に命中したのか、三台いたトラックの内の一台が爆発を起こし後ろにいた車両ごと吹き飛んだ。先頭の一台は急加速して難を逃れており、走りながらという不安定な状態で通り過ぎて行ったF-16に機銃を撃っていた。しかし運転手がやられていたらしく、曲がり切れずに観測所の建物に正面から突っ込む。その衝撃で機関銃の射手が荷台から放り出されたようだった。それを見ていたロマンが口笛を吹く。

 『さすがだ、ティモシー』

 『さっさと残りを片付けてくれ。帝国軍の爆撃機が近づいている』

 機関銃を排除したティモシー機は再び高度を取り西側の高射砲陣地の牽制に向かう。アプリコット隊の二機は今度こそ南側の高射砲陣地に止めを刺すべく、ロケット弾と機関砲で残った三基の高射砲を攻撃し沈黙させた。その間にティモシーが西側に現れた機関銃トラックを二度の機関砲斉射で排除する。

 「やるな」

 ティモシーとロマンたちの戦いぶりを見て幡谷は思わず声を上げた。交戦開始から十分と経たず両高射砲陣地は反撃能力を奪われた。その手並みは鮮やかで、突発的な出来事にも冷静に対応し、躊躇なく敵の砲火に飛び込んでいく。装甲の厚いSu-25はともかくF-16は高射砲や機関銃の攻撃が命中すれば即墜落だってありえる。だが、彼らの戦いぶりに迷いはない。演習やスクランブルの経験はあるものの、本当の意味での実戦を経験したことのない幡谷には彼らの戦いぶりは眩しく、一刻も早く自分も彼らのようになりたいと気を焦らせた。

 『みんな、勝利の余韻に浸るのは早いぞ。飛行場から何かが上がってきた』

 パンサーはJAS-39の偵察ポッドの望遠カメラを飛行場の方に向け上がって来た機体を確認する。

 『データ照合……F-86セイバー、バンデット(敵機)確認。数は八、方位○六〇、距離二十二、上昇しながらこっちに向かって来る』

 パンサーの声が少し鋭くなる。

 『こちらバンカー。了解した。ここからは空中戦だ。アプリコット隊は離脱しろ』

 『アプリコット隊、了解。南に離脱する』

 『ご苦労だった。後で基地で会おう』

 ロマンとリロイのSu-25が素早く南へ離脱していった。以前の戦闘でブランブルのSu-25がF-86に格闘戦を仕掛けられ撃墜されていたためか、まだロケット弾や機関砲弾が残っているにも関わらず二人は躊躇なく戦場から離れていった。

 『よし、まずシトラス隊の先制攻撃、その後フィッグ隊で迎え撃つ』

 「ちっ!」

 幡谷は思わず舌打ちをした。これから起こるのは戦闘機同士の空中戦。幡谷が待ち焦がれた瞬間だ。だが幡谷の役割はパンサーの護衛。おそらく一発のミサイルも機関砲も発射する機会がない。

 『フラッグ、実戦を見るのもいい経験だ。今日のお前はシトラス・ツーで俺の僚機なんだ』

 幡谷の葛藤を察したのか、パンサーが個別回線でなだめてきた。

 「……わかっている。シトラス・ワンの護衛に専念する」

 『今回はF-86の戦い方を観察しておくといい。実際に戦う時の参考になる』

 パンサーに言われた通り、幡谷は眼下で始まったジェット機同士の空中戦を見ていた。

 接近して来た敵は八機。いずれも銀色に輝くF-86戦闘機だった。F-86はアメリカが一九四〇年代後半に開発した第一世代のジェット戦闘機だ。音速飛行はできず、武装もミサイルは搭載せず12.7mmの機関銃が六門だけ。空対空ミサイルを搭載した超音速機のF-16やMiG-21に正面から挑んで勝てる機体ではない。敵の数は八、ブランブル側の倍だ。数の優位を活かせばどうなるかわからない。幡谷は万が一の時はいつでも加勢できるよう、操縦桿を握りしめていた。

 『光学カメラで目標を視認。やはりシーワ連合の機体だ。そろそろ仕掛ける』

 幡谷の隣を飛ぶパンサーが攻撃態勢に入った。交戦手順は事前にある程度決められている。数で優位にある敵と交戦する場合、まずパンサーが長距離ミサイルで指揮官と思われる機体を落とし、それから戦闘機で構成されたフィッグ隊が攻撃する手はずになっていた。パンサーはJAS-39の胴体に搭載した偵察ポッドの光学カメラで接近してくる編隊を確認する。F-86はどれも工場からロールアウトされたものばかりで無垢の銀色をしていた。パンサーは八機編隊の先頭を飛ぶ機体を確認する。

 『シトラス・ワン、バンデット・リーダーを確認。撃墜する』

 パンサーは兵装からAMRAAM中距離空対空ミサイルを選択する。AMRAAM(アムラーム)はアメリカ製の空対空ミサイルで最大射程は百キロメートルを超す。本来は敵機が見えない視野外で発射するものだったが、今回は他に中距離ミサイルがないので選択肢がない。

 『シトラス・ワン、フォックス・スリー』

 JAS-39の翼下のパイロンからAMRAAMが切り離され、機体から五メートルほど離れたところでミサイルのブースターが点火、赤い炎を吐き出しながら一気に前方に向かって飛翔していった。幡谷はMiG-21のキャノピー越しにミサイルの軌跡を追った。実弾のAMRAAMが発射されるのを見るのはこれが初めてだ。ミサイルは空の向こうに消え、やがて遠くの方で小さな黒い点が地面に向けて落ちていくのが見えた。派手な爆発などない。静かに、一機の戦闘機が撃墜されていた。それが、幡谷が目にした初めての空対空戦闘での撃墜だった。

 『バンデット・リーダー、キル。あとは任せましたよ』

 『グッジョブ、パンサー。フィッグ隊各機、攻撃開始だ』

 攻撃を受けたF-86の編隊は一斉に回避行動を取りはじめ三機と四機に別れて左右に散らばったフィッグ隊の四機の戦闘機も二手に分かれ、回避行動を取る七機のF-86向かって牙をむいた。まず仕掛けたのはティモシーだった。ティモシーのF-16にはAIM-9Lサイドワインダー短距離空対空ミサイルが搭載されている。幡谷機を含め、ブランブルが保有しているMiG-21が搭載しているのはソ連製のR-3アトールのデッドコピー、しかも初期型のミサイルのため高熱を発しているジェット機のエンジン排気口、つまり後ろを取らなければ誘導できない。一方、ティモシーやパンサーの機体が搭載するAIM-9Lサイドワインダーは戦闘機の熱であれば正面からでも捉えることができ、真正面から向き合っていてもミサイルを発射することができる。

 ティモシーが目をつけたのは四機編隊の最後尾を飛ぶF-86だった。

 『フィッグ・ツー、フォックス・ツー……スプラシュ』

 淡々とした口調でティモシーがミサイルを発射し、一機のF-86を撃墜した。二機目を撃墜された敵編隊は次のミサイル攻撃を恐れて急降下を始める。降下することで速度を得て敵機から逃れようとしたのだが空対空ミサイルの目標となるエンジン排気口を敵に晒すことになってしまった。それをティモシーとバンカーが追撃、急降下で逃げようとする三機に向けてそれぞれミサイルの照準を合わせる。

 『フィッグ・ツー、ターゲットロック……フォックス・ツー、スプラッシュ』

 『フィッグ・ワン、フォックス・ツー! よし、命中したぞ』

 さらに二機のF-86が撃墜される。さらにティモシーはアフターバーナーを点火して加速すると逃げようとするもう一機のF-86に追いつき機関砲を斉射した。放たれた弾丸は哀れなF-86の胴体をズタズタに切り裂き、エンジンが小さな爆発を起こすとそのまま田園地帯に向かって突っ込んでいった。ティモシーたちに追われたF-86部隊は反撃もできないまま四機全機が撃墜された。その光景を見て、幡谷にある疑問が浮かんだ。

 「なあパンサー、敵の機体は落下傘を搭載していないのか」

 『しているだろ。普通は。ティモシーは容赦ないやつだからな。狙えるなら確実にキルを取りに行く。エンジンとパイロットの両方が照準に入ったら、迷いなくパイロットを撃つ男さ』

 「そうか」

 幡谷は空を見渡したが降下中の落下傘は一つも見当たらなかった。

 『ヤゼンたちは苦戦中だな』

 三機編隊を追ったヤゼンたちはというと、一機を撃墜したもものの残りの二機を倒しあぐねていた。MiG-21は速度では優っているが、旋回性能ではF-86の方が優っており、ヤゼン達は敵機の背後をうまくとることができずにいた。

 『ヤゼン正々堂々が好きなんだ。MiG-21は一撃離脱戦法を取るべきなのに、F-86とドッグファイトをすればああなるさ』

 あえて低速で飛び中途半端に速度で勝るヤゼンのMiG-21がうっかりF-86を追い越す。突然目の前に敵機が現れたF-86のパイロットはその後ろすがたに機関銃を叩き込もうと照準に集中した。

 『うかつだよ、兄さん! フィッグ・フォー、フォックス・ツー』

 兄ヤゼンを狙う敵機を弟のザインのMiG-21がR-3アトールで攻撃した。ソ連製のミサイルは白い煙を吐きながらF-86の円形のエンジン排気口に突入し内部で炸裂した。F-86のパイロットは機関銃の引き金に指をかけたまま、爆散したエンジンの破片で座席ごと切り刻まれ絶命する。破壊された機体はそのまま落下し、ちょうど壊滅した西側の高射砲陣地に墜落した。

 『撃墜確認。兄さん大丈夫?』

 『……問題ない』

 『パンサーより各機。残りのバンデットは空域より離脱を図っている。バンカー、AMRAAMで追撃しますか?』

 『必要ない。AMRRAMは恐ろしく高いんだ。温存しよう』

 『了解』

 『バンカーより各機、高度二万フィートまで上昇、編隊を組み帝国軍の到着までこの空域の制空権を維持するぞ』

 バンカーの指示を受け、すでに離脱したアプリコット隊以外のブランブル各機は高度を上げ、上空で警戒を始めた。

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