第15話 初陣 #1
初飛行の模擬戦でティモシーに敗れた幡谷はそれから毎日のようにMiG-21で空を飛んだ。要撃機であるMiG-21は長時間空に留まる事ができないため、一度の訓練は離着陸を含めて一時間程度しか取れなかったが、幡谷は連日のように一日に四度、五度と飛び経験を重ねた。ちょうど、北部のシーワ連合、東部のヤックルト共和国、どちらの戦線も小康状態にあり、幡谷はヤゼンやパンサー、バンカーなど他のパイロットと何度も模擬戦を行った。模擬戦を通じ幡谷の「ラプター・キラー」としての実力はブランブル飛行隊の誰もが認める所となった。
幡谷が異教の地に足を踏み入れてから二ヶ月後、ブランブルの雇い主であるエモン帝国は北のシーワ連合に対して大規模な空爆作戦を実施することになった。ブランブルも作戦に参加することになり、幡谷もついに初陣を迎えることになった。
作戦の実施は現地の暦で10月末、収穫が終わり冬の準備が始まった頃だった。作戦に先立ち、エモン帝国とブランブルで共同のブリーフィングが行わることになり、幡谷は他のブランブルの社員たちと共にイシュウ飛行場にあるブランブルの施設のブリーフィングルームにいた。テニスコートの半分くらいの大きさの部屋に、百以上のパイプ椅子が並べれている。向かって右側には対Gスーツを着たブランブルの戦闘機パイロットたち、JAS-39グリペンのパイロットのパンサー、F-16のパイロットのティモシー、MiG-21のパイロットのヤゼンとザイン兄弟、Su-25のパイロットであるロマンとリロイ、そして幡谷がパイプ椅子に座っている。その左側には白いスカーフに革製のジャケットを着た帝国空軍の搭乗員がいた。九十人近くいる帝国軍の兵士は大型モニターや天井のLEDライトを物珍しそうに眺めたり、ブランブルの備品であるコーヒーサーバーから出てくる黒い液体に目を回したりしていた。帝国の人間はアジア人ぽい顔立ちなので、その姿はどこか第二次世界大戦中の日本軍を思い起こさせた。幡谷が帝国軍の兵士を見て遠い目をしていると、隣で暇そうにしていたパンサーが声をかけてきた。
「フラッグは高射砲に撃たれたことはあるか?」
「高射砲? SAM(地対空ミサイル)を想定した訓練ならあるが、高射砲はないな。パンサーはあるのか?」
「何度もね」
わざとらしくパンサーが肩をすくめる。
「フラッグも一度経験してみるといい。辺り一面真っ黒になるんだ。キャノピー越しに砲弾が爆発する振動が伝わってきて、結構ビビる」
「ジェット戦闘機に当たるものなのか?」
「いや、まず当たらないさ。でもついつい爆弾を投下するタイミングを急いじまうな。フラッグも高射砲に撃たれても冷静にな」
「そんなものか」
幡谷たちがそんな世間話をしていると、部屋の外から複数の足音が聞こえてきた。
「やっと来た。お偉いさんの会議はいつも長いんだよな」
パンサーがブリーフィングルームの扉に目を向ける。間髪入れず扉が開き、スーツ姿の小瀬を先頭に人民解放軍空軍の軍服のレプリカを着たバンカー、帝国空軍の将軍、そしてまだ二十代くらいの帝国空軍の女性士官が入って来た。部屋にいたブランブルの社員と帝国空軍の搭乗員が一斉に立ち上がり、それぞれの上司に向けて敬礼する。
「楽にしてくれ」
先頭の小瀬が言うと、後ろ歩いていた女性士官が現地の言葉で通訳をする。ブリーフィングルームにいた搭乗員は敬礼を解き、それぞれの席に着く。小瀬は部屋の正面の大型モニターの前に、バンカーと帝国軍の将軍はモニター横に設置された椅子に座り、通訳の女性士官はマイクを持って小瀬の隣に立った。
まず、スーツ姿の小瀬がブリーフィングルーム正面の大型モニターの前に立ち簡単な挨拶を始めた。それを帝国軍の女性通訳がマイクを使って逐次通訳する。次に帝国軍の将軍が唾を飛ばしながら現地の言葉で強い口調で挨拶をし、それを女性通訳がややたどたどしい英語で通訳する。要約すると敵に大打撃を与え休戦に持ち込む、ということらしい。それからマイクが小瀬に戻り、正面のモニターを使って作戦の説明を始めた。作戦の詳細なブリーフィングは事前にブランブルと帝国軍で個別に済ませてある。小瀬の説明は概略の確認が主な内容だった。
「今回の作戦目標はシーワ連合国のルミール工業地帯に対する爆撃だ。この工場ではF-86ジェット戦闘機の生産が確認されている」
小瀬がレーザーポインターのスイッチを押すと、モニターに地図が表示され、さらに攻撃目標の工場の空撮写真が地図い重ねて表示された。
「あの写真は俺が撮ったんだぜ」
幡谷の隣に座るパンサーが得意気に言った。パンサーの乗るJAS-39には偵察ポッドを取り付けられ、上空から地上のデジタル写真を撮ることができる。
小瀬が説明を進めると、工場の内部らしい写真がモニターに映し出された。そこには組み立て中のF-86戦闘機やそのエンジンがいくつも並んでいた。
「あれはCGじゃないよな?」
「ブランブルの地上部隊が撮影したんだ。ウチの会社にどこかの国で諜報部にいたやつがいて、そいつがシーワに潜入して写真を撮っただ」
「そんな奴もいるのか」
正面モニターの写真が切り替わり、今度は大型の航空機が映し出される。
「工場への爆撃は帝国空軍の第十飛行隊が実施する」
その小瀬の言葉が通訳されると、帝国軍兵士の一部から歓声が上がった。第十飛行隊の搭乗員なのだろう。言葉はわからなかったが、「やってやる」とか「俺たちに任せろ」と威勢の良いことを言っているのだろう。自分の役割を振り返ると幡谷は少しだけ彼らが羨ましかた。
「爆撃は二五〇キロ爆弾を八発搭載した第十飛行隊の三型爆撃機八機によって行う」
正面のモニターに帝国空軍の三型爆撃機のシルエットが表示される。旧ソ連のTB-3爆撃機にどこか似たその機体は全長二十五メートル、全幅四十メートルとかなりの大型機だ。一機当たりの乗員は八名なので参加する八機合計で六十四名、つまりいまブリーフィングルームにいるクルーの半数以上はこの三型爆撃機の乗員ということになる。三型爆撃機は合計二千キロの爆弾を搭載できる。八機の合計で十六トン、F-2戦闘機二機分の搭載量だ。現代の戦闘機と比べると少なく感じるが、第二次世界大戦前の技術水準からすれば相当能力だ。
「爆撃隊は四機一組、それぞれを第一爆撃小隊、第二爆撃小隊とする。爆撃機の護衛は帝国空軍の第三戦闘飛行隊および第四戦闘飛行隊が行う」
爆撃機のシルエットの横に小さな複葉機の戦闘機の画像が映し出される。帝国空軍の六型戦闘機だ。旧日本陸軍の九十五式戦闘機に似ていなくもなく。武装は七ミリ機関銃が二門。航続距離も千キロほどあるらしい。
「さらに遊撃隊として第五戦闘飛行隊が両爆撃小隊を護衛する」
帝国軍からは三戦闘飛行隊が作戦に参加する。各飛行隊は八機ずつ、合計二十四機の戦闘機が爆撃機を護衛する。
「今回の作戦では、まずゲッドバ飛行場の部隊が陽動のためシーワ連合との国境沿いに対して攻撃を行う」
モニターが地図だけになり、エモン帝国の北側にある空港から戦闘機のシルエットが北側に向かって移動する。それに対応するよう、シーワ連合の国境近くにある飛行場から迎撃機が上がる。帝国軍は東側に逃げ、連合軍はそれを追う。その後にイシュウ飛行場から飛び立った爆撃機が誰に邪魔されることなく工場に向かうというシナリオだ。
「想定される敵の抵抗は次の通り。ルミール工業地帯に近いワッフ飛行場からF-86の部隊が上がって来る。この飛行場にいる部隊は工場でロールアウトした機体の最終チェックを行なっている連中だ。こちらに関しては我らブランブルで対応する。さらに工場周辺には連合国の高射砲陣地がある。まずこれを我々ブランブルの攻撃機が、」
モニターの画像が切り替わり、ルミール工業地帯の拡大図が示された。地図にはF-86の工場とそれを囲むように配置された高射砲の配置が記されている。これを攻撃するのはブランブルのSu-25攻撃機、幡谷は事前にそう聞いていた。
「待ッテクダサイ!」
小瀬の説明を遮るように、ひとりの帝国空軍のパイロットが立ち上がった。たどたどしいがしっかりとした英語を発したのはまだ二十代前半かもしかしたら十代後半の青年だった。他の搭乗員と同じ様に白いスカーフをしているが、よく見ると鮮やかな空色の刺繍が入っている。
「ブランブル、必要アリマセン。我々デ十分デス! コレハ帝国ノ威信ヲカケタ戦イデス」
青年は英語で叫んだ後帝国の言葉で同じような内容をパイロット達に向かって話した。それを聞いた八十人以上の帝国軍の搭乗員が勇ましい声をあげる。青年に同調しているらしい。
「我々ノ士気は十分ニ高イ。しーわノ弱兵ハ相手デハアリマセン。じぇっと機も高射砲モ我々ガ叩キマス」
青年が小瀬に向かって胸を張ると空色の刺繍が入ったスカーフが揺れた。小瀬が表情を変えないままバンカーの隣に座っていた帝国軍の将軍に目を向けると、将軍がその場に立ち上がり現地の言葉で青年に何かを言った。幡谷には理解できなかったがおそらくは青年の暴走をとどめているのだろう。それに対して青年が反論する。
それを聞いていたパンサーが苦笑いをしながら隣の幡谷に耳打ちする。
「あの将軍、帝国軍の人員と機体を守るために傭兵を盾に使うと言ったんだ。そしたら、あの若い坊ちゃんが名誉ある先陣は自分たちが切りたいんだと言っている」
「あっちの言葉が理解できるのか?」
「少しな。どこかアジアっぽい響きがするだろ。多分根っこは中国語とかに近いんじゃないか。彼は過去にF-86を落としたことがあるらしい。だから戦闘機の迎撃も自分たちでやると主張している」
「あの複葉機でF-86を?」
「まあ、七ミリとはいえ機関銃がいいところに命中すればセイバーだってラプターだって落ちるだろうさ。だがあいつらでは爆撃機は守れないよ。あれは。恐ろしいまでに鈍足だ。うちのチヌークにも負ける。時速二百キロも出ない。高射砲のいい的だよ」
「それでSu-25の攻撃機隊がまず敵陣に突っ込むわけだ」
「リロイ達が対空砲を潰し、上がってきたF-86を俺たちが潰す。空がクリアになったらようやく帝国空軍のお出ましさ」
パンサーは鼻歌で某SF映画に出てくる帝国軍の行進曲を口ずさんだ。
「そこまで手厚く準備しないとあの鈍足機で爆撃なんて無理だ。まあ、帝国軍の戦闘機乗りが仕事を全部取られて面白くないってのは理解できるけどな」
「ああ、そうだな」
幡谷はパンサーに相槌を打った。帝国軍の将軍も青年の説得を終えたようで、青年は渋々腰を下ろした。それを確認した小瀬がもう一度説明を再開する。基本的には先ほどパンサーが言っていた通り、帝国軍に先立ってブランブルのSu-25、ロマンとリロイの攻撃機隊が空対地ロケット弾で高射砲を破壊、迎撃に上がってきたF-86をバンカーとティモシー、ヤゼンとザインのペアが迎撃する。パンサーのJAS-39は上空で戦場の監視と必要に応じて攻撃目標の指示や撤退を支持する前線航空管制の役割を担う。そして幡谷の役割はというと上空で戦場を監視するパンサーの護衛と緊急時の戦闘機隊のバックアップだった。
幡谷にとって今回の作戦は戦闘機乗りとして初めての実戦の機会で自分の実力を証明する絶好の機会だった。しかし割り当てられた役割はパンサーの護衛。おそらく戦闘に参加する機会はない。
「不満そうだな?」
パンサーが幡谷の心を見透かして笑った。
「俺は帝国軍のパイロットの気持ちがよくわかる。戦いに来たのに戦えない」
「俺も同じさ。空中戦をやりたくて戦闘機を手土産に異世界まできたのに、やることといえば空の上で仲間が戦っているのを見ているだけだ。でも、俺は聞き分けがいいから。戦場で管制機の存在が重要なことは理解している」
「俺だってわかっているさ」
「まあ、今回は戦場の空気に慣れることだけ考えればいいさ。俺のこっちので初陣は悲惨だった。奇襲を受けてウチのSu-25が二機、F-86に落とされたんだ。乗ってた連中の顔を覚える暇もなかったよ。それに帝国軍のパイロットも大勢やられた」
パンサーはブリーフィングルームにいる大勢の帝国軍のクルーとブランブルのパイロットたちを見渡し一瞬だけ険しい表情で目を細めた。それからすぐいつもの人懐っこい笑顔に戻る。
「ま、俺の護衛は任せるよ。いざとなったら帝国軍を置いて超音速で逃げればF-86は追いつけない。気楽なもんさ」
「そうなだ……」
幡谷はパンサーが言った状況を想定してみた。圧倒的に不利な状況に陥り、護衛対象である帝国軍を見捨てて超音速飛行で戦場から離脱する。それならばブランブル部隊は助かるだろう。自分に友軍を見捨てられるのか、幡谷は同じ部屋にいる数十人の帝国軍の搭乗員たちを見て、そう自問した。
ブリーフィングが終わると、帝国軍のパイロットたちは直ちに飛行場に向かい、それぞれの機体に乗り込んでいった。今回の主力である三型爆撃機及びそれを護衛する六型戦闘機が一斉に動き出し轟轟たるエンジン音と濃厚な航空燃料の燃焼臭が飛行場に満ちた。幡谷は最終点検を受けている愛機のMiG-21の近くでハンガーの壁にもたれながら帝国軍の動きを見ていた。ブランブルの航空機は速度に差がありすぎるため、幡谷たちの出撃はもう少し後だ。
帝国軍のパイロット達の一部が一ヶ所に集まり円陣を組んでいた。エンジンの音で叫びは聞こえなかったが出撃前に意気を上げているのだろう。輪の中心にいるのはブリーフィングで目立っていた空色スカーフの青年だ。
「あれは帝国貴族の一人だ。伯爵家の次男で現在の皇帝とも血縁関係があるそうだ。従兄弟か、又従兄弟か」
「小瀬社長?」
「ようフラッグ、調子はどうだ?」
ふいにスーツを着た小瀬が幡谷の肩を叩いた。幡谷はもたれていた背中を壁離し、素早く次の行動に移れる様腰を落とした。
「そう警戒するな。世間話をしに来ただけだ。調子はどうだ?」
「最高のコンディションですよ。いつでも戦えます」
「ふん、護衛任務は不満か?」
「正直に言わせてもらえるならその通りです」
「君は今回が初陣だ。まず戦場の空気に慣れることだ。君は友人の部下だからな、無駄に死んでほしくない」
「お言葉ですが、空中戦でならだれにも負けません」
「聞いた話ではティモシーからはまだ一本も取れていないのだろ?」
「……模擬戦の話です。それにティモシー以外には勝ち越しています」
「訓練の結果報告はバンカーから受け取っている。いい買い物だったと喜んでいたよ」
「光栄です。……帝国軍、飛び始めましたね」
一機の三型爆撃機がイシュウ飛行場の滑走路を駆けていた。巨大な機体に比べ、その滑走速度はあまりにも遅い。本当に離陸できるのかと思っていると、三型爆撃機はよたよたしながらも機首を上に向け、固定式の車輪が滑走路から宙に浮いた。その機に続くように、三型爆撃機が次々と離陸していく。
「全幅四十メートルの爆撃機の連続離陸、圧巻だろ?」
「迫力だけはありますね」
「この作戦の成否は彼らにかかっている。それを守るのが君たちの仕事だ」
「なら自分にも戦闘の機会をください」
「もしティモシーたちが危機に陥ったなら、な」
ヤゼンとザイン、バンカーのMiG-21はともかく、ティモシーのF-16はF-86に対して圧倒的に有利だ。しかもティモシーは幡谷でも歯が立たないくらいの凄腕。彼がいる限り、悔しいが作戦の失敗は無いように思えた。
「君はまだエモンの市街地には行ったことがなかったな? 作戦が成功すれば宮殿で祝賀パーティが行われる。実は君の分の礼装も作らせてある。わが社の君に対する投資を無駄にさせないでくれよ」
小瀬は幡谷の肩を軽く叩くそのまま指揮所のある建物へ歩いていった。幡谷はなんとなく面白くなく小瀬の手が触れた場所を軽く払うと、整備員たちが点検中の戦闘機の方へ向かい、彼らに交じって機体の最終点検を始めた。
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