一日目 小さなお客様 ②
スゥーッと空中を流れるように行く。いつのまにか運転士は元の姿に戻っていた。
しばらく木々の合間を縫って行くと突然開けた道へ出会い、そのまま向かうと門に阻まれた愛馬と馬車がそこに居た。
「ステラ、エルレイン。ここまでお客様を運んでいただきありがとうございます」
ふわりと地面に降り立つと灰色の光が紫煙のように揺れ、空中に飛び去った。
運転士が愛馬を撫でると満足そうに鳴いた。
そういえばお客様は大丈夫でしょうか…?
ハッとして運転士が馬車の中を見ると目を丸くした客とバチリと目があった。
「すみません。独りにしてしまって」
「い、いえ…それは良いんですけど…」
えっと、そのと言う客を不思議に思ったのか運転士が言う。
「な、何かいけない事でもしましたでしょうか…あ、そうですよね、お一人にしてしまっては運転士失格ですよね…」
項垂れる運転士の横で客がブンブンと横に首を振る。
「ち、ち、違うです!そ、その…不思議な魔法を使うなぁ…と思いまして…ですね…えっと…」
なんと言ったら分からないというような感じで必死に客は言葉を探す。
ああ、成る程。この詠唱は中々…と言うか私以外に使う人は居ませんからね。
「シトリンさんも魔法はお使いになれるんですか?」
「…少しは…ですが私には使えなくって…」
しゅんとした表情で客が俯く。しまった。と言うような顔を運転士がする。
やってしまいましたか…と言うかまず入りましょう。
「すみません、踏み込みすぎました。とにかく入りましょうか」
「え、あ、はい」
運転士は愛馬の手綱を引き顔パスで国に入って行く。
入ってすぐ見えたのは一際大きな桜だった。中央に聳え立つその大きな桜は一年中花を咲かせていると言う珍しい桜だ。
その桜までに大きな道がしっかりと整備されていて、両サイドには観光客をもてなす店が所狭しと並んでいるそこは一見すると時代劇に出ているようなそんな古き良き店先が多く、その何処にも和服を着た人が主に営んでいるようだった。
普通は和服を着た人が多いのだろうが洋服を着た人観光客の方が圧倒的に多く、この国の住人と言う人大通りで見つける事が困難だ。それでも馬車を通らせる道を開けてくれるところまだマナーが良いと言えるだろう。
…いつのまにかここも観光客が溢れ返るようになりましたね…いえ、悪い訳では無いのですが…
運転士がほんのり暗い顔をしたかと思うとある店先で大きな暴言が聞こえてきた。
「ふざけんなよ!?おらぁ、客だぞ!?追い出すたぁ、いい度胸じゃねぇか!!」
「一生懸命に働く彼女に手を出したのはてめぇだろうが!追い出して当然だッ!」
恰幅のよい洋風のいかにも、な小太りの男と店先で喧嘩をしているのは和装で黙っていたら見目麗しい青年だ。周りにはちょっとした人集りができ始めていた。
全く…あの子はまた…
「ど、どうしたんですか?け、喧嘩…?」
「ここにいらしてくださいね」
「ちょ、ちょっと、アルさん!?」
客を残して運転士は馬車から降り、スタスタとその喧嘩をしている二人に近付き、人集りから声を上げた。
「お辞めなさい!皆様が見てらっしゃる中でみっともない!貴方はそれでもカイガ国の大商人、ツァークなのですか!?言いですか、
「なっ…」
「はぁ!?なんでアルフォードがここにいるんだよ!」
「なあ、おい、あの男ってかの有名な大商人なのか…?」
「俺の会社そいつと取引してんだけど店の女になんかしたのか?…無いな。取引辞めっか」
「うっわ…大商人だからってあんなことすんの?サイテー…」
「な、なな、お、覚えとけよ!」
大商人は人々をかき分けて尻尾を巻いて逃げていった。
「あ、こら!おい、待てよ!代金!!ったく…ふざけやがって…」
そう言う青年の頭に運転士の拳が降り注ぐ。
「いってぇ!アルフォードお前なぁ…!」
「言葉遣い、いい加減治したらどうです」
「頭に血ぃ上るとこうなんだよ仕方ないじゃ無いか」
「仕方ない、では無いです。全く。貴方は導き手の自覚が足りない」
「アルフォードが硬すぎんだよ!」
「あ、の。導き手…?」
「ああ。俺もこいつも世界の導き手だ」
導き手。幼く、孤児院育ちの客でも存在を知っているその人らは“国”を導く事を神からの神託として受け取っているこの世界には居なければいけない存在だ。
国を導くと言うが国王と言うわけでも無い。
普段は目立たず一般庶民として生活する事が多く国に一人、導き手がいる。
国王が暴走した時、市民が反乱を起こした時、大災害に見舞われた時。そんな時に導き手は動く。
国王がせんとしている事が本当に合っているのか、市民の反乱の理由とタイミングは今で良いのか、大災害の手助けをするべきなのか、世界の均衡を見ながら裏から手を回す。これが仕事。
無数の国と同等に存在する導き手の一人である黒髪で紺を基調とした和服を身に纏う美しい美青年は明るい笑みを浮かべ客に挨拶をする。
「改めて、良く来たなァ。俺は
そう言って握手をしようと手を伸ばすと客はおずおずと手を差し出した。
「シトリンさんを先に宿に泊めてしまいたいんですがまだあなたが手掛けている宿は空室がありますでしょうか」
「ああ。あるにはあるんだが…一晩しか泊められない」
運転士の質問に対してどこか歯切れの悪い返答を返す美少年。顔には困ったという表情が浮かんでいた。
「何か難しいことでも?」
運転士が優しい声音で問えば頭をぐしゃぐしゃと掻き、力なく腕がすとんと落ちた。
「話は後だ。とりあえず手配はしておくからしばらく散策すると良いさ。お嬢ちゃんも初めてだろ?面白いものがたくさんあるぞ」
高い位置で繰り返されている会話に置いてけぼりになっていた客にそう言えば小さな客の頬がふにゃりとほころんだ。
「では、お願いしますね。シトリンさん行きましょうか」
迷子になったらいけないと手を差し出せば戸惑いながらも小さな手が重なった。
プリンセスを連れて歩く紳士のように運転士は客のペースに合わせてゆっくりと歩みを始めた。
私の仕事は貴方を運ぶこと えびみかん @AB390
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