一日目 小さなお客様 ①

 無事に運転士が外に出ることができて数時間。客とも直ぐに打ち明けたようであった。

「あの…まだお名前を伺って居ないのですが…」

「ああ、そうでしたね。お運びするのなら自己紹介しなければ…私の名前はアルフォード・イヴァン・ダムアと申します」

「…随分長いですね…」

 客は苦い顔をしながらそういった。

「よく言われます。軽く、アルとお呼びいただいて結構ですよ」

「では、アルさんと呼ばせていただきますね。えっと…私の番ですよね?私はシトリンと言います」

「ファーストネームだけなのですか?」

 不思議ですね。プラチナブランドの髪と青色の瞳を持っているという事は相当位の高い一族だと…いえ、そうでなくてもファーストネームと言うだけなのはあり得るのでしょうか。

「どうも私は孤児だったようで…」

「それは…失礼しました。知らないとはいえ…」

「い、いえ、別にそんな!アルさんが謝ることでは…」

「そうですか…?」

「はい、今の時期少なくないので…」

 このまま謙遜し続けると平行線になるばかりですし、本人がいいと言うなら良いでしょう。

「そうですね…それもこれも“アレ”の所為ですよね」

 そう言うと運転士はちらりと草原の中央の方に視線を向ける。

 そこに居たのは大きな鳥だった。いわゆる魔物というやつでここまで以上に出現しているのは今の時期が初めてである。

 魔物は普段は自分の住処から動かず、人や亜人との生活空間も分かれているため魔物の生存数が多くなった時だけ冒険者達が派遣され討伐へと動き出し対処をするというだけループで成り立っていた。

 しかし今、魔物の生存数が急激に増加し、生活空間に入りきれなくなった魔物たちが近くの村を襲うと言う事件が度重なり起こっている。それに重なるように魔物自体の力も強く、初心者の冒険者なら簡単に手練れでも油断すると倒されてしまうようになってしまった。そのため、冒険者ギルドはかつてなく冒険者を求めているがまともに経験を積んでいない者を致しかたなく魔物討伐に投入しているせいでただ屍を積んでいるだけとなっている。

「はい…私の孤児院も孤児数が受け入れられる数を大幅に超えてしまったので最年長だった私が出なければいけなかったんです…」

「そうなのですね。だから彷徨っていたのですね?」

「はい…行く当てもなく、色無しと言うだけで忌み嫌われるので…」

 色無しですか。それも一種の個性だというのになぜそこまでして差別する必要があるのでしょうか。それにしても他人とは不思議ですね。

 言葉の響きも好みではありません。卑下しているということがわからないのですかね。

「忌み嫌われているのはあの国だけかもしれないでしょう?」

「…私の両親もきっと色無しだから捨てたんですよ。私が捨てられたのは5つの時でしたから」

 ひどい両親もいたもんだ、とは言いません。今のご時世お金が稼げず近くの孤児院に預けたほうが良いというのはある意味いい判断と言えるでしょう。ですが今そのようなことを伝えたところで捨てられたという結果は変わりません。結局は過程よりも結果なのです。

「そうですか。では話を変えましょう」

「え!?随分いきなりですね!?」

「暗い話をしていると不幸が寄ってくるとよく言うでしょう?そういう時は楽しい話をすることが一番の対処法です!」

 運転士は客に向かって太陽のように明るい笑顔を見せると愛馬に言葉をつぶやいた。

「ステラ、エルレイン、任せましたよ」

 運転士の愛馬はその言葉を理解したように鳴くと手綱を放しても同じペースで歩いている。

 それを確認した運転士は満足げな笑顔を浮かべそのまま客が座っている荷台へと居場所変える。

「手綱なくてもこんなに安定して歩けるんですね…」

「ええ。私の馬ですから!」

 ふふん。そんな擬音がなるように運転士は胸を張ると客の向かい側に腰を下ろす。

「そういえばおいくつなんですか?」

「えっと、今年で15になります」

 やはりまだ15には達していませんでしたか。ということは預けられて10年。消えない傷となっているのは確かですね。それでもその傷を癒すことができるのは本人と捨てた親次第ですかね。

「アルさんはおいくつなんですか?」

「いくつに見えますか?」

 運転士は顔に微笑みを浮かべてそう客に問う。

「うーん…30歳…?ですかね?」

「ではそういうことにしましょう」

「えぇ?」

 そうですか。今私はお客様から30くらいに見えているのですね。結構若く見られていてとてもうれしいです。

「ということはお客様と私は一回り以上年が離れているということですね。なんだか不思議な気分です」

「そうなんですか?てっきり私みたいな人を運ぶことが多いと思ったんですが…」

「日々いろいろな方をお運びしていますので。全体的な割合としては20~30歳の方が一番多いですかね」

「そうなんですね…」

 えぇと…ここまで歳が離れているお客様をお運びするのは久しぶり過ぎて話の話題というものがないですね…

「アルさんは…この仕事を初めて何年くらいなんですか?」

「そうですね…」

 今は30歳という設定ですからね。どれくらいが一番辻褄が合うのでしょうか。

「10年だった気がします」

「気がするって何ですか。自分の仕事なんでしょう?」

 ふふっと笑みをこぼす客。それに対して運転士は微笑みを見せる。

 まあ、そうなんですけどね。少々覚えが悪くなったきもしますね。

「…年ですかね」

「え!?アルさん、まだ30でしょう?」

「冗談ですよ、冗談」

 ふふっと運転士は笑いかける。

「それにしても、森の方に入りましたね」

「そうですね…この道大丈夫ですか?」

「ステラとエルレインが進んでいるので大丈夫でしょう」

 それでも運転士は心配になったのか運転席に戻る。

 この道は、どこかで見覚えがある気がします。どこかの国に繋がっていることは明確でしょう。そうであればそこまで心配する必要はなさそうですね。

『マスター』

「どうしました?」

『誰か来るよ』

 運転士の愛馬がそう運転士に伝えると木々が揺れる音がする。

 何者でしょう…いえ、どんな生物でしょう。なるほど。見覚えがある気がするのは昔に来た時よりも獣道が増え、脇道が多くなったようにうかがえるからですね。やはりここも魔物の住処になってしまいましたか。ここまで人気が無いので致し方ないことは致し方ないですが。

「あの…どなたと話しているのですが…?」

 不思議に思った客が身を運転席に乗り出して疑問をぶつける。

「気にすることはありません。それよりももう少し奥で待っていてください」

 そう運転士が微笑むと客は納得いかない表情で指示に従った。

 ここで身を乗り出すのはとても危険です。

 すると運転士は静かな声で言葉を紡いだ。

「親愛なる森の精霊に求む。我の大切なものを守り給え」

 そう言うと緑色の光が馬車と愛馬、運転士を包み込んだと思うと耳のとがった薄い黄緑色の長い髪を持ち、半透明な羽を持ったすらりとした身長の高い女性が現れ、それらを守るようにして抱きしめた。

 鼻腔にはほんのり木々の香りが香った。

 この森の大精霊さんが力を貸してくれましたか。ありがたいです。

「ステラ、エルレインスピードを上げてください」

 そう言うと愛馬は一層スピードを上げ何とかここを脱出したいという運転士の意志が分かったのか道なき道だが森を抜ける最短距離へとルートを変えて走る。

「この道大丈夫なんですか!?」

「ええ。おそらく」

 客がガタガタと揺れる道に不信がったのかそう声をかけてくるがお世辞にも安心できるとは思えない返答を運転士は返す。

 ステラとエルレインが走れているので問題は皆無だと思っていいでしょう。

 しかしこの道は普段から魔物の住処で会った場所。襲われなければよいのですが…

 その運転士の心配もつかの間、大きな地響きが森中に響き渡った。

 出てきてしまいましたか。

 ふっと目の前をよぎった生物。それはここ一体に昔から住んでいる魔物だった。全長は3m。クマのような見た目をしているがその爪は不釣り合いなほど伸びており、ナイフと同じほどの切れ味を持っているのではないかというのが伺える。瞳は紅く光っており、その魔物が正常状態ではないことを物語っていた。

「ぐぁあぁあああああ!!!」

「全く。ちょっかいをかけてくるとは…しかも少々騒がしいですね」

 運転士はそれを一瞥するが魔物は引く気配がない。

 仕方ありません。そう言えばお客様は大丈夫でしょうか。

 ちらりと客の方を見ると客は小さな体をもっと小さくして震えていた。

 この状況…やはり先に目の前の魔物を倒すのが先決ですね…

 すぅと静かに息を吸い込む音が微かに空気を揺さぶった。

「清らかなる水の精霊に求む。かの者を葬る水の刃となり給え」

 森が騒めいた。騒めきとともに小さな掌よりも一回り小さな精霊たちが集まる。くるりとその精霊たちが宙返りをすると大きな雫になってそれが集合し、大きな一つの氷の様な刃となった。ただ、氷と違う点は一つだけ。それは刃が揺らめくと言うことだ。

 揺らめく刃は安定性がないため長時間留めるのは難しいが一瞬というのなら莫大な力を発揮する。

 クスクスと笑う声が聴こえると同時にその刃は勢い良く魔物の首に吸い込まれる。

 これをされたら一溜りも無いでしょう。

 そう思ったのも束の間、確実に捉えたと思われた刃は不発だった。いや、当たったが効果が無かったと言うのが正しい。精霊の力はこの世界の生き物であれば少ないがダメージが入る。

 これは…まさか…いいえ。その様なこともあるかもしれません。

 ある一つの仮説があります。それはこの魔物がこの世界線のものでは無いという仮説。そうなればこの世界の導きは一ミリも効くことはありません。

「ステラ、エルレイン。このままお客様を乗せてこの森を抜けてください。そのままその先の国へ向かって顔見知りの宿の前で待っていてください」

『承知した』

『分かったぁ〜』

 そう運転士が愛馬に伝えると運転士は満足そうに微笑みふわりと宙に浮く。

「え…?えっ!?アルさん!?ちょっと!?」

「シトリンさん、落ち着いてください。乗っているだけで結構です。そのかわり私の馬が止まるまで顔を出さないでくださいね」

「え!?あ、はい」

 客は運転士の指示に従い顔を出すことなく馬車に乗っていった。それを確認した運転士は目を閉じ静かに息を吐いた。

 その瞬間のことだった。背中の中心辺りで縛られた尾骶骨まで伸びた淡い水色の長いストレートの髪が解け、静かに重力に逆らって毛先から天へとふんわりと浮かび上がる。ゆっくりと運転士は目を開く。開いた目の色は先程までの淡い紫色の瞳とは異なり、その女性の様な美しすぎる造形をもつ顔とは不釣り合いなほどに赤く爛々と輝いていた。

 目の前の魔物と視線ががっちりと合うまで浮上した時、運転士は薄く、美しい唇から言葉を放つ。

「流れの導き手ロゼに求む。かの者を正しい世界へと流し給え」

 刹那。魔物は姿を消した。

 …どうやらロゼさんが正しい世界線へと戻した様ですね。やはり…強大な力を使うには目を合わせた方が効果がはっきり出るのですね。

 ほぅと一息つくと重力に従いながらゆっくりと地に足をつけ、髪も元にあった様に縛られた状態になる。

 後に残ったのは優しげな表情を浮かべ、水色の光を身に纏った色素の薄い着物を着た女性だった。

「ロゼさん。久々にお会い致しましたね」

「そう硬くならなくてもよい」

 神は運転士に向かってそう告げる。運転士はその神に対して珍しく真剣な視線を送っている。

「ひとつ聞きたいことがあります」

「なんじゃ」

「こうした魔物は増えているのでしょうか」

「残念ながらな。どうやらユグドラシルが危ないらしいのう」

 危ないらしい?らしいなんてロゼさんは絶対に使うことがないではないですか。

「過去何度もあったときはこうなる前に食止めていたはずです。他の者はどうしたのですか」

 神は嫌な事を聞かれたと言わんばかりの顔を運転士に見せる。雨雲が少しずつ集まっているのが伺える。

「連絡が取れんのじゃ」

「なんですって…」

 連絡が取れない?そんなばかな事があるわけがありません。ユグドラシルを中心にして回っているのですから情報は随時流れるはずでそれを守る導き手たちも情報を共有するという事が決められていたはずです。取れないと言う事は余程の事がある、と言う事ですね。

「魔物の急速な生殖によるものでしょうか」

「いや…魔物の召喚によるものじゃ」

 そう神が告げると水色の光が白くなってゆく。

「どうやらまた呼ばれた様じゃ。すまんのう」

「いえ…こちらこそ問い詰めてしまってすみません」

「よいよい。ではまた会える事を楽しみにしておる」

 神がそこに残していったのは雨だけだった。

 少々厄介、ということだけは確かですね

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