君が泣くまで告白するのをやめない
彼女にお守りを渡してから、3日が過ぎていた。今日は手術の結果が分かる日だ。
あの日から、寝る間も惜しんで、手術の成功をひたすらに祈り続けていた。彼女の前では格好良く、気丈に振る舞っていたが、俺だって心配だった。
もし手術が上手くいかなかったら、などと考えてはいけないと思いつつも、常にその考えが頭から離れなかった。だが、同時に、なんとなくだが、彼女なら大丈夫だろうという、根拠のない自信もあった。
だからこそ、こんなものまで用意してしまったのだから。
そうこう考えている内に、いつもの病院に着いていた。そしていつものように受付にいく。受付にいる看護師たちとは既に顔馴染みになっていた。
だから、すぐに俺に気付き、
「ああ、君か。だったらもうここで受付する必要は無いよ」
と言われた。
言われたことの意味が分からなかった。
受付する必要が無い? 彼女はもうここにはいないということか? 手術は失敗に終わったということか?
嫌な想像が頭をもたげる。慌てて彼女が居る筈の病室へと向かう。
2階に上がって右へ、その突き当たりの病室。その部屋にあったのは、空になったベッドだけだった。彼女は居なくなってしまった。突き付けられた事実に、脚の力が抜けて膝をついてしまう。目に涙が浮かび始める。
もう二度と、彼女に会うことはできないのか。今までの行為は全くの無駄だったのか。今までの告白も。贈り物も。お守りも。祈りも。全て意味を成さなかったというのか。あんまりな結末に、こぼれ落ちる涙を止めることができないでいた。
「こんな所で何やってるんですか、先輩」
聞き慣れた彼女の声がした。
悲しみの余り、幻聴が聞こえ始めたのだろうか。
「こんな所で座り込んでると病院の人に迷惑ですよ。ほら、立ってください」
幻聴にしては、余りにはっきりし過ぎている気がして、思わず振り向く。するとそこには、御崎歌織がいた。
「そうか、君は俺の守護霊になってくれたのか」
「勝手に人を殺さないで下さい。私はちゃんと生きてます」
彼女が冷やかな目線を向けてきた。
「だが、看護師は『もう受付しなくて良い』と」
「もう退院したんですから受付をしなくて良いのは当然でしょう? まあ、退院したのはついさっきなんですけど」
つまり、俺は早とちりをしていた訳だ。自分のバカさ加減に思わず笑いが込み上げる。だが、そんな事より、何よりも、
「良かったああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
彼女の手術が成功したことに対する喜びが爆発して、思わず抱きついた。間違えようの無い彼女自身の感触に、更に気持ちが昂ぶっていく。
「ちょ、急にどうしたんですか先輩!? 抱きつかないでください! というか一旦離れてください!!」
「ああそうだった、順番が逆だったな! まずは告白、次にOKをもらってハグだったな!」
「こっちが告白を受ける前提で話を進めるのやめてもらえますか?!」
「受けてくれないのか?」
彼女は押し黙ってしまった。いかん、こんな雰囲気で告白するつもりなんて無いのに、気持ちが昂ぶり過ぎて少々ふざけてしまった。
数回深く呼吸して、気持ちを落ち着かせる。そんな俺の様子を見て、彼女もまた、佇まいを直した。
「御崎歌織」
「……はい」
「君が好きだ。結婚してくれ」
「はい……はい?」
「返事は一回で良いんだぞ?」
「いや、あの。ちょっと待ってください」
「いくらでも待とう」
「……今、結婚って言いましたか?」
「ああ」
「付き合ってくれ、の間違いじゃないですか?」
「いや、結婚してくれ、で間違いない。その証拠に、ほら」
「これ、もしかして指輪ですか?」
「あまり高いものでは無いが、一番良いと思ったものを用意して来た」
彼女は頭を抱えた。入院中に何度も見た彼女の仕草が、今はたまらなく愛おしかった。
「前にも言っただろう? 俺は君を手放さないって。そうなると結婚するしかないだろう?」
「……結婚を前提に、とかじゃ駄目なんですか?」
「それでも構わない。ただ、俺が君を手放すことは無い」
「束縛が強いと嫌われますよ」
「君に嫌われなければ、それで良い」
「無茶苦茶ですね。やっぱり先輩はバカです」
観念したかのように、彼女は息を吐いた。しかし次の瞬間、彼女は嫌な笑みを浮かべた。全てがお前の思い通りになると思うなよ。そういった意味を含んでいそうな笑みだった。
「……先輩」
「なんだ。いや、待て」
「待ちません。好きです。付き合ってください」
なんて事だ。後輩に先手を取られてしまった。まさに後の先と言うやつだ。
彼女に告白されてしまっては、俺は断り様が無い。惚れた男の弱みだろう。このままでは付き合えはするが、結婚の話はうやむやになってしまうだろう。だが。
「ああ。……これから、よろしく」
君が笑ってくれるなら。
君が喜んでくれるなら。
それでもいいだろう。
俺の返事を聞いた君は、満面の笑みで、目には涙を浮かべていた。
●
その日、泣きながら彼女と手を繋ぐ奇妙な男がいると話題になったが、人々はそれを温かく見守った。
君が泣くまで告白するのをやめない 西藤有染 @Argentina_saito
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