君が振り返るまで告白するのをやめない②
「あのすみません、御崎歌織さんってこちらに入院されていますか?」
「ああ、お見舞いの方ですか? じゃあこちらに名前を記入していってください」
御崎歌織がこの病院に入院していると聞いた時は、半信半疑だったが、本当らしい。正直、今でも信じられない。
「2階に上がったら右に行ってください。その突き当たりに彼女の部屋がありますよ」
看護師の方に言われたとおりに進んだ先の部屋。そこに彼女はいた。
「本当に来てくれたんですね、先輩」
最後に告白した時以来、半年振りに会う彼女は、ベッドの上で横になっていた。以前に会った時よりも少しやつれている気がする。
「いつの間に入院してたんだな」
「受験が終わった瞬間に、体調崩しちゃったんですよ」
そう言って笑う彼女の笑みは、力無いものだった。
「もう体調の方は大丈夫なのか?」
「まだ入院生活が続いてるんですよ? 察してください」
「そうだな、すまない。いつ頃退院できそうなんだ?」
そう尋ねると、御崎の顔が曇った。
「先輩」
「何だ?」
「私、死ぬんです」
「え?」
「小さい頃から実は体弱かったんですよ。高校に入ってからは調子が良かったので、そうは見えなかったかもしれませんが」
知らなかった。初耳だった。
「ただ、色々と無理をしてたのが祟っちゃったみたいです。一応これから手術はするみたいなんですけど、治る確率はすごく低いんですよ」
唐突な告白に頭が混乱する。
「お医者さんにも、一応手は尽くしてみるけど、完治する保証は全くないって言われちゃいました」
彼女に声を掛けるべきなのだろうが、なんと言えば良いのかわからない。
「あーあ。折角将来の夢も見つかって、その為の大学にも受かったのになあ」
無理に明るく振る舞おうとする彼女の声が、ひどく虚しかった。
「これからやりたいことも、やってみたいことも、たく、さん、あった、のに、なあ」
御崎の言葉が震え出し、次第に涙が混じり始めた。
「嫌だ、よ、まだ、死に、た、く、無い、まだ、やっ、て、ないこと、たくさん、ある、のに、だい、が、く、だって、たの、し、み、にして、た、のに、」
嗚咽が混じって上手く聞き取れないが、何を言いたいのかは分かった。
だから、俺は、
「御崎、好きだ。付き合ってくれ」
告白することにした。
「……はい?」
途端に泣き止んだ。それを見て、すぐさま畳み掛ける。
「今のが告白の返事か? なら告白は成立だな!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「いやぁ、2年目で3回目の告白にしてようやく俺の恋も成就したかあ。いやあ、長かった長かった」
「……先輩?」
「はい」
冷たい空気を察して、一旦静まる。彼女を怒らせると怖いのは既に百も承知だ。
「私の話、聞いてました?」
「聞いていた。だから告白した」
御崎がおかしなものを見るかのような目で見てきた。何か変なことでも言っただろうか。
「私、死んじゃうんですよ?」
「まだ完全にそうと決まったわけじゃないだろう?」
「でもその確率は高いです」
「でもそれはゼロではないだろ」
「それはそうですけど、」
「なら治る可能性はまだある」
御崎が苦虫を噛み潰したような顔になった。言われている事は最もだが、そういう問題では無い、とでも言いたげな顔だ。
「それに、まだ生きていたいんだろう? だったらその希望を自ら捨てようとなんてしないでくれ」
「別に希望を捨ててなんかいませんよ」
「いいや、捨てていただろう」
「そんなこと」
「だったらどうして『死んじゃうんです』なんて言ったんだ?」
御崎が押し黙る。無意識の内に、思考が悲観的になっていたことに自分でも気づいたのだろう。
「俺だって、御崎と一緒にやりたいことはたくさんある。話してみたいことだってたくさんあるんだ。それを当の本人が諦めてしまったらどうしようもないだろう」
「……他人事だからそんなこと言えるんですよ」
彼女がぼそりと呟く。
「他人事だから、そんな無責任なことが言えるんです」
「俺が引退する時、みんなに対して怒ってくれたのも、他人事だったからなのか」
「それは、……違います」
また、押し黙ってしまった。
「それに、他人事では全くないしな」
御崎に不思議そうな顔をされた。
「俺、御崎と一緒のキャンパスライフ、楽しみにしてたんだぞ」
「一緒って、先輩、大学違うじゃないですか」
「これを見てくれ」
「何ですか、これ……ってうちの大学の学生証じゃないですか! どうしたんですかこれ!」
「受験して合格した」
「前の大学はどうしたんですか!?」
「辞めた」
「どうして!?」
「御崎がここ受けるっていうから」
彼女の顔に驚きと呆れが入り混じる。
「前に、人の為に怒ってくれただろ? 俺の為にあんな事してくれる人、他にいないって思ってな。絶対に手放さないって決めたんだ」
「……バカですね」
「そうだな」
「ストーカーです」
「警察に突き出されたら捕まるな」
「またここに来たら警察呼びますよ」
「それは断る」
怪訝そうな顔をされた。
「いいか。俺はこれから毎日、ここに来て君に告白する」
「……私は断りますよ」
「それでいい。『療養に専念するので』って断ってくれ。いつもそうやって断ってきただろう? 恐らく俺は傷ついて泣くだろうが、気にせずそうやって振り続けてくれ。俺も告白し続けるから」
彼女は俯いた。
「……先輩、バカですね」
「好きな人の為にならバカにだってなれるさ」
「……先輩」
「なんだ」
「……待っていて、くれますか?」
「……ああ。いつまでも待つさ。既に2年待たされてるんだ、今更もう少し待たされたところで、なんてことはない」
「ありがとう、ございます」
彼女の声は震えていた。
「御崎」
「何ですか、先輩」
俺は改めて伝えた。
「好きだ。付き合ってくれ」
彼女は噴き出した。そして、顔を上げて満面の笑みでこう返してきた。
「お断りします」
その日からずっと、俺は彼女に振られて泣き続けている。
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