君が振り返るまで告白するのをやめない①
少し、昔の話をしよう。
高校時代、俺はサッカー部に所属していた。小学生の頃からサッカーをやっていたせいか、人よりも上手くプレーできた。いわゆるエースストライカー的なポジションで、ボールが来たら確実に点を取ることができていた。
しかし、それがいけなかった。なまじ俺が点を取れていたせいで、俺にボールを回せば勝てるという風潮がチームに広まり、練習態度が適当になっていったのだ。
それでも地方の大会に出ると、それなりに勝ち進められたのが状況を悪化させた。次第に練習をサボり出す部員まで出始めた。典型的なワンマンチームの末路を辿り始めたのだ。チームの雰囲気は最悪だった。
俺が3年に上がり、キャプテンになっても、その状況は変わらなかった。真面目に練習すればもっと上を目指せる、このままだと負けてしまうかもしれない。そう言って部員を説得しようと試みても、
「キャプテンがいれば余裕ですよ」
「別にそれなりに結果を残せれば良くないですか?」
「キャプテンになったからって張り切ってるねえ」
と、だれも俺についてこようとはしなかった。
部活の練習時間だというのに、ひとりでボールを蹴ることが多くなった。
マネージャーも勝手に帰ることが多い中で、御崎歌織だけは毎日、グランド上でサッカー部をサポートしてくれていた。雨の日も、雪の日も、俺しか練習していないときでも、ずっとグランド上に立っていた。
彼女はとても真面目だった。ある時、グランドで1人練習していると、ひどい土砂降りが降ってきた。
彼女に風邪を引かれたら困ると思い、
「今日はもう帰っていいぞ」
と声をかけた。すると彼女は、
「まだ練習時間は終わってないので帰りません。それに、雨合羽を持ってきてるので大丈夫です」
と言ってきた。その生真面目さと用意周到さに好感を覚えたのを覚えている。チームとして殆ど成り立っていないような状況の中で、彼女のその実直さに何度も救われた。
しかし、救われたのは俺個人だけで、それがチームの改善に繋がることは無かった。
そして、その状況は変わらぬままに、最後の大会の日がやってきてしまった。
初戦の相手は、これまで何度も練習試合や公式戦で当たり、しかし1度も負けたことの無いような相手だった。順当に行けば余裕で勝てる。誰もが自分たちの勝利を疑っていなかった。俺一人を除いて。
試合開始直後、嫌な予感は的中した。
相手チームのディフェンダーが、3人がかりで俺をマークしてきたのだ。単純な作戦ではあったが、それは完全なワンマンチームと化していたチームに対して、ひどく効果的であった。
結局、俺にボールが回ることは一度も無く、チームは初戦で敗退した。俺はグランド上でただ一人泣いた。
試合後、選手控室に戻ると、部員は既に全員揃ってユニフォームを脱いでいた。戻ってきた俺に気付いて、次々と声を掛けてくる。
「いやー勝てると思ってたんだけどなー」
「あいつが蹴れなかったら勝てる訳ないよな」
「キャプテンもあそこまでマークされちゃさすが何もできないか」
「ドンマイ」
「おいなんでマーク外せなかったんだ」
「エースって言ってもその程度かよ」
初戦で負けたというのに、皆一様にへらへらと笑っていた。チームとしての意識にここまで差があったのかと愕然とした。こんな奴らとサッカーをやっていたのか。一体俺の青春とは何だったのか。あまりの悔しさに、グランド上で流したものとは別の涙が滲んできた。すると、
「ふざけんな!!!!!!!!!!」
怒号が控室に響き渡った。部屋が一瞬にして静まり返る。
「負けたのを人のせいにして恥ずかしくないんですか?」
声の主は御崎歌織だった。大人しくて物静かな印象の彼女が、ここまで感情的に大きな声を出している所を初めて見た。
「先輩にマークが集中し過ぎて、他の人は何人もフリーになってましたよね? エリアもがら空きになってた所たくさんありましたよね? そんな穴だらけのディフェンスをしてたチームに負けて悔しくないんですか!」
外から見て冷静に分析できていたのかと、場違いではあるが素直に驚いていた。
「ああ、先輩に頼りっきりでまともに練習してないんですから悔しい訳ないですよね」
後輩の毒舌に、周りは何も言い返せない。
「でも先輩は練習してたんです」
「皆さんが練習をさぼったりしてる中で、毎日毎日ずっと努力し続けてたんです」
「あんたらはその努力を踏みにじったんだ!!」
「先輩に謝れ! 土下座しろ! 一生謝り続けろ!!」
気が付けばまた泣いてしまっていた。悔し涙ではない。自分の努力を見てくれている人がいた。その人が、自分の努力が報われないことに対して、怒ってくれている。それだけで、俺の努力は報われた気がした。
それが、彼女に惚れたきっかけだった。
それからすぐに、彼女に告白した。あれだけ怒ってくれたんだから、ただならない感情は持ってくれているだろうと思っていたが、断られた。曰く、
「部活に専念したいので」
とのことだった。
まさか、マネージャーからそんな言葉を聞くとは思わなかった。しかし彼女は実際に、部活に全力を注いだ。
俺の引退直後から、御崎はトレーナー兼コーチに就任した。いつの間にかそういったことを勉強していたようで、彼女のコーチングや戦略は非常に的確だった。さらに、引退試合でのあの一件のせいで、彼女に逆らう者はチーム内で一人もいなかった。
実質的に彼女に率いられたチームは、翌年、全国まで勝ち進んだ。
引退後、彼女に祝福の言葉を伝え、再び告白した。部活も引退して、今度こそ良い返事をもらえるかと思いきや、またもや断られた。曰く、
「受験に専念したいので」
とのことだった。
話を聞いてみると、今回の一件から、本格的にトレーナーやコーチングの道に進みたいと考えるようになったらしい。その為に、東京にある有名な大学に絶対に合格しなくてはならないので、恋にうつつを抜かしている暇はないとの事だった。
一度ならず二度までも振られ、かなり落ち込んだ。正直、脈なんて無いんじゃないかとも考えた。
だが、諦めきれなかった。
あんな風に自分の努力を認めて、自分の為に怒ってくれる人なんて、滅多にいない。ここで諦めてしまったら、彼女以上の存在に出会う事はもう無いだろう。
だから、彼女が告白を受けてくれるまで、俺は何度でもこの想いを伝えよう。
そのために、彼女と同じ、東京の大学へ進もう。今通っている地方の大学のままだと、彼女と疎遠になってしまう。彼女の志望校はかなり偏差値の高い大学なので、かなり厳しい道ではあるが、壁が高い方が愛は燃え上がる。
次に彼女に会うのは、大学の掲示板の前でだろうか。そこでまた君に告白しよう。
そして、合格発表当日――
君は掲示板の前にいなかった。
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