エピソード壱.aragami 3

「お前は誰だ」


 銀髪の男は裸で覆いかぶさり言った。深紅の瞳は私を睨みつけ、底冷えするような低音で。


「私は、あなたを助けようと」

「たすけ? ああ、眠っていたことか」


 にやっと笑う男。

 痛みに気が付くと両手を押さえつけられていて、碌に身動きが取れない。


「どい、って!」


 渾身の力を振り絞り、男をどかそうと試みる。


「うるさい、まだ質問に答えてないだろ」

「んっ」


 しかし、思惑は見事に失敗に終わり、男による拘束は強くなった。


「っ、痛い痛い」

「お前は誰だ、誰の手のものだ」

「私は、春。南雲春よ」

「そうか、じゃあ春。お前は……、……?。春?」


 私の名前を聞いた男は次第に表情が厳しくなり、ぼそぼそ言い始める。


「……。……? ……」


 一通り考えがまとまったのか、男は険しい目つきで私に問いかけた。


「春。お前、俺が見えてるな」

「うん」

「そうか」


 それを聞くと急に体が軽くなった。男が拘束を緩めたのだ。頭を抱え込み何かを考えている男。全く状況が理解できない私。カオスだった。どちらも話しかけようとするが途中でやめるといったことを何回かしてお互いが今、どんな状況であるかを知る。片方は汗でぐしょぐしょに濡れた制服、もう片方に至っては全裸だった。


 自然と赤くなる頬、上がる体温。


「っ、着替えてくる」


 部屋から逃げるように出る。

 扉を勢い良く締め、扉を背中にペタンと座り込む。


「何やってんだろ私」


 ♦


「何やってるんだ俺」


 古ぼけたアパートの一室。そんな部屋には似合わないほどの美男子がいた。

 男の名は霧龍エンシェント・ドレイクバンダースナッチ。

 伝説の龍と謳われた男は今、猛烈に公開していた。


「まさか自分を助けた人が探し人だなんて思わないだろ。クソッ」


 先ほどまで俺が覆いかぶさっていた女。あれは春と言っていた。きれいな夜の帳のような色の髪。自分のよく知る女性に似た藍色の瞳と美しいがどこか幼さを残した顔立ち。確かにあの人にも俺が見えていた。やはり春はあの人の娘。そして……。


 ——ガチャ


 扉の開く音を聞き、そちらを向くと先ほどまで考えていた女がいた。


 ♦


 制服から着替えた私はお茶を入れて、部屋に戻った。扉の奥は見慣れた場所のはずなのに男の人がいるだけでどこか違う場所のようだった。ベッドに目を向けると、出ていく時までは裸だった男が服を着ていた。中世ヨーロッパの貴族のような星の色のジュストコートに黒のベスト、同じく星の色のキュロットはひざ下まで伸びていた。


「あの、お茶いれました」


 無言のままお茶を置きベッドの向かいのソファに座る。視線はお互い合わず気まずい雰囲気が流れる。


「あの「あっ」」


 きっかけも被ってしまいさらに気まずくなる。


「先ほどの無礼、お許しください」


 話を切り出したのは男の方だった。座礼をし、先ほどの無礼(覆いかぶさられ拘束されたことの話だろう)を謝罪される。


 謝られるとは思っていなかったので驚いた。さっきのは私も無防備だったし、会話を思い出せば何者かに襲われていて眠っていたのは確実。であれば警戒されてもおかしくはないだろうと考えていたのだ。そんな中、謝られた。男の中で何かしらの感情の変化でもあったのだろう。


「はい、私も……」

「いえ、春様は悪くありません」

「春、様? それって私のことですか?」

「はい!」


 元気よく答えた男。

 その笑顔は素晴らしかったが、私は疑問でいっぱいだった。


「様? なんで様呼び?」

「それはもう、命の恩人だからですよ」


 恩人に様を付けるだろうか普通。まぁいいや。

 それは置いておいて私は聞いていなかったことを思い出した。


「あなたの名前はなに?」

「私は霧龍でございます」

「桐生ね。わかった」

「はい」


 致命的な聞き間違い。だが話は進んでいく。


「それでですが、私は春様に恩返しがしたいのです」

「はぁ」

「一生、春様をお守りさせてください。そして、従者にしてください」

「?」


 守るとはいったい何からなのかわからなかった。ただの高校生。それも言ってしまえばちょっぴりおバカの。確かに人には見えないものは見える。それでも、何か危険があるとは思えなかった。自分から近づくのを除いてはだが。


「必要ないんじゃないかな」

「いいえ、あります。仮になくても守ります。しかし、それはむしろありがたいこと。春様ほど魅力的で美しい人間が襲われないはずがないのです。要らないとおっしゃるのならこっそりとでも」


 胸を張り答える桐生。


 それでも思う。


「それはもうストーカーなんじゃ」


「ストーカー?」

「はっ」


 口を押え失言に取り乱す。小声だったが桐生には聞こえたようだ。


「ううん、違うの気にしないで」

「春様がおっしゃるのなら」


 頷く桐生に私は話を続ける。


「とにかくあんまり知らない人と暮らすっていうのもどうかなって思ったの」

「あんまり知らない人……、そうですよね。はい、承りました、ではご覧に入れましょう、私の力を」

「なにをすr」


 私の言葉は最後まで続かなかった。それは桐生が遮るように動き始めたから。

 立ち上がり礼儀正しくお辞儀をしたのち両手を交互に広げる。こぶしを握り締め、脇を閉めてこぶしを下ろす。


「はぁっ」


 勢いよく手を開き気合の言葉を放つと部屋内が霧に包まれる。


「え、ちょっと、何やってんの」

「これが魔法です」


 もう一度きれいなお辞儀を見た後、部屋の霧が晴れた。

 一見いつもと変わらない部屋、タンス、ベッド、化粧台、鏡。何一つ変わりはない。ただ一つ、見慣れないものがあった。


 私の前。


 そこにあったのは渦。

 ブラックホールを連想させる黒くて小さな渦があった。



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JKですが、魔法庁魔法管理局時空関連課に就職しました ぷぁぷぁ @K13

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