目が醒めると私は病室にいた。私を祈るように見ていた男の人が、大きく目を見開いて涙を零す。赤い服がすごく似合っていた。

 なんだかよくわからないけれど泣いて欲しくなくて、笑って欲しかった。

「……あき、ら?」

 だから私は、手を伸ばしてその人の、暁の涙を拭う。

 暁はより一層目を見開いて、瞳を潤ませた。首をかしげると彼は耐えきれなくなったように私を抱きしめた。

「よかった」

 それだけ、呟いて。彼は静かに泣いていた。泣き声ひとつあげず。

 私よりずっと大きい暁の体が目の前にあって、私の不確かな体を確かに力強い腕が抱きしめていた。暖かかった。その暖かさと、空気の冷たさの差が、私にさっきまでのことをうっすらと思い出させた。

 私は夢を見ていたんだ。水の中に彼の幻覚を見て、夢に溺れて、浮き上がってこようとすらせずに沈んで。

 あの夢の中で、私はとても大切なものを手放した。暖かいものも、たくさん手放しそうになった。

 手放しそうになっただけのものは、戻ってきた。私の体に巻き付いていた鎖の主たちの事は、ちゃんと思い出せる。けれど、一番取り戻したかったものは取り戻せなかった。

 あの銀色の鎖も、あの白い石も、それらの主も。全部、全部、スノードロップの向こう側に行ってしまった。

 翼はもう振り返ることはない。私の鎖を切って、歩いて行ってしまったから。

 あの白色だけの世界は、温くて楽だった。きっといずれ、私たちはみんなあそこに戻るんだと思う。あそこはきっと、始まりで終わりの場所だ。

 けれど、私はまだここにいたい。だって、

「おかえり、雨音」

 こう、言ってくれる人がいるから。

 だから、まだ待っていてね。

 私は、この人と、もう少しだけ生きていくから。

「ただいま、暁」

 私の胸元で、赤いルビーのペンダントが揺れた。

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スノードロップの向こう側 ティー @Tea0617

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