Epilogue 下


「良かったの?」

「何が?」

「クロナさん達の仕事。引き受けなくって」

 散々好き勝手していったクロナが去り、満腹を通り過ぎたクーリアを差し置いて俺一人の夕食を取った後、しばらくしてクーリアはそんな問いを口にした。

「俺とあいつらは別に仕事仲間じゃない。たまたま、一時的に一緒に行動してただけだ」

「そうなの?」

 事実をそのまま口にすると、なぜかクーリアは意外そうな表情を浮かべる。

「ああ、ついこの間知り合ったくらいだからな」

「それにしては、仲良さそうに見えるけど」

「見え方については保証できないけど、実際のところはまったくそんな事はない。むしろクーリアの方がクロナとは仲良いくらいじゃないか?」

「それは……まぁ、そうかも」

 そもそも、クロナは初対面から異様な距離感で俺に接して来ていた。おそらく、あいつは誰とでもすぐに遠慮の無い関係になるタイプだろう。仲不仲はまた別として、だが。

「でも、内容は? 仕事の内容に興味はなかったの?」

 逸れたと思われた話題は、しかしすぐに引き戻されてしまう。

「少しはあったけど、わざわざ自分で確かめに行くほどじゃない。単純に危ないしな」

「本当に?」

「嘘を吐く理由もないだろ」

 実際のところ、俺がクロナとナナロの仕事とやらに付き合う理由はない。平時の俺はあくまで単なる『なんでも切る屋』、場合によってはそれ以外の仕事をしないわけでもないが、諜報員の掃除なんて危険な真似は明らかに管轄外だ。

「……ローアン中枢連邦は、リロス共和国への侵略を狙っている。それが、人造魔剣『回』の研究が押し進められた一番の理由だった」

 ふと、クーリアが語り始めたのはローアン中枢連邦とリロス共和国、大陸に属する二国の軍事的事情。それはかつて国防軍総司令官直属の特務兵、アンデラ・セニアが語ったのと同じもので。

 今思えば、アンデラが俺に語った事はほとんどが真実だった。

「ローアンは、今回のリロス国防軍の内乱の調査のために諜報員を送ってきた。多分、調査で全ての事情を知れば、ローアンはどうにかして理由をこじつけて、全面戦争にまで持ち込んでくる」

 人造魔剣の研究。アンデラは以前それを、ローアン中枢連邦へと対抗するためのものだと口にした。その人造魔剣が失われれば、リロス共和国はローアンに対抗する術もそれ以前の抑止力すらも手放す事になる。

「……私は、行かなくていいのかな?」

 クーリアの口から零れた声は、か細く消えていった。

「私が、人造魔剣『回』がなくなったせいで、ローアン中枢連邦との戦争が始まるかもしれないのに。それを黙って見てるだけなんて……」

「魔剣『回』は国防軍過激派の造り出した危険物として国防軍の保管庫に封印された。どちらにしても、人造魔剣『回』はもう戻らない」

 感情に感情をぶつけるよりも、俺は論理で説き伏せることを選ぶ。

 人造魔剣『回』、国防軍過激派の造った兵器の片割れである魔剣『回』は、その存在を隠匿するため現国防軍総司令官の命の下で保管庫に移された。その事実を俺に伝えたクロナですら、保管庫の正確な位置は把握していなかったくらいには情報統制は厳重らしい。仮に今更クーリアが考えを変えたところで、現実的にそれを手元に置く事は困難に過ぎる。

「だとしても、出来る事はある。人造魔剣としてじゃなくても、私だって戦えるでしょ?」

 クーリアの言葉は正しく、そこに異論を差し挟む余地はない。

 人造魔剣『回』はすでに半ば以上失われた。だが、剣使としてのクーリア・パトスの力は今もまだ十全に残されたままだ。

 人造魔剣『回』にはまだ謎が多く残っている。その内の一つが、クーリアだけが人造魔剣の構成要素の中で唯一力を使っても死ぬ事がなかったという事だ。

 そして、クロナはその理由を、他の剣使が適正に加え命を燃料とする事で人造魔剣の力を引き出していたのに対し、クーリアは命を費やさずとも剣使としての適正だけで魔剣『回』の持つ力の全てを引き出し扱う事が出来たからだと推測した。

 仮にそれが正しいとするならば、人造魔剣『回』が引き起こした現象の全ては、それが人造魔剣でなく、ただの魔剣『回』とその剣使クーリア・パトスでも同じ事が再現できたという事になる。

 それに、もしクロナの推論が間違っていたとしても、元国防軍総司令官ノクス・ヒルクスとその部隊を一瞬で無力化した力は間違いなく今のクーリアにも存在するものだ。

 つまり、人造魔剣から解放された今でもクーリアは非常に強力な剣使であり、その力は国防軍にとっても価値がある。その事実を知る者は今のところ俺、クロナ、そしてクーリア自身と、投獄されたノクスとその部隊以外には存在しないはずだが、肝心のクーリア自身がそれを隠すどころかむしろ自らリロス共和国のために使う事を考えている。

 ふと、またアンデラの言葉を思い出した。

 クーリアは人造魔剣計画に賛同し、自らその人柱となった。

 俺の説得のために口にしたその言葉は、きっとまったくの嘘ではなかったのだろう。現に今も、クーリアはリロス共和国の平和を案じていた。

 それは、クーリアが紛いなりにも国防軍の一員として短くない時間を過ごしたためか。あるいは単純に本来の気性によるものか。理由はどうあれ、クーリアは精神的にはまだ人造魔剣とそれを取り巻く国防軍の事情から完全に解放されたわけではない。

「クーリア……俺は、この国よりもお前の方が大事だ」

 だから、俺はそんな本音を口にする。

「シモン……でも!」

「他の何よりも、俺はお前に傷ついてほしくない。傍にいてほしい。手放したくない」

 単純な我儘は、だがクーリアの天秤を傾けるのに最も適したものだ。

 クーリアは未だ人造魔剣に縛られている。国防軍の事情と、そして旧ハイアット市を、俺達の故郷を破壊した過去に囚われている。その内の片方に心が傾きかけたなら、反対の天秤にもう片方を乗せる事で取り返す。

 わかっている。これは、クーリアの引け目に付け込んだ卑怯な方法だ。

 だとしても、口にした言葉に嘘はない。俺はクーリアに傷ついてほしくない。傍にいてほしいし、手放したくない。そのためなら、今更手段は選ばない。

「……ずるいよ。そんな事言われたら、私は選ぶしかないのに」

 幼いままの容姿に反して、クーリアは賢く鋭い少女となっていた。

 おそらく、クーリアは俺の思惑までもを理解しただろう。俺はクーリアにリロス共和国の平和と俺自身を天秤に掛け、その上で俺を選ぶよう訴えかけたのだと。

「……………………」

 長く、沈黙が場を満たした。

 クーリアの表情は、俺には悩んでいるというよりも、どこか躊躇っているように見えた。

「……私だって、シモンの傍にいたい」

 やがて、恐る恐るといったように、細い声でクーリアはそう口にした。

「いいのかな? 私が、シモンの傍にいて。ただ、普通に暮らしてもいいのかな?」

「いいに決まってるだろ」

 ああ、まったくもって卑怯な話だ。

 俺もクーリアも、ただ自分達だけの事を考えて、自分達だけのための選択をした。ましてやその選択の是非を自分達に問い、そして自分達でそれを肯定している。

「好きだ、クーリア」

「私も、私も好きだよ、シモン」

 それでも、例え欺瞞に満ちた選択だとしても、胸に感じる少女の温もりを二度と手放すつもりにはならなかった。

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魔剣使われに告ぐ 白瀬曜 @sigld

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