Epilogue
Epilogue 上
クーリアが魔剣『回』と分離し、人造魔剣でなくなった後、ハイアット軍事都市を出るのは比較的容易だった。
国防軍総司令官、ノクス・ヒルクスとその手勢の襲撃は、しかしそれ以上に大勢に影響を及ぼすものではなかった。
ノクスの立場がどうあれ、彼らは正式な国防軍総司令官の命で動いた兵ではなく、あくまで独立した隠密部隊でしかなかったという事なのだろう。俺達が表に出た時には、ハイアット軍事都市はすでに国防軍本部、人造魔剣の研究を是としない穏健派の部隊により大半が掌握されていた。だから、表向きにはその協力者という扱いの俺とクロナ、そしてあの後聖剣『ルミナスの過ち』の治療で一命を取り留めたナナロはもちろんの事、俺達と共にいたクーリアもまた、特に足止めを喰らう事なくハイアット軍事都市の中を自由に歩き、そしてその外に出る事も出来た。
ハイアットを出た俺達は、そのまま隠しておいた蒸気移動車に乗り込むと、そこからは住居のあるラトア市まで一直線。クーリアを連れ帰るという目的を果たした俺は、それ以上ハイアット軍事都市にも、リロス国防軍にも自分から関わる必要はなかった。
だから、その後に起きた出来事の事情と過程については、あくまで一市民以上の事は知らなかった。
「私の家が、姉の配偶者一族に侵略されかけてるんです! 彼らはすでに私達の所有する宝石系列店の経営権の六割を奪い、更に服飾関係にまで手を広げようとしていて――」
「えっと、だからですね。俺はあくまでこう、繋がったモノを二つ以上に切り離す事が仕事でして。一族間の争いとかは扱ってないわけで」
「だから、私達レーベ家と姉の配偶者一族の関係を切り離してほしいと言っているんです!」
『なんでも切る屋』だ。
何がと言えば、それはもちろん俺ことシモン・ケトラトスの職業であり、そしてそのまま俺の営む店の名前でもある。
だからと言って、最近では依頼人の持ち込んでくる問題は、『なんでも』の範疇というか解釈的な何かを履き違えているようなものが大半となっていた。
「とにかく、その件はお引き受けできません。法律家の方にでも頼んでください」
「……わかりました。どうやらここに来たのは見当違いだったようです」
「まったくもってその通りで」
幾度目かの断りを入れると、依頼者の女はようやく諦めたのか、渋々といった様子でこの場を後にしてくれた。
「……ふぅ、まったく」
「良かったの? 仕事断って」
「出来ないものは無理だ。俺に出来るのは、モノを切る事くらいだからな」
客の応対が終わり、奥の部屋から顔を出したクーリアに苦笑を返す。
身一つでハイアット軍事都市を出たクーリアには、住む家もそれを借りる金もあるはずがなく、必然として俺と同じ家に暮らす事となっていた。
「……私も、そろそろ何か出来る事を見つけないと」
俺としてはクーリアと共に暮らす事に問題はないし、むしろ望むところなのだが、クーリアには俺に生活の一切を頼り切る事への引け目があるらしい。単純に俺と同じ家で過ごすのが嫌だという可能性については考えない事にする。
「まぁ、気にするな。金ならある」
もっとも、実際のところ、クーリアの生活による俺への負担は少ない。遠慮があるのかクーリアがあまり物欲を見せないのもその一因だが、それ以上に金銭的な面では先の人造魔剣破壊依頼の報酬によるところが大きい。
過程はどうあれ、結果として人造魔剣は破壊された。それによりリースから受け取った報酬を俺とクロナ、そしてナナロで三等分したものが一つ。これだけでも相当な金額ではあったが、更にそこにもう一つ追加の報酬が加わる。
そのもう一つというのが、リロス国防軍名誉勲章と、それに伴う報奨金だ。
名目は、国防軍過激派の危険思想の黒幕が元国防軍最高司令官ノクス・ヒルクスであるという事実を突き止めた事、そしてその核であった魔剣『回』を奪取した事への報奨。
つまり、俺は自分でも知らぬ間に今回の国防軍の内乱を止めた立役者という事になってしまっていた。
軍人であるリース曰く、俺を神輿に上げたのは今も残る国防軍過激派への情報撹乱のためというのが主な理由らしい。少し事情に詳しい者なら誰も俺が一人で国防軍過激派の計画を喰い止めたなどとは思わないだろうが、それが嘘だとわかったところで得られる情報はないに等しい。騙すための嘘というよりは、真実を隠すための嘘といったところだろう。
俺としても、本来受け取る事のない勲章と報奨金を貰えるのはありがたくはあるが、何も知らない一般人からの誤解は問題だ。
「シモン、誰か来たみたい」
「……まったく、大繁盛だな。今度こそまともな客であってくれよ」
来客を知らせる鈴の音は、ここ数日の間で嫌になるほど鳴り響いていた。
シモン・ケトラトスへの名誉勲章授与に関しては、大々的に報道されたわけではない。それでも、如何にしてか噂というのは広まるもののようで、リロス国防軍の陰謀を見事打ち砕いた『なんでも切る屋』、シモン・ケトラトスの力を求めて足を運ぶ客の数は以前の何倍にも増えていた。
だが、当然と言うべきか、その客の大半は俺の掲げた『なんでも』の意味を履き違え、俺を便利屋か何かと勘違いした奴らであり、結局のところ『なんでも切る屋』の現状は、そんな連中の誤解を解いて追い返す、一銭の価値にもならない仕事が増えただけだ。
「やっほ、シモン」
「…………」
そして、扉を開いた先にいたのは、そういった連中の走りとでもいうべき存在だった。
「――ちょっ、なんで閉める!? 開けろー、こっちは客だぞ!」
「疲れてるんだ。勘弁してくれ」
「いやいや、そんな本気な感じで言われたら、私が厄介者みたいじゃん!」
「…………」
「せめて返事して! って言うか、本当に開けてってば、用事があるの!」
用事があると言われれば、無視するのも躊躇われる。
仕方なく家の扉を開けると、そこには紙袋を手に下げた整いすぎた顔の美人がいた。
「やっと開けてくれたか。もう、シモンったら照れ屋なんだから」
「入りたくないならそう言え」
「まさか。私は素直だからね、いつまででもここにいたいくらいだよ」
「それは本気で勘弁してください」
「頭を下げるのはやめてくれないかな!?」
クロナ・ホールギスとの付き合いは、ハイアットから帰ってからも続いていた。こうして向こうから頻繁に訪ねてくるから、というのがその理由の大半ではあるが。
「相変わらず二人は仲がいいね。ただ、妹と二股を掛けられるのは兄としては複雑かな」
「……お前もいたのか、ナナロ」
一方、ナナロと顔を会わせるのは、ラトア市に戻ってからこれでまだ三度目だった。もっとも、それに関しては、ナナロがどうと言うより、俺が避けているという方が正しい。
ナナロ・ホールギスのハイアット軍事都市での行動とその目的について、俺は未だに全てを把握できているわけではない。ただ、ナナロが一度は俺の剣を使い人造魔剣『回』を、クーリアを手中に置こうとした事は間違いない。
「あっ、クロナさん。それに、ナナロさんも」
そうこうしている内に、玄関先でのやり取りを聞きつけたクーリアが顔を出す。
「やっほ、クーリア。ちゃんとシモンに食べさせてもらってる?」
「はい……って、なんでお菓子を……っ」
「いや、クーリアにはたくさん食べて太ってシモンに愛想尽かされてもらわないと、シモンが私のものにならないからね」
俺の横を抜けクーリアの元へと駆け寄ったクロナは、わけのわからない理屈を並べ、クーリアの口に持参していた焼菓子を詰め込んでいく。俺としてはクーリアを太らせるのは御免被りたいところだが、肝心のクーリア本人にあまり抵抗する様子がない。
クロナは俺を訪ねてくる度、同時にクーリアとも接する機会が多かった。その内に二人は徐々に距離を縮めていき、今では俺抜きで会う事もあるくらいの仲になっているらしい。自身が軍から解放された結果への功労者の一人であるクロナにクーリアが懐くのはある意味当然で、俺もクロナへは感謝の気持ちがないわけではないが、それはそれとしてクロナとの交友がクーリアに人間的な悪影響を与える懸念は残る。
「それで、わざわざクーリアを太らせるために来たのか?」
「うん、私の方はそっちが本題かな」
クーリアの頬が膨らみきったタイミングを見計らって声を掛けると、クロナは手を止めて視線をナナロへと向けた。
「二人とも、僕達と組まないかい?」
「は?」
ナナロの第一声は、そんな提案だった。
「だから、仕事だよ。私とナナロだけとあれだし、仲間がいた方がいいかな、と思って」
今度は自らの口に焼菓子を放り込みながら、クロナは兄の言葉を引き継ぐ。
「……内容は?」
「ハイアット軍事都市跡地に潜入しようとする、ローアン中枢連邦の諜報員の排除だよ。もちろん報酬は四等分にする」
するりとナナロの口にした仕事とやらの内容は、捨て置くにはやや重すぎるものだった。
「俺は『なんでも切る屋』だ。モノを切る以外の仕事はしない」
だが、捨て置く。
「いいのかい? ローアンが何のために諜報員を送り込んで来るのか、興味はないと?」
「答えがわかったら、その時にでも教えろ」
「なるほどね。都合のいい話だけど、たしかに情報の価値としてはその程度か」
追求にも否定を返すと、ナナロはそれ以上踏み込んでくる事はなかった。
「なら、クーリアさんは? 僕達の仕事に加わるつもりはないかな?」
だが、それは俺ではなくクーリアへと矛先を変えただけだった。
「私は――」
「ナナロ」
「そう睨まないでほしいな。クーリアさんを危険に晒したくないのはわかるけど、無理に連れて行こうというわけじゃない。それに、クーリアさんの意思を尊重すべきだ」
たしかに、ナナロがクーリアに問いを投げるのを止める権利は俺にはない。だが、今回に関しては問題が問題だ。ハイアット軍事都市についての話は、クーリアの前ではまだ話題に出す事すら躊躇われる。
それに、俺にはナナロがクーリアの力を諦めたという確信がない。協力して仕事に臨むとは言っても、ハイアット軍事都市の時と同じく俺達は個々に事情を抱え利用し合う利害関係の域を出ない。人造魔剣として、軍の傀儡としてでなくとも、クーリアが誰かの都合で使われかねない事態はもうたくさんだ。
「クロナ――」
「シモンの考えてる事もわかるけど、そう警戒しなくてもいいんじゃない? 私としては兄貴と二人より、みんなで行った方が楽しそうでいいけど」
クロナに兄を諌めさせようとするも、その口から出たのは緩い言葉だった。俺が警戒しすぎているのか、それともクロナが何も考えていないのか、おそらくはその両方だろう。
「……私が行けば、シモンも付いてくると思って誘ってくれたんですか?」
俺とクロナの会話の合間を縫って、クーリアが口を開いた。
「そういう事を期待していないわけではないけど、クーリアさん一人でも、信頼できる仕事仲間として歓迎するよ」
「そう、ですか」
僅かに顔を下げたクーリアの表情からは、その内面を読み取る事が出来ない。
「……すいません。でも、今回は止めておきます」
「そうか、でも気にしなくていいよ。シモン君なんて遠慮すらせず断っているくらいだ」
意外と言うべきか、クーリアの辞退を聞くと、ナナロはあっさりと引き下がった。
「じゃあ、用事があるから僕はそろそろ帰るよ。また会おう、二人とも」
そして、そのまま頭を下げると俺の家を後にした。
「さて、と。じゃあ、兄貴も帰ったし、何して遊ぶ?」
兄であるナナロが去った後も、クロナは気にすら留めずその場に残っていた。
「お前は帰らないのか?」
「もちろん! 持ってきたお菓子をクーリアが食べきるまではここにいるよ!」
「ちょっ、クロナさん……だからそんなに詰め込んじゃ――」
どうやら今日のクロナは、なぜか本格的にクーリアを太らせるつもりらしい。いつの間にか高級そうな焼菓子をクーリアの口に放り込む作業を再開していた。
そんな騒がしいクロナが家に残っていた事が、今は少しだけ救いに感じられた。
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