そして次の未来へ

「やめろ、ウリュウ!」


 ラドの叫び声が、森中に響き渡った。ラドは起き上がると、周囲を見渡す。木々がざわめき、草花がそよいでいた。すぐそこに丸太があって、その先は崖で行き止まりだ。


 ラドはすぐそばに緑色の石が落ちていることに気付き、それを拾った。


「ウリュウ、お前はこれを守るために」


 ラドはその石を胸に当て、目を伏せる。


「ウリュウ」


 ただ静かに、かつての親友を想う。ひゅうと風が吹いて、フードから覗く金髪が揺れた。


「さて」


 ラドは目を開けた。すると近くの草むらが不自然に揺れて、ラドはそこに目をやる。


「大きなどんぐりが、ひくひく動いている?」


 ラドはそんなことを思った。そして草むらからひょっこり出てきたのは、小さなモリタテガミの子供だった。


「ウリ、ウリィ!」


 ラドは口をポカンと開けたまま、思考が停止した。とても、とても懐かしい声だった。


「え、はあ? ウリュウなのか?」


 奇跡でも起きたのかと、ラドは思ってしまった。


「ウリ、ウリィ!」

「ウリ、ウリィ!」

「ウリ、ウリィ!」


 しかしすぐに違うことに気付く。ひょっこり出てきたモリタテガミの子供の他に、さらに三匹のモリタテガミが、似たような鳴き声をしながら現れたのだ。それに、額にバッテンの傷は無かった。


「え、えっと、子供が三匹に、親が一匹」


 そしてその親子は、ラドが握っていた緑色の石に興味津々で、鼻を石に近づけてひくひくさせていた。


――ウリュウの恋人と、その子供たちだよ。

「なんだって!」


 驚きはしたものの、そういえば恋人が出来たと言っていたなと、ラドは納得した。


「そうか、ウリュウの」


 ラドは途端に嬉しくなって、母親と子供たちの頭を撫でた。こうしていると、ウリュウの頭を撫でていた頃を思い出して、ラド自身も嬉しくなった。


――ウリュウは恋人が自分の子供を孕んでいることを、本能で感じ取っていたんだ。だからウリュウは普段より気が立っていた。


 ラドはモンズの言葉を思い出して納得した。あの優しいウリュウが、あんなことで本気で怒るはずがないのだ。


――ありがとう。君のおかげで、森とこの子たちは救われた。


 謎の声にラドはすっかり慣れた。敵でないことは明らかだった。


「お前は結局、誰なんだ」

――森の意思さ。

「森の意思?」

――森の唄にあるだろう?

「ああ、そういえば」


 ラドは森の唄の歌詞を思い出して納得した。


――お礼として、君の失った記憶を取り戻してあげよう。首から下げているネックレスを出して。


 ラドは言われた通りにネックレスを出した。緑色の石に花の彫刻が施された、可愛らしいネックレスだった。何気なく毎日身につけていたそれが、今なら理解できる。


――その石には、君が村を去ってから今に至るまでの記憶が蓄えてある。


 そうか、とラドは理解した。常に身につけていたこの石にも、自分が忘れてしまった記憶が保存されているのだ。


――さあ、リド。その石を使って記憶を取り戻すんだ。


 ラドはネックレスをじっと見つめた。村を出る時に、テリーから受け取ったネックレス。一通りの思い出を反芻すると、ラドは笑った。


「リド? 俺の名はラドだ」

――まさか、思い出を捨てるというの?

「捨てる? 違うな」


 ラドはネックレスをモリタテガミの母親の首に下げてあげると、満足そうに笑った。


「思い出は、大事にしまっておくものさ」


 ラドは歩き始めた。テリーとサテナの忘れ形見に報告をする為に。


 そして、次の未来へ向かう為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森の唄とイノシシダンス violet @violet_kk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ