ウリュウの記憶

「ん、んん~」


 おいらは目を覚ました。全て木製のツリーハウスは、森の木のにおいが充満していて、おいらはとても気に入っていた。


「あ、目を覚ました? おはよう」


 リドがおいらの頭を撫でる。


「えへへ、えへへ」


 リドが頭を撫でると、おいらは途端に気持ちよくなってしまう。


「ウリュウは良い子になったね」


 リドの言葉はわからないけど、何となく褒めてくれていることはわかった。


「じゃあ、もっと頭撫でてよ」


 なんて言ってみる。


「はいはい」


 とか言ってリドは仕方なさそうにおいらの頭を再び撫でる。でもおいらは知っている。リドだっておいらの頭を撫でるのが好きなのだ。だっておいらの頭を撫でる時、とても穏やかで優し気な表情を浮かべているから。


「さて、支度しなくちゃ」


 リドはそんなことを言っておいらをどかした。おいらは途端に寂しくなってリドの寝巻きの袖を噛んだ。


 おねがい。どこにも行かないで。知ってるんだ。リドはどこか遠くへ行ってしまうんだ。


「ウリュウ?」


 リドはおいらを見る。


「さみしいよう、リド」


 おいらは弱弱しく鳴いた。おいらの気持ち、わかってくれるかい。


「まさか、ウリュウ。分かっているのか」


 リドが察してくれたと、おいらは確信した。


「ごめんな、ウリュウ。勝手過ぎるよな」

「さみしいよう、リド。さみしいよう」


 おいらは泣くように鳴いた。あまりにもさみしくて、リドの温もりを感じる為に身を寄せた。するとリドは優しくおいらの頭を撫でてくれた。


 優しいリド。そんなリドとの別れは近い。





「じゃあ、ウリュウを頼むよ」


 リドはそう言っておいらをサテナという女の子に差し出す。


「やだ、離れたくない」


 おいらは必死に抵抗する。離れたくなかった。お別れはさみしい。リドは親友だから、本当は気持ちよく送ってあげたいけれど。


「ウリュウだって、寂しいんだよ」


 おいらはサテナを見た。その表情は凄く歪んでいて、おいらと同じ気持ちだとわかる。


「私も、寂しい」


 目に涙が溜まっていた。


「何も一生の別れじゃないんだから」

「そうだけど」


 サテナはついに泣き出して、おいらごとリドを抱きしめた。おいらの視界は塞がれた。


「悲しいよ! 今まで毎日会えていたのに」


 頭上からサテナの鳴き声が聞こえてきた。涙はリドとサテナの服を伝って、おいらの身体に染みた。


 リドは旅に出なくちゃならないんだ。だったら気持ちよく送ってあげなくちゃ。すごく、すごく寂しいけど、おいらもサテナも泣いてばかりじゃ、リドが困ってしまうじゃないか。


「ああもう、わかったよ!」


 おいらの声が響いて、リドとサテナは離れた。おいらはリドの手を振り払って、サテナに飛び移った。


「ウリュウ?」


 リドは呆気にとられたような表情をしておいらを見た。


「サテナはおいらに任せろ!」


 おいらの言葉が通じたのか、泣いていたサテナは笑った。


「ごめんね、リド。寂しくて泣いちゃった。でも、ウリュウが居るから大丈夫みたい」


 サテナはおいらに頬ずりした。ほら、モリタテガミの毛皮の感触だよ。気持ち良いでしょ。


「あとはおいらに任せて、リドは安心して旅立っていいよ!」


 何となく、おいらの言葉は通じたような気がした。リドはサテナともう少しだけ話をして、村を後にした。その後すぐにテリーってやつが現れて、リドに向かって叫んでいたのをおいらは見た。たぶん、人間の友情ってやつだ。





 テリーとサテナが一緒に住むようになって、やがてサテナが子供を産んだ。


「リドにも見せてやりたかったな」


 テリーは産まれた子供を満足げに見ながら言った。


「いつか、きっと帰ってくるよ」


 テリーと同じような表情で、サテナが言う。


 木製のゆりかごに布を敷き詰めて、その中に子供を寝かせていた。おいらも気になってその子供を見た。ついでに匂いも嗅ぐ。サテナとテリーの匂いだ。森の匂いもした。


「名前、決めたか」

「うん」


 サテナが指先で優しく赤子につっつきながら答えた。


「名前はリア」

「リアか、良い名前だ」


 二人は笑った。





 やがておいらにも恋人が出来た。おいらが恋人を連れてくると、サテナとテリーはたいそう驚いていた。


 今日は森で恋人とデートだ。一緒に並んで森の中を歩いていると、よく知っている匂いがした。


「リア!」


 おいらはつい楽しくなってしまって、リアを探しに走り回った。


 やがてリアを見つけた。そこは見覚えのある場所だった。丸太があって、その後ろには崖があった。その丸太の近くに男の子が立っていた。


「え、あれ……」


 おいらはその男の子が握っている緑色の石に気付いた。空模様が悪くて、雨がぽつりぽつりと降り出した。その雨が、緑色の石に当たる。


 すると幻影が浮かび上がった。それはずっと前、リドが去った時の幻影だった。サテナとテリーと別れたリドは、この森に入り、この場所においらとの宝物である緑色の石を埋めていたのだ。


 おいらは男の子が持っている石が、その宝物だと確信した。


「どうして、おいら達の宝物を持っているんだ!」


 おいらは怒りに鳴く。


「ウリュウ?」


 おいらの鳴き声に、リアは気付いた。


「おいらの宝物に、触るな!」


 思い出を穢されたような気分だった。おいらは我を忘れて、その男の子に思い切り走り出した。


「危ない!」


 リアの叫び声。男の子がようやくこちらを振り向くが、遅かった。おいらの突進が男の子にもろに直撃してしまう。


「がぁあ!」


 吐血しながら吹き飛ぶ男の子。その衝撃で緑色の石が手から離れた。


「ちょっと!」


 リアは男の子に駆け寄った。ぐったりとしている男の子の手をそっと握る。


「う、うそ……」


 リアがそう言った途端、とてつもない悪寒がおいらの全身を駆け巡った。身体中の身の毛がよだつ。何か得体の知れないものが、おいらの体内を駆け巡っていく。


「い、嫌……」


 リアはおいらを見て、どこかへ逃げてしまった。


「ふ、ぐふぅ!」


 漲るおぞましい力と、変化していく身体においらは呻く。


――殺せ。


 悪意の塊のような声が、おいらに囁く。


――お前の宝物を穢した人間全て、殺せ。


 そうだ、殺さなくちゃ。


 また、おいらの宝物を穢されないように。


 とりあえず、あの村の人たちは、


 殺さなくちゃ。

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