ウリュウの記憶
「ん、んん~」
おいらは目を覚ました。全て木製のツリーハウスは、森の木のにおいが充満していて、おいらはとても気に入っていた。
「あ、目を覚ました? おはよう」
リドがおいらの頭を撫でる。
「えへへ、えへへ」
リドが頭を撫でると、おいらは途端に気持ちよくなってしまう。
「ウリュウは良い子になったね」
リドの言葉はわからないけど、何となく褒めてくれていることはわかった。
「じゃあ、もっと頭撫でてよ」
なんて言ってみる。
「はいはい」
とか言ってリドは仕方なさそうにおいらの頭を再び撫でる。でもおいらは知っている。リドだっておいらの頭を撫でるのが好きなのだ。だっておいらの頭を撫でる時、とても穏やかで優し気な表情を浮かべているから。
「さて、支度しなくちゃ」
リドはそんなことを言っておいらをどかした。おいらは途端に寂しくなってリドの寝巻きの袖を噛んだ。
おねがい。どこにも行かないで。知ってるんだ。リドはどこか遠くへ行ってしまうんだ。
「ウリュウ?」
リドはおいらを見る。
「さみしいよう、リド」
おいらは弱弱しく鳴いた。おいらの気持ち、わかってくれるかい。
「まさか、ウリュウ。分かっているのか」
リドが察してくれたと、おいらは確信した。
「ごめんな、ウリュウ。勝手過ぎるよな」
「さみしいよう、リド。さみしいよう」
おいらは泣くように鳴いた。あまりにもさみしくて、リドの温もりを感じる為に身を寄せた。するとリドは優しくおいらの頭を撫でてくれた。
優しいリド。そんなリドとの別れは近い。
*
「じゃあ、ウリュウを頼むよ」
リドはそう言っておいらをサテナという女の子に差し出す。
「やだ、離れたくない」
おいらは必死に抵抗する。離れたくなかった。お別れはさみしい。リドは親友だから、本当は気持ちよく送ってあげたいけれど。
「ウリュウだって、寂しいんだよ」
おいらはサテナを見た。その表情は凄く歪んでいて、おいらと同じ気持ちだとわかる。
「私も、寂しい」
目に涙が溜まっていた。
「何も一生の別れじゃないんだから」
「そうだけど」
サテナはついに泣き出して、おいらごとリドを抱きしめた。おいらの視界は塞がれた。
「悲しいよ! 今まで毎日会えていたのに」
頭上からサテナの鳴き声が聞こえてきた。涙はリドとサテナの服を伝って、おいらの身体に染みた。
リドは旅に出なくちゃならないんだ。だったら気持ちよく送ってあげなくちゃ。すごく、すごく寂しいけど、おいらもサテナも泣いてばかりじゃ、リドが困ってしまうじゃないか。
「ああもう、わかったよ!」
おいらの声が響いて、リドとサテナは離れた。おいらはリドの手を振り払って、サテナに飛び移った。
「ウリュウ?」
リドは呆気にとられたような表情をしておいらを見た。
「サテナはおいらに任せろ!」
おいらの言葉が通じたのか、泣いていたサテナは笑った。
「ごめんね、リド。寂しくて泣いちゃった。でも、ウリュウが居るから大丈夫みたい」
サテナはおいらに頬ずりした。ほら、モリタテガミの毛皮の感触だよ。気持ち良いでしょ。
「あとはおいらに任せて、リドは安心して旅立っていいよ!」
何となく、おいらの言葉は通じたような気がした。リドはサテナともう少しだけ話をして、村を後にした。その後すぐにテリーってやつが現れて、リドに向かって叫んでいたのをおいらは見た。たぶん、人間の友情ってやつだ。
*
テリーとサテナが一緒に住むようになって、やがてサテナが子供を産んだ。
「リドにも見せてやりたかったな」
テリーは産まれた子供を満足げに見ながら言った。
「いつか、きっと帰ってくるよ」
テリーと同じような表情で、サテナが言う。
木製のゆりかごに布を敷き詰めて、その中に子供を寝かせていた。おいらも気になってその子供を見た。ついでに匂いも嗅ぐ。サテナとテリーの匂いだ。森の匂いもした。
「名前、決めたか」
「うん」
サテナが指先で優しく赤子につっつきながら答えた。
「名前はリア」
「リアか、良い名前だ」
二人は笑った。
*
やがておいらにも恋人が出来た。おいらが恋人を連れてくると、サテナとテリーはたいそう驚いていた。
今日は森で恋人とデートだ。一緒に並んで森の中を歩いていると、よく知っている匂いがした。
「リア!」
おいらはつい楽しくなってしまって、リアを探しに走り回った。
やがてリアを見つけた。そこは見覚えのある場所だった。丸太があって、その後ろには崖があった。その丸太の近くに男の子が立っていた。
「え、あれ……」
おいらはその男の子が握っている緑色の石に気付いた。空模様が悪くて、雨がぽつりぽつりと降り出した。その雨が、緑色の石に当たる。
すると幻影が浮かび上がった。それはずっと前、リドが去った時の幻影だった。サテナとテリーと別れたリドは、この森に入り、この場所においらとの宝物である緑色の石を埋めていたのだ。
おいらは男の子が持っている石が、その宝物だと確信した。
「どうして、おいら達の宝物を持っているんだ!」
おいらは怒りに鳴く。
「ウリュウ?」
おいらの鳴き声に、リアは気付いた。
「おいらの宝物に、触るな!」
思い出を穢されたような気分だった。おいらは我を忘れて、その男の子に思い切り走り出した。
「危ない!」
リアの叫び声。男の子がようやくこちらを振り向くが、遅かった。おいらの突進が男の子にもろに直撃してしまう。
「がぁあ!」
吐血しながら吹き飛ぶ男の子。その衝撃で緑色の石が手から離れた。
「ちょっと!」
リアは男の子に駆け寄った。ぐったりとしている男の子の手をそっと握る。
「う、うそ……」
リアがそう言った途端、とてつもない悪寒がおいらの全身を駆け巡った。身体中の身の毛がよだつ。何か得体の知れないものが、おいらの体内を駆け巡っていく。
「い、嫌……」
リアはおいらを見て、どこかへ逃げてしまった。
「ふ、ぐふぅ!」
漲るおぞましい力と、変化していく身体においらは呻く。
――殺せ。
悪意の塊のような声が、おいらに囁く。
――お前の宝物を穢した人間全て、殺せ。
そうだ、殺さなくちゃ。
また、おいらの宝物を穢されないように。
とりあえず、あの村の人たちは、
殺さなくちゃ。
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