再会
「出たな、魔物」
村から引き返して、再び記憶の森を進んでいたラドが遭遇したのは、目的の魔物だった。
その魔物はとても大きかった。ラドの伸長の三倍はありそうだ。こげ茶色の体毛。ブタの様な大きな鼻を、ふんすかふんすかと動かしていた。口の両脇には大きな牙が伸びていた。眉間から尻尾に掛けて黒い鬣が猛々しく生えていた。
そしてラドは、額にできていた大きなバッテンの傷を見た。
「ウリュウ、お前なのか」
ラドは酷く心を痛めた。ウリュウと思わしき魔物は、白目を向いており鼻息も荒く、正気ではないことは明らかだった。変わり果てた友人。村が滅んだ原因であることも明らかである。
「人間を殺したのか。何故」
ラドは辛そうに目を背けた。
「あれ程、良い子にしろって言っただろうが!」
そう叫ぶと、ウリュウは興奮したようで、態勢を低くして突進の構えに移った。
「せめて、俺の手で」
ラドはマントで隠れていた剣を抜いた。それは剣では無かった。柄の先は、弦楽器を弾くための弓となっていた。
「ヴァイオリンの音色が好きだったよな、ウリュウ」
ラドの手元が光った。光の粒子が弧を描きながらラドの手元に収束していく。光の粒子は密度を増していき、徐々にヴァイオリンの形を成していく。
「さあ、命を擦り減らして踊れ!」
ヴァイオリンが完成すると、ラドは弓を弦に当てて勢い良く引いた。
――ィィィイイイイイイン。
弓と弦が擦れる、心地良くて美しい音色が響き渡った。その音色を聞いたウリュウは、途端に大人しくなった。ラドはそのまま音楽を奏でる。
「どうした。何故踊らない」
演奏を聞いたウリュウの様子が変だった。ふがふがと鼻を鳴らして、身体をびくびくと震わせている。踊る様子はない。
「抗うな! 余計に苦しいだけだぞ!」
しかし理性を失っているウリュウは、苦しい理由が理解出来ない。ただひたすら抗うのみ。
「やめてくれ、ウリュウ」
自らの手により、かつての親友が苦しんでいる。そんな事実にラドは悲しみ涙を流した。
「俺の力が足りないばかりに」
ラドは悔やむ。
――じゃあ、手伝ってあげる。
はっと周囲を見るラド。ウリュウとラドの近くに少女が立っていた。その少女は仄かに輪郭が光っていて、何だか普通ではなかった。
――この辺りで良いかしら。
先程響いたものとは違う、懐かしい声。突如出現した少女から聞こえてきた。
「あれは、サテナ?」
ラドはその少女がサテナだと確信した。
――祭りで披露するんだもの。練習しなくちゃ。
サテナはたおやかに右手を胸に添えた。口をすぼめて、そっと息を吸った。
――耳を澄ませば聞こえてくる。森の意思と風の音。
歌い出すサテナ。
「そうか。これは森の記憶。サテナが祭りで歌う為に、この森で練習していた時の記憶だ」
懐かしき彼女の、可愛らしく美しい声が森中に響き渡る。
「これなら」
ラドはサテナの歌に合わせてヴァイオリンを弾いた。祭りの時と同じように、サテナが歌い、リドが演奏する。
「もういいだろう、ウリュウ」
抗っていたウリュウは、すっかり大人しくなった。
「さあ、踊れ」
「ウオォォォオオオオオオン!」
ウリュウは咆哮し、そして思い切り飛び跳ねた。巨体が宙に跳ねて、そして着地すると地面が少し揺れた。
――草木が揺れると、雨上がりの露が零れて。
ウリュウは海老反りし、リズムに合わせてその鼻を天に掲げる。
――雫が石に落下すれば、森の記憶が歌うのさ。
――記憶が歌えば、鳥たちが鳴いて。
――鳥たちが鳴けば、蝶が飛び立ち。
――その蝶を、森の獣が追いかける。
「さあ。もっと踊れ、ウリュウ!」
ウリュウはまるで、過去の幻影に魅せられているかの様だった。今を忘れ、ただひたすら過去に踊っている。
――森の唄を聴け。きっと何かを取り戻せるから。
ウリュウの身体が輝きだす。光の粒子が、天に上昇していく。
――森の唄を聴け。きっとまた会えるから。
輝くのウリュウの身体が、徐々に透けていく。
――森の唄を聴け。
演奏は終了した。ラドは目を開ける。そこには先程まで歌っていたサテナの幻影も、巨体を揺らして踊っていたウリュウもいない。
しんしんと静まり返る森。ラドはウリュウがいた場所に、何か落ちていることに気付く。
「これは、あの時の石……」
緑色で、表面がつるつるしている綺麗な石。ウリュウとの宝物だった石だ。
「まさか、これを守るために……」
いつの間にかラドの目に涙が溜まっていた。そしてついに涙は目から落下して、ラドとウリュウの宝物にぶつかって跳ねた。
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