数年後
とある町のとある酒場に、一人の男性が入店した。ワインレッドのフード付きマントを身に纏っていた。マントの生地は上質なもので、そのマントのフードを深々と被っているものだから、客の数人から注目されていた。
その男性はカウンターの席に座ると、果実酒を一杯頼んだ。
「そういえば西の村の、何て言ったか。あの村の祭りはこの時期だったよなぁ」
男性は真後ろのテーブル席に座る二人組みの客の話に聞き耳を立てた。
「記憶の森の近くにあるあの村だろ? 滅んだって聞いたけど」
「ああ滅んだよ。なんでも魔物が出たって話だ」
「ひえー、おっかねえ」
「俺はよ、あの村の祭りが好きだったんだ」
「ほお、そりゃまた何で」
「それがよ、すげえべっぴんな女がいてさ。そばかすが目立ってたんだが、それがまた可愛くて」
「なんだ、結局女かよ」
「まあ、祭り自体はどうってことないさ。火を囲んで、音楽に合わせて踊るんだ。俺は今度こそあの人を誘おうと思っていたが、滅んじまった」
「はは。そんなべっぴんさんなら、男の一人や二人いたさ。残念だったな」
男性は聞き耳を止めて、正面にいる店員を見た。店員は女性だった。茶髪で目の下のそばかすが目立っていた。
「あなた、見ない顔ね」
その店員が男性に声を掛けた。
「まあな」
男性は短く返事をすると、酒を一口。
「金髪の髪の毛も、珍しいわ」
男性は返事をしない。
「あなたは冒険者さん?」
「何故そう思う?」
「だって、腰に携えた剣が見えてるもの」
カウンターに肘をついて店員は微笑む。長いマントで隠れているものの、店員の位置からちらりと剣の柄が見えていた。
「ああ、これは剣じゃないんだ」
「えー、嘘よ。どう見たって剣じゃない」
そう言って笑う店員に、男性もつられて笑った。
「確かに俺は冒険者だよ。この町に来たことも金儲けの為さ。ちょうど金の話も聞こえた」
深くフードを被っているものの、男性の口元がにやりと歪むのを店員は見た。
「悪い顔をしているね」
「へへ、まあな。記憶の森の近くの村、知っているか?」
すると店員は驚いたような表情をした。
「あそこに行くの?」
「ああ。あそこに出たっていう魔物を討伐してくる。何か情報はあるか?」
「あるよ。情報も、条件も」
「条件か。どんな?」
「帰ってきたら、私に森や村の様子を教えて欲しいんだ」
店員は少し悲しそうな顔を浮かべた。
「そんなことか。お安い御用だ」
男性は手を差し出す。
「ありがとう」
店員はそう言って握手を交わした。
「俺の名はラド。あんたは」
「リアよ。よろしくね」
*
翌朝。ラドはさっそく馬を走らせて村へ向かった。その道中で大きな森に差し掛かった。
「ここが記憶の森か」
道は舗装されていて、迷うことはなさそうだ。ラドはそのまま森の奥へ入っていく。
背の高い木々が日光を遮っていた。木漏れ日は縞模様に草花を照らしていた。耳をすませば風で草木がそよぐ音が聞こえてくる。遠くの方で鳥の鳴き声も聞こえる。
「雨上がりか。少し空気が湿っているな」
ラドは木の枝の葉を見た。雨の雫が葉の先にあって、それが今にも零れ落ちそうだった。そして、飛んできた鳥によってその雫はついに落ちてしまう。雫はラドを逆さまに映しながら、時に木漏れ日を乱反射させつつ、やがて何の変哲もない石に落ちた。石に落ちた雫は、王冠のように均等に跳ねて分散した。
「な、なんだ……?」
ラドはその分散した雫に、見知らぬ景色が映し出されていることに気付く。その雫に映し出された景色が、脳裏に焼き付いていく感覚を感じた。
「こ、これは……記憶?」
すごく大きなどんぐりが、ひくひくと動いていた。それはウリ、ウリィと可愛げに鳴くモリタテガミの子供だった。金髪の少年がそっと抱き抱えると、遠くから声が響いて、少年は去っていく。
そんな映像だった。その映像にラドは妙な既視感を覚えていた。
「俺は、昔ここにいたのか」
ラドは頭を押さえる。
――そうだよ。
唐突に響く声に、ラドは辺りを見た。
「誰だ」
返事はない。しかし、またどこかの葉から雫が垂れて、それが石に落下した。するとやはり王冠のように雫が分散して、その雫に記憶の映像が投影されていた。
モリタテガミの子供を抱いた少年が、森を進んでいく。やがて丸太に腰掛けると、綺麗な石を拾ってそれをポケットに入れる。少年が立ち上がると、背後の崖から岩が落下してきて、モリタテガミの子供が突進してそれを砕いた。
そんな映像で、やはりラドは既視感を感じた。
「知ってる。そうだ。俺はここに住んでいた」
――おかえり。
また声がして、ラドは周囲を見た。
「森が蓄えた記憶か」
やがて森の出口にたどり着いた。
「まさか、記憶喪失前の記憶を見れるなんてな」
はは、と笑ってラドは森を出た。
*
「うわ。こりゃひでえ」
村に付いたラドは、村の惨状に唖然とした。木々は全てなぎ倒されていて、ツリーハウスの残骸がそこら中に散らばっていた。その残骸に村の住人と思われる遺体が混じっていた。
ラドは村を進んでいく。やがて広場と思わしき場所にたどり着いた。そこは比較的まともな状況で、何より広場中央の噴水はそのままの形で残っていた。
ラドは広場の隅にある出店の残骸を見つめる。
「く、くう……」
ラドは頭を押さえた。
「モンズ、さん。そうか、死んじゃったのか」
ラドは自分が悲しくなっていることに気付く。記憶を取り戻していることを実感していた。
広場を歩いていると、しゃり、と妙な音が足元から響いた。見ると、可愛らしいネックレスが落ちていた。
「こ、これは……」
そのネックレスに既視感を覚えるラド。
「あ、あれ……」
そして訳も分からずに涙が溢れた。
「どうして、涙が止まらない」
膝をガクリと折って、両手を地面につけた。そして溢れた涙は、そのネックレスに付いている花の彫刻が施された緑色の石に落下した。涙は王冠のように跳ねて分散した。その分散した涙には、やはり記憶が投影されていた。
火を取り囲んで人々は踊っていた。金髪の少年と茶髪の少女も、仲良くお互いに手を握り合ってその中に混じっていた。二人は踊りを止めて、人気のない場所に移動する。そして少年がネックレスを差し出して、少女は嬉しそうにそれを受け取った。やがて二人は恋人同士となった。モリタテガミと一緒に日々を過ごし、やがて子供が出来た。両親と同様にそばかすが目立っていた。産まれた子供を見守る、二人と一匹。
「テリー、サテナ……」
ラドは思い出した。かつて親友だった二人。二人のその後を見て、ラドは嬉しいような、悲しいような気持ちになった。
「このネックレスの石も、記憶の森のものだったんだ」
ラドはネックレスをしばらく見つめた後、涙を拭って広場を後にした。
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