別れ

 リドは目を覚ました。柔らかい感触がしていたので見てみれば、ウリュウがリドの腕の中でスヤスヤと寝ていた。


「ウリィ」

「あ、目を覚ました? おはよう」


 リドはよしよしと頭を撫でる。


「ウリ、ウリィ」


 心地好さそうにウリュウは目を細めた。


「ウリュウは良い子になったね」


 部屋を散らかした様子もなく、おしっこもしていないようでリドは上機嫌だ。


「ウリ、ウリィ!」


 リドが褒めていることをウリュウも何となく勘付いていて、褒めて褒めてとせがむ。


「はいはい」

「ウリィ~」


 リドが撫でると、ウリュウは嬉しそうに鳴いた。


「さて、支度しなくちゃ」


 リドはウリュウをどかして、立ち上がろうとした。するとウリュウはリドの寝巻きの袖を噛んだ。


「ウリュウ?」


 リドはウリュウを見た。ウリュウはとても悲しそうな表情をしてリドを見ていた。猪でもこんな悲しそうな表情ができるものなのかと、リドは思った。


「ウリィ~」


 ウリュウの鳴き声は震えていた。悲壮感溢れるその鳴き声にリドは察した。


「まさかウリュウ。分かっているのか」


 ウリュウが何を思って悲しそうな仕草をしているのか、何となく理解したリドは途端に悲しくなった。


「ごめんな、ウリュウ。勝手過ぎるよな」

「ウリィ~」


 ウリュウはやはり悲しそうに鳴いて、リドに身を寄せる。リドは慰めるためにウリュウの頭を撫でた。





「あれ、テリーは?」


 村の入り口で、リドはサテナに言った。


「テリーはいじけちゃって」


 悲しそうな表情でサテナは言った。


「そっか」


 こればかりはテリーを責めることが出来ず、リドはただ短く言った。


「じゃあ、ウリュウを頼むよ」


 抱いていたウリュウを、サテナに差し出す。


「ウリィ」


 しかしウリュウはリドの服を咥えて離れようとしない。


「ウリュウだって、寂しいんだよ」


 サテナが言った。


「私も、寂しい」


 リドはサテナを見つめた。涙を目一杯ためて、サテナはリドを見つめ返す。


「何も一生の別れじゃないんだから」

「そうだけど」


 サテナはついに泣き出して、ウリュウを抱いたリドをそのまま抱いた。


「悲しいよ! 今まで毎日会えていたのに」


 しくしくと涙を流すサテナ。


「ウリィー!」


 ウリュウの大きな鳴き声が響いた。リドとサテナが思わず離れると、ウリュウはリドを蹴ってサテナに飛び移った。


「ウリュウ?」


 先程のしょんぼりしていたウリュウはどこへ行ったのか、サテナに抱かれているウリュウの表情はキリッとしていた。


「ウリ、ウリィー!」


 ウリュウが鳴くと、泣いていたサテナは笑った。


「ごめんね、リド。寂しくて泣いちゃった。でも、ウリュウが居るから大丈夫みたい」


 サテナはウリュウに頬ずりした。彼女はとても幸せそうな表情をしていた。


「ウリ、ウリィー!」


 ウリュウの言葉に、リドははっとした。


「わかったよ、ウリュウ」

「ウリュウは何て言ったの?」

「俺に任せて、安心して旅立ってくれってさ」

「はは。良い子だね、ウリュウ」

「ああ、本当に」


 じゃあ、とリドは地面に置いていた荷物を持った。


「テリーによろしく言っといて」

「うん。ばいばい」

「ばいばい」


 最後の挨拶が済んで、リドはサテナに背を向けて歩き出した。


「リドー!」


 サテナの叫び声。


「必ず帰ってきて!」


 リドは振り返って、手を振ってサテナの言葉に返事をした。


「リドの馬鹿。旅に出なくたって良いじゃない。ずっと一緒に居られると思ったのに」

「ウリィ」


 サテナの呟きに同調しているかのようにウリュウは鳴いた。


「全くだぜ」


 後ろから声がして、サテナは振り返った。すると何かが真横を通り過ぎて、サテナは慌ててそれを目で追いかけた。


「リド!」


 サテナとは違う声が聞こえてリドは振り返った。色白で相変わらず小生意気そうな目をしている少年が立っていた。目の下のそばかすは見えないが、誰なのかリドにはすぐにわかった。


「テリー!」


 リドは嬉しそうにその少年の名を言った。そしてテリーは、右手に握っていた何かを思い切りリドに投げた。太陽の光をきらきら反射させ、やがてリドの手に収まった。それは、祭りの日にテリーがサテナに渡したものと同様のネックレスだった。


「お前の顔を見なくて清々するけどよ!」


 テリーらしいなと、リドは笑う。


「まだまだ文句が言い足りないんだ! だから必ず帰ってこいよ!」


 テリーの言葉はリドの心に突き刺さった。思わず立ち止まってしまう。


「ほんと、素直じゃない奴」


 リドは涙を零して、テリーに聞こえないように呟いた。


「あったりまえだ! 馬鹿野郎!」


 リドは叫んだ。握り拳を作った右手を頭上に掲げた。それを見たリドも、同じように右手を掲げる。


 こうしてリドは旅立った。それは真上にある太陽が眩しい日だった。

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