別れ
リドは目を覚ました。柔らかい感触がしていたので見てみれば、ウリュウがリドの腕の中でスヤスヤと寝ていた。
「ウリィ」
「あ、目を覚ました? おはよう」
リドはよしよしと頭を撫でる。
「ウリ、ウリィ」
心地好さそうにウリュウは目を細めた。
「ウリュウは良い子になったね」
部屋を散らかした様子もなく、おしっこもしていないようでリドは上機嫌だ。
「ウリ、ウリィ!」
リドが褒めていることをウリュウも何となく勘付いていて、褒めて褒めてとせがむ。
「はいはい」
「ウリィ~」
リドが撫でると、ウリュウは嬉しそうに鳴いた。
「さて、支度しなくちゃ」
リドはウリュウをどかして、立ち上がろうとした。するとウリュウはリドの寝巻きの袖を噛んだ。
「ウリュウ?」
リドはウリュウを見た。ウリュウはとても悲しそうな表情をしてリドを見ていた。猪でもこんな悲しそうな表情ができるものなのかと、リドは思った。
「ウリィ~」
ウリュウの鳴き声は震えていた。悲壮感溢れるその鳴き声にリドは察した。
「まさかウリュウ。分かっているのか」
ウリュウが何を思って悲しそうな仕草をしているのか、何となく理解したリドは途端に悲しくなった。
「ごめんな、ウリュウ。勝手過ぎるよな」
「ウリィ~」
ウリュウはやはり悲しそうに鳴いて、リドに身を寄せる。リドは慰めるためにウリュウの頭を撫でた。
*
「あれ、テリーは?」
村の入り口で、リドはサテナに言った。
「テリーはいじけちゃって」
悲しそうな表情でサテナは言った。
「そっか」
こればかりはテリーを責めることが出来ず、リドはただ短く言った。
「じゃあ、ウリュウを頼むよ」
抱いていたウリュウを、サテナに差し出す。
「ウリィ」
しかしウリュウはリドの服を咥えて離れようとしない。
「ウリュウだって、寂しいんだよ」
サテナが言った。
「私も、寂しい」
リドはサテナを見つめた。涙を目一杯ためて、サテナはリドを見つめ返す。
「何も一生の別れじゃないんだから」
「そうだけど」
サテナはついに泣き出して、ウリュウを抱いたリドをそのまま抱いた。
「悲しいよ! 今まで毎日会えていたのに」
しくしくと涙を流すサテナ。
「ウリィー!」
ウリュウの大きな鳴き声が響いた。リドとサテナが思わず離れると、ウリュウはリドを蹴ってサテナに飛び移った。
「ウリュウ?」
先程のしょんぼりしていたウリュウはどこへ行ったのか、サテナに抱かれているウリュウの表情はキリッとしていた。
「ウリ、ウリィー!」
ウリュウが鳴くと、泣いていたサテナは笑った。
「ごめんね、リド。寂しくて泣いちゃった。でも、ウリュウが居るから大丈夫みたい」
サテナはウリュウに頬ずりした。彼女はとても幸せそうな表情をしていた。
「ウリ、ウリィー!」
ウリュウの言葉に、リドははっとした。
「わかったよ、ウリュウ」
「ウリュウは何て言ったの?」
「俺に任せて、安心して旅立ってくれってさ」
「はは。良い子だね、ウリュウ」
「ああ、本当に」
じゃあ、とリドは地面に置いていた荷物を持った。
「テリーによろしく言っといて」
「うん。ばいばい」
「ばいばい」
最後の挨拶が済んで、リドはサテナに背を向けて歩き出した。
「リドー!」
サテナの叫び声。
「必ず帰ってきて!」
リドは振り返って、手を振ってサテナの言葉に返事をした。
「リドの馬鹿。旅に出なくたって良いじゃない。ずっと一緒に居られると思ったのに」
「ウリィ」
サテナの呟きに同調しているかのようにウリュウは鳴いた。
「全くだぜ」
後ろから声がして、サテナは振り返った。すると何かが真横を通り過ぎて、サテナは慌ててそれを目で追いかけた。
「リド!」
サテナとは違う声が聞こえてリドは振り返った。色白で相変わらず小生意気そうな目をしている少年が立っていた。目の下のそばかすは見えないが、誰なのかリドにはすぐにわかった。
「テリー!」
リドは嬉しそうにその少年の名を言った。そしてテリーは、右手に握っていた何かを思い切りリドに投げた。太陽の光をきらきら反射させ、やがてリドの手に収まった。それは、祭りの日にテリーがサテナに渡したものと同様のネックレスだった。
「お前の顔を見なくて清々するけどよ!」
テリーらしいなと、リドは笑う。
「まだまだ文句が言い足りないんだ! だから必ず帰ってこいよ!」
テリーの言葉はリドの心に突き刺さった。思わず立ち止まってしまう。
「ほんと、素直じゃない奴」
リドは涙を零して、テリーに聞こえないように呟いた。
「あったりまえだ! 馬鹿野郎!」
リドは叫んだ。握り拳を作った右手を頭上に掲げた。それを見たリドも、同じように右手を掲げる。
こうしてリドは旅立った。それは真上にある太陽が眩しい日だった。
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