祭り

「はあ? こいつの突進で岩が砕けたって?」


 信じられない、といった表情でテリーは言った。そんなテリーは、紺色の浴衣姿で狐のお面を顔が隠れないように付け、右手に焼きとうもろこしを、左手にイカ焼きを持っていた。


「本当だって。ウリュウが思いっきり岩に飛び込んでさ……」


 ウリュウを抱きながら、それでもリドは身体を揺らして興奮気味に語る。リドも深緑色の浴衣を着ていた。


「でも、本当だったら凄いよね。こんな小さいのに、岩を砕いちゃうなんて」


 わたあめを片手に、サテナが言った。花火柄の浴衣がとても綺麗だった。


「モリタテガミの力を舐めちゃいけないぜ」


 祭囃子に混じって渋い男の声が聞こえたので、リドは振り返った。広場の隅で果物屋をやっているモンズが、りんご飴の屋台をやっていた。


「モンズさん。モリタテガミって?」


 リドが傍まで寄って尋ねる。


「なんだお前ら。知らねえのか」


 とモンズ。


「うん、知らない。教えてよ」


 とリド。


「ん」


 モンズは手のひらを差し出す。


「ほら、ウリュウ」


 リドは抱いていたウリュウの鼻先をモンズの手のひらにくっつけた。


「ウリ、ウリィ!」


 するとウリュウは嬉しそうに鼻先をすりすりした。


「うわっ! 馬鹿っ! きたねえ!」


 モンズは慌てて手を引っ込めた。


「馬鹿野郎! そうじゃねえ! 教えて欲しかったらりんご飴一つ買えって言ってんだ!」

「ええ。モンズさん、ケチ臭い」


 リドが不満そうに言った。


「ケチ臭いだあ? おめえ、この前の滅茶苦茶にされた果物代、払ってねえだろうが。りんご飴一つくらい払えっての」

「うぅ。わかったよ。じゃあ一つ頂戴」


 リドはポケットからお金を取り出して、それをモンズに渡した。


「まいど。ほら」

「モンズさん。教えてよ。モリタテガミ」


 リドは受け取ったりんご飴を一舐めして言った。


「モリタテガミはな。ウリュウの種別だよ。ほれ、背骨辺りの毛がいっぱい生えてるだろ? これが大人になると見事な鬣になるんだわ」


 へえ、とリドはウリュウをまじまじと見た。


「ウリュウ。お前、モリタテガミってやつなのか」

「気を付けろよリド。お前が見た通り、モリタテガミの突進はかなりの破壊力がある。お前、その突進を人間が喰らってみろ?」


 リドは想像して、ゴクリと生唾を呑み込む。


「すぐに魔物になっちまうぞ」


 モンズはそう言って凄む。


「はは。お、脅かさないでよ」


 冷や汗をかきながらリドは言った。


「まあ、モリタテガミは温厚で賢いから、そんなこと有り得ないがな。子育て中さえ気をつければ大丈夫さ」


 がはは、とモンズは豪快に笑った。


「ねえ、リド。そろそろ行こうよ。あっちで踊りやってるよ」


 サテナが言った。


「そうだね。モンズさん。ありがとう!」

「おう。せっかくの祭りだ。楽しんで来いよ」


 リドとテリーとサテナは、焚火を取り囲んで愉快に踊っている集団のもとへ向かった。


 『モリノダンス』と呼ばれるその踊りは、村に伝わる伝統的な踊りである。中央に火を灯して、笛と太鼓で軽快な音楽を奏で、それに合わせて手を叩きステップを踏むのだ。


「けっ! 踊りなんて、面倒くさいだけだろ」


 テリーは動くのが嫌いで、実は恥ずかしがり屋でもあった。ふと手元を見ると、テリーらしくない、可愛いらしいネックレスを握っていた。緑色の石に花の彫刻が施されていたそのネックレスは、サテナにプレゼントするのだとリドはすぐにわかった。


「ほら、テリー! 一緒に踊ろうよ!」


 そう言うサテナは、テリーと違って身体を動かすのが大好きだった。リドはテリーが握るネックレスとサテナを交互に見た後、はあ、とため息をついて、テリーの耳元で囁く。


「ほら、大好きなサテナが誘ってるぞ。行ってやれって」

「う、うるせぇ!」


 テリーは顔を紅くしながらも、仕方なさそうにサテナの方へ向かった。


「ウリュウ、僕たちも行こう!」


 リドは演奏者からヴァイオリンを借りると、音楽に合わせて軽快に奏でる。


「ほらウリュウ! 踊れ!」

「ウリィ!」


 ウリュウはリドのメロディに合わせて、夢中で飛び跳ねる。


「はは! 良いぞリド!」

「やるじゃねえか、ウリュウ!」


 周囲の者たちがウリュウとリドに注目する。やがて手拍子が始まり、ウリュウとリドを囲って適当に騒ぎ始めた。


「ほらウリュウ、ジャンプだ!」

「ウリィ!」

「続いてターン!」

「ウリ、ウリィ!」


 リドとウリュウがそんな芸をしていると、テリーと踊っていたサテナが焚火の前に立った。


 先程とは打って変わって静まり返る。しかしそれは緊張ではなく、サテナに対する期待の表れだった。


「サテナ、今日の為に毎日森で練習してたんだ」


 先程までサテナと踊っていたテリーが、リドに囁いた。リドはテリーのポケットにネックレスが入っていることに気付いた。


「テリー、お前まだ渡せてないのか」

「う、うるさい。これが終わったらもう一度踊って、その後に渡すよ」


 そんな会話をしていると、サテナはたおやかに右手を胸に添えた。口をすぼめて、そっと息を吸った。


「耳を澄ませば聞こえてくる。森の意思と風の音」


 少女らしい可愛げな、それでいて美しい歌声が響く。


「草木が揺れると、雨上がりの露が零れて」


 サテナの歌声に合わせて、リドがヴァイオリンを奏で始めた。


「雫が石に落下すれば、森の記憶が歌うのさ」


 そして他の演奏者たちも、徐々に奏で始めていく。


「記憶が歌えば、鳥たちが鳴いて」


 やがて手拍子が始まり、


「鳥たちが鳴けば、蝶が飛び立ち」


 そして熱烈に踊り始める。


「その蝶を、森の獣が追いかける」


 ヴァイオリンを弾きながら、リドはウリュウにウインクした。ウリュウは途端に楽しくなって、曲に合わせて飛び跳ね始めた。


 夜宴は、焚火が消えるまで続いた。

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