森の唄とイノシシダンス

violet

出会い

 すごく大きなどんぐりが、ひくひくと動いていた。


「ウリ、ウリィ」


 鳴いたものだからよく見てみれば、それは小さな猪の子供だった。


「おーい、リド! どこ行ったんだー!」


 リドと呼ばれたその少年は、生い茂った草から顔を出しているその子猪を優しく抱き上げた。


「今行くー!」


 そう大きく返事をすると、リドは子猪に顔を寄せる。子猪の瞳にリドが映っていた。金髪は目にかからない程度の長さで、瞳は青かった。肌は普通の色で、傷もしみも無い。リドは自分の顔を瞳越しに見ると、にっこりと笑って言った。


「お前は、今日からウリュウだ」

「ウリ、ウリィー」


 ウリュウは嬉しそうに鳴いた。





 リドは異臭で目を覚ました。サファイアのような瞳が、ツリーハウス内をくまなく巡った。


「うわ、なんだこれ」


 テーブルやイスはひっくり返っていて、キッチンに置いてあった木製の食器は床に散乱していた。そしてリドが寝ていたベットの掛け布団には、ウリュウのおしっこが深く染みていて、大きなフンがその横に添えられていた。


「ウリュウ!」


 たまらずリドは怒鳴った。


「ウリ、ウリィー!」


 自分の名が呼ばれて嬉しくなったウリュウは、リドに向かって全力疾走。その勢いのままベットを飛び越え、リドの腹に突進した。


「ガァフッ!」


 そんなうめき声を漏らして、リドは蹲った。


「頼むから、いい子にしてくれ……ウリュウ……」


 リドは、そのまま意識を手放した。





「ウリュウの親を探そう」


 村の広場の噴水前に立って、リドは言った。


「けっ! 何で俺がそんなことを」


 正面に立っているテリーが言った。むっとリドはテリーを睨む。色白な奴だった。金髪で、小生意気そうな目をしていて、その目の下にそばかすが目立っている。身長は145センチくらいで、リドと同じ程度だ。


「テリー、お前この前」


 そう言いながら声を潜めて、テリーの耳元で囁く。


「サテナのことチラチラ見てたろ。好きなのバレバレなんだよ。手伝わないとチクる」


 にやっとしながらリドは離れた。そして改めてテリーを見た。苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「私もいいよ。でも、どこ探すの」


 そのリドの隣に立っている、サテナが言った。ショートカットの茶髪が可愛い女の子だった。目が大きくて、肌は綺麗で、でもやはり目元のそばかすが目立っていた。


「そりゃあ勿論、ウリュウに出会った記憶の森だよ」


 リドが言った。


「おーい、リド。これはお前が払ってくれるんだよなあ?」


 広場の隅でいつも果物の出店を開いているおじさんが言った。見るとウリュウがその果物を食い散らかしていた。


「ウリュウ!」


 リドは怒鳴ると、すぐに駆け寄ってウリュウを取り押さえた。


「モンズさんごめんなさい。ウリュウ、頼むからいい子にしてくれって」

「はっはっは。ウリュウのおかげで大儲けだよ」


 笑うモンズ。リドは青ざめた。





「じゃあ手分けして探そう」


 記憶の森の入り口は開けており、ちょっとした広場になっていた。広場の中央にある大きな切り株の前で、リドは言った。その広場から北、東、西に道が伸びている。


「僕は北。テリーは東。サテナは西ね」


 三人はそれぞれの道へ進んだ。リドはウリュウを抱いて、周辺を見渡しながら進んでいく。


「空気が美味しい。良いところ住んでたよね、ウリュウ」

「ウリ、ウリィ」


 そうだよ、とウリュウは言ったのかも知れないとリドは思った。風がひゅうと吹き抜けた。木々がざわめく。すると木漏れ日が揺らめき、ウリュウの縞模様が複雑になる。


「ウリュウ、ここはね」


 と、リドは語り掛けた。


「記憶を蓄える森なんだよ。この森に住んでいる草や花、木や石とかがね、人や動物達の記憶を覚えているんだ」

「ウリィ?」


 ウリュウは首を傾げる。


「はは。ウリュウには難しいかな」


 リドは笑う。


「なんかごめんな。あの時、僕が考えなしにウリュウを連れて行ったものだから。もしかしたらウリュウの家族が側にいたかも知れないのに」

「ウリ、ウリィ」


 するとウリュウはすりすりとリドに頭を擦って甘えた。まるで「僕はリドが好きだから、良いよ」と言っているようだった。


「もう、ウリュウは可愛いなあ」


 リドはウリュウの愛くるしいその仕草に堪らなくなった。


「ちょっと疲れたね。休憩しようか」


 リドは丸太を椅子代わりに腰かけた。そしてウリュウをそっと放す。真後ろは反り立つ崖のようになっていた。


 リドは空を見た。ちょうど太陽は真上にあった。そろそろお腹が空く頃だ。


「ウリュウの親、見つからないね」


 リドは言った。ウリュウはリドの側でじっとしている。珍しく大人しくて良い子だ。


「あれ」


 リドは丸太のすぐ近くに、光る何かを見つけた。手を伸ばしてそれを手に取る。


「なんだ。ただの石か」


 それは緑色で、磨いたように表面がつるつるだった。木漏れ日が丁度その石に当たってキラキラ輝いていた。


「でも、凄く綺麗だなあ」

「ウリ、ウリィ」


 ウリュウも興味津々でその石を見る。


「この石も、僕たちの記憶を覚えているのかな」


 リドは言った。そう思うと何だか特別なように感じるのだった。


「ウリュウ、この石は僕たちの宝物にしよう」

「ウリ、ウリィ!」


 リドはその石をポケットに入れると、さて、と立ち上がった。その時だった。


 ガラン。


 妙な音が響いて、リドは真後ろの崖を見上げた。


「えっ」


 大きな岩が崖を転がって落ちてきていた。ガラン、ガランと岩肌を削りながらバウンドし、やがて突起にぶつかって一際大きく跳ねるとそのまま崖を離れて落下していく。落下先は丁度リドがいるところだった。


「ウリィ!」


 傍に立っていたウリュウが鳴いた。助走をつけて思い切り飛ぶ。そのジャンプはリドの頭上をゆうに超えて、落下する岩とウリュウがぶつかった。


「ウリュウ!」


 リドは思わず叫んだ。


 ドカンと爆発音に近い、轟音が響いた。森に住む鳥たちが驚いて一斉に飛び立った。そして落下してきた岩は粉々に砕け散った。


「ウリュウ!」


 リドはもう一度叫ぶ。


「ウリ、ウリィ!」


 そんな鳴き声が聞こえたかと思えば、ウリュウがリドに飛び掛ってきた。額にバッテンの傷が出来ているが、とても元気そうだ。


「ウリュウ! 良かった。無事だったんだ」


 しっかりとウリュウを抱いたリドは、少し涙目で言った。


「ウリ! ウリ!」

「痛い。痛いよウリュウ」


 ウリュウは気が立っているようで、リドの胸を小突く。まるで「危ないだろ。気を付けてよ」とリドを怒っているようだった。


「ごめん、ごめんって」


 謝りながら、リドは笑っていた。

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