最終譚 精一杯、生きていく


 ここではないどこか。

 そこで、青年は神に一つの願いを伝えた。

 

 神は青年の願いを聞き入れ、叶えることを約束した。


 青年の願いは、唯一つ。

 『願わくば、この世界に生きた全ての者たちに未来を』――。




□―――― 王都トゥルニカ




 テリオル国王の治める王都トゥルニカ。

 今日は世界中が喜びを表す特別な日。それは王都トゥルニカでも例外ではなく、多くの人々が右往左往する城下町では、数多くの商人たちの声が飛び交っていた。


「さあさ、寄っていきな! こんなめでたい日にお金を使わないだなんて勿体ない!」

「今日は年に一度の特別な――勇者祭だよォ!」


 勇者が世界を救ったことを記念して、勇歴が始まったと同時に例年開かれることになったのが勇者祭。

 それが始まってから、今日で丁度五十回目を迎えていた。


 街を往く人々が足を止め、露店の商品に目を移す。

 往来人、商人、警備に務める兵士たちの表情は、揃って笑顔で溢れていた。


 そんな城下の様子を城のテラスから眺める影が二つ。


「人々が溢れておるのぉ……楽しそうな、幸せな音色がここまで伝わってくる」


 自慢の顎鬚に触れながら、微笑みを浮かべる男。この男こそ、王都トゥルニカの国王――テリオル。


「……平和なのは良いことじゃ。しかし、退屈な日々が続くのはこう、あれじゃの……」

「陛下、ご冗談が過ぎますよ」


 そんな国王の傍らに立つ兵士が言う。

 国王はぶっきらぼうに言う兵士に、呆れながら。


「ここには余とお主しかおらぬのじゃから、もう少しその仏頂面をどうにかせんか……」

「……ちっ、わぁーったよ。こんな真昼間から爺二人でなんて、これだから嫌だったんだ」

「魔王と盟約を結んだ男がこんなだとは、誰も信じぬじゃろうな……近衛兵長――いや、勇者リヴェリア」


 名を呼ばれた兵士は一蹴し、テラスの縁に寄り掛かる。


 リヴァリアと呼ばれた男こそ、五十年前に魔王と盟約を結び、世界を救った人物である。


「よせよ、もう五十年も前の話だ。あの頃の俺は純朴な少年だったのさ」


 兵士の返答に、国王は苦笑いを浮かべた。


「今も昔も変わらんじゃろ……、城に忍び込む小僧を純朴少年とは言わん」

「そうかぁ? しっかし、あれからもう五十年か。随分とあっという間だった気がするぜ」

「あっという間、か……。不思議と余はそう思えぬのじゃ。もっと永い時を過ごしたような……そんな感覚に見舞われる」


 二人揃って、物思いに耽る。

 民衆の声を良き音楽として聴きながら。


「――そういえば、そろそろ使者が来るころじゃの」

「ああ、あの辺境の村の奴か。どっかで野垂れ死んでいなきゃいいがな」




□―――― エルフィリム




 世界で最も特別な日。

 妖精族の国でも、また新たに特別な出来事が起きようとしていた。


「さあ、前へ」


 大臣の言葉に、若き妖精の女性が女王陛下の御前に平伏す。

 謁見の間に集う妖精国幹部たちに見守られながら、若き妖精の女性は女王陛下から誉の証――妖精女王の王冠を授かった。


「貴女の功績はとても素晴らしいものでした。これからも、妖精間の隔たりを無くすため……妖精の国を守るために力を貸してくれますね?」

「承知しました。アタシ――いいえ、私、アザレア・フェル・フィオレンティアの名に恥じぬよう、精一杯精進いたします」

「今ここに、新たな女王が誕生しました。妖精も高位妖精、半妖精や黒妖精など関係ありません。我らは皆同じ妖精族。その礎となるよう、精一杯尽力してください。妖精女王アザレアよ!」


 謁見の間に、喝采が広がった。

 勇者祭という特別な日に、新たな女王が誕生したのだ。


 歓声を浴びながら、御披露目の為に城下へと向かうべく謁見の間の扉を開く。

 扉を開けた先で新女王を待っていた妖精族の男は、隣に並び立ちくすりと笑った。


「これはこれは女王陛下、随分と凛々しくていらっしゃる様子で僕は嬉しいよ」

「口を慎むことね、兄様。そんな様子では護衛騎士長の名が泣くわよ」

「相変わらず僕に対する扱いが酷いと思うんだけど!?」


 他愛ないやり取りを躱交わし、広場へと向かっていく。

 

 妖精女王の子として生まれた双子の兄妹。

 代々女性が国を治める慣わしにより、妹――アザレアが王位を継いだ。兄――グラジオラスはそれを反対することなく、むしろ彼女を支えられるようにと護衛騎士長として、側で護ることを誓った。


「これからは休む暇すら与えないほど仕事増やすから覚悟しなさいよ」

「ああ、僕はどこで道を間違えたんだ……こんなことなら旅にでも出ればよかった!」


 いつになっても仲睦まじい兄妹の姿を見て、大臣たちは平穏な未来が来ることを確信する。

 この二人であれば、この国をより良い未来へと導いてくれると。


「旅、ね。よくはわからないんだけど、何故かしら? これから先、そう遠くないうちに……私たちの運命を変えてしまうような出来事が起こるような気がするのよ」


 妖精女王アザレアの言葉に、護衛騎士長であるグラジオラスが苦笑いを浮かべた。

 だが、そんな表情を浮かべながらも、同意するように頷いて見せる。


「またそう言って突拍子もないことを――って言いたいところだけど、奇遇だね。実は僕も……そんな気がしてるんだ」

「ま、そんなことあるはずもないから夢は見ない事ね。アンタはここでアタシの為に尽力するのよ!」

「うへえ、嫌だあ! 誰か僕を連れ出してくれえ!」


 妖精女王が引き連れた行列は、広場へと姿を見せる。

 広場に集まった妖精たちの拍手喝さいが、辺り一帯に響き渡った。




□―――― ビストラテア




 ビストラテア北区の住宅密集地。

 その路地を道なりに進んでいくと、ちょっとした平野に出る。

 そんな平野の一角に見える、古びた木造の家。


「準備はできたか?」


 その家の入口に立ち、中に声をかける黒妖精の女性。

 彼女の言葉に対し、家の持ち主は大きめな声で返答した。


「ごめんっ! もうすこしだけ待って!」

「まったく。あれだけ準備しておけと話していただろう」


 呆れたように溜息をついた黒妖精が、空を見上げる。

 

 雲一つない、澄み切った青。

 燦燦と輝く太陽は、これから旅経つ彼女たちを祝福しているかのようだった。


「……良い天気だ」

「おまたせっ! って、空見上げてどうしたの?」


 無邪気に笑いながら、荷物を抱え出てきた半獣人の女性が問う。

 その問いかけに、黒妖精は微笑みながら瞳を閉じ、「なんでもない」と言いながら家を離れていく。


「すごい良い天気だね! よーし、今日も頑張るぞぉ!」

「ああ、本当に……な。そういえば耳にしたのだが、近々武闘大会を開催するみたいだな」

「うん、ビストラテア名物の武闘大会! 今回はきっと大勢の人が集まるんじゃないかなあ?」


 年に一度開催される、戦いの祭典。それこそがビストラテアの名物である武闘大会。

 世界各国から猛者が集まり、最強の称号をかけて勝ち抜いていく様を見に、この国を訪れる者も少なくない。


「今回も出るんだろう?」

「……うん、勿論。お父さんとの約束だから」

「そうか。なら、修行も精進しないといけないな」


 二人は笑みを見せながら、今日も修行に赴く。

 武闘大会を勝ち抜き、世界を見て回る旅に出るために。


「今日もよろしくお願いします! メリさん!」

「着いてこなければおいていく。弱音は吐くなよ、シャール」




□―――― キテラ王国  




「――では、早速始めてくれ! ここからはより本格的になるぞ!」


 青年の号令により、玉座の間に集まった貴族たちが一斉に動き出す。

 その様子を見ていた老爺は、感心した様子で青年のもとへ歩み寄った。


「随分と気合が入っておるようだな。その姿を見ることが出来れば、儂も隠居して正解だと思うことができるぞ」

「陛下! そのような言葉、私にはまだ勿体なきもの……」


 陛下と呼ばれた老爺は小さく笑いながら、青年の肩を叩く。


「陛下はよせ。今の国王はお主だ、ロベルト。お主であれば、この国をより良い未来へ導いてくれると信じておるよ」

「しかし、私ではまだ力及びません。奴隷制度の廃止や、貴族制の撤廃など……実現には程遠い。ですから、父上にも力を貸していただきたいと思います」

「勿論だ。儂にできることがあらば何でもしよう。とはいえ、今日は勇者祭……少しぐらいは肩の力を抜いてもいいのではないか?」


 その言葉に、ロベルト国王は首を振った。

 

「……いえ、今日だからこそ、より力を入れなければならない――そんな気がするんです。不思議な話ですが、この国をより良い未来に導くよう約束したような……そんな憶えが頭を過るんです」

「そうか……。お主がそう言うのなら、何も言うまい」

「お心遣い感謝します。さて、では私もそろそろ……軍議の時間がありますので」


 少しばかり腹部を抑え、困ったような表情を浮かべるロベルト国王を見て、老爺は静かに頷いた。


「……うむ、七騎士か。問題児の軍議とは、胃が痛むな……」

「胃薬を飲んでから向かうようにします……」


 老爺に一礼すると、ロベルト国王は軍議室へと向かっていく。

 その後ろ姿を見た老爺は微笑みながら、国の未来へ想いを馳せることにした。




□―――― 辺境の村




 トゥルニエル大陸の中央に位置する王都トゥルニカ。

 その王都より西のはずれ。人も寄り付かないような辺境の地には、とある村がある。


 そこに住まう人々は皆が白髪で、常人よりも高い魔力を持っている。

 彼らの存在が確認されたのはほんの数年前。それ以前は、彼らが存在していることすら認知されていなかったのだ。


 そんな辺境の村の小さな一軒家。そこでは、一つの家族が昼食を迎えようとしていた。


「あなた、できた昼食を机に運んでくれる?」

「ああ、わかったよ。エルヴィラ」


 台所で昼食を作っている女性に呼ばれ、男は二つ返事で了承する。


「そろそろお義母さんも来てしまうかしら?」

「いいや、あの人のことだ。もう少し掛かるだろう」

「そう? あなたのお母さんだもの、少し早めに来てしまうんじゃないかしら?」

「それならそれで準備を手伝ってもらうだけさ。そのくらい、いいだろう?」

  

 男は昼食の載った皿を机に並べると、窓際に腰掛ける愛しの息子に声をかける。


「シルヴィアのおばあちゃんがそろそろ見える頃だ。お前も準備をしなさい」

「うん、わかったよ。って、もうそんな時間なんだ……」

「……心配か?」


 男が問いかけると、少年はまさか、と答えた。

 自信満々な表情に、思わず男は笑ってしまう。


「だって、僕のお兄ちゃんだよ? 心配しなくても大丈夫だよ」

「そうね、あの子はどんな時だって一生懸命で、諦めの悪い子だもの。それでいて、やると決めたらやる子だし、何と言ったって私たちの子ですもの……ねえ、ギルヴァンス?」

「クハハ……、その通りだな。俺たちの息子なんだ、何も心配はいらない。なあ、そうだろう――?」


 窓際に立ち、空を見上げた男は自慢の息子を思い出す。

 その時、扉が軽くノックされると同時に老婆の声が耳に入る。


「おっと、エルヴィラの読み通りだったようだな。さて、準備を手伝ってもらうとしよう」


 穏やかな時間が流れていく。

 当たり前のように思える時間が、彼らにとってはとても大切なものに思えていた。




□―――― 王都トゥルニカ




 王都にある教会。

 その中で、空色の髪をたなびかせた女性が庭園を掃除していた。


 ベールを身に着けずにいる彼女は教会人から見ても異質ではあったが、人柄の良さか特段気にかけられることもなかった。


「セレーネ、今日も清掃に身が入っていますね」


 そんな彼女に声をかけてきたのは、中年の女性シスター。

 彼女自身、普段からお世話になっているとても良き先輩だった。


「ええ、今日は勇者祭ですから……普段以上に綺麗にしておかなくては笑われてしまいます」

「一体誰に笑われるというのです……神を信じているのならまだしも、貴女は一切信じていないではありませんか」

「それは、そうですが……」

「本当に疑問だったのですが、貴女は一体どうしてシスターになったのですか? 今の時代、働き口など自由に選べるのですから、神を信じていない貴女がわざわざシスターになる必要などなかったでしょうに」


 先輩シスターの問いに、セレーネは言葉を詰まらせる。

 

「……使命感、でしょうか」

「使命感ですか?」


 不思議そうに小首を傾げる先輩シスター。

 そう思うのも無理はない。セレーネ自身、自分がなぜシスターになりたかったのかよくわからないのだ。

 

 教会人にならずとも、選択肢など山ほどあったはず。

 それなのに、神を信じていないのにも関わらずシスターを選んだのは、使命感のようなものに導かれてに他ならない。


 シスターにならなければいけない。その考えが、頭の片隅に引っかかったままなのだ。


「貴女はかの英雄キーラ様の血縁者であり、外見も良いのですから王宮仕えでも良かったのではと思いますが……。貴女の御父上、ムルモア卿からも散々言われているのでは?」

「……でも、私はシスターでなければならないのです」

「……少々出過ぎたことを言いました。許してください、セレーネ」


 先輩シスターは頭を下げると、手を振ってその場を離れていく。


 残されたセレーネは一人、悩みを片付けられずにいた。

 どうしても、シスターになったわけを考えてしまう。


 憧れがあったわけでもない。強い思い入れがあるわけでもない。

 それでも、彼女はシスターにならなければいけないという使命感にかられ、ここまで来てしまった。

 後悔しているわけではないが、胸に何かがつっかえたままなのだ。


 セレーネは清掃を一時中断すると、ある場所へと足を向かわせる。


 その場所は、聖堂。

 悩みがあったり、悲しいことがあったりするときは決まってそこに向かい、お祈りをしていた。

 祈りをささげている時だけは、何もかも忘れられる。何も考えずにいられると、彼女は思っていた。


 いつも通り、聖堂の扉を開く。

 しかし、いつものような人だまりは見られず、聖堂にいるのはセレーネ唯一人だった。


 今日が五十周年を迎える勇者祭だからなのだろう。人々は皆、街にくりだして祭りを楽しんでいるはず。

 そう思いながら、静寂に支配された聖堂の中を歩き、中央へ向かう。


 聖堂の奥にそびえる女神像。人々は決まって、この像に祈りを捧げる。

 勿論、彼女も例外ではない。


「……教えてください」


 ぼそりと、セレーネの口から漏れ出た言葉。


「……私は何故、シスターになったのでしょうか」


 返答は帰ってこない。


「……私は何故、ここにいるのでしょうか」


 静けさが彼女の心を締め付ける。


「なんて……何を言っているのでしょうね、私は――」


 瞬間。

 聖堂の扉が、ゆっくりと音を立てて開いていく。


 セレーネがその音に釣られ、振り返る。


 そこに立っていたのは、青色の瞳をした白髪の青年。

 ここ一帯では見かけないような旅人のような出で立ちをした青年。


「……貴方は――」


 セレーネの声を遮るように、青年が口を開く。


「ようやく……辿り着いた。初めまして、シスター」


 青年は微笑みながら、言葉を紡ぐ。


「俺と、世界を周りませんか? シスター……いいや――」


 時が止まったような感覚を覚える。

 いや、止まっていた時が動き出すような、そんな感覚。


 セレーネは青年に対し、微笑みを浮かべる。

 その瞳からは、一筋の涙が零れていた。




――この世界に生きる彼らの時は、今動き出す。

 彼らの運命は、きっと誰にもわからない。


 わかることはただ一つ。

 未来に何が待ち受けていようとも、彼らは生きていく。


 この世界を精一杯、生きていく。






終章  再誕の勇者  終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

再誕の勇者 ~三度目の正直信じて今日も精一杯生きていく~ はるば @haruba1985

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ