第2話

「まず僕の話を聞いてほしい」

 と、男……青年というには幼い彼は物置からボストンバックを引きずり出して言う。

「僕は決して君たちに害なすものではない」

「帰りたいいい」

 これは花奈。

「害なしてる」

 これは立樹。彼女はずっと少年というには大きな彼を下から睨みつけていた。

 二人は直射日光の降り注ぐ中、やすやすと彼に縄跳び縄で背中合わせに縛られて転がされた。

「ぼくはただ安全に着陸しただけなんだけどなあ……。

 ただ君たち二人がここにいるのは想定外だった。ごめーんね」

「ごめーんねってなにいい」

「ふざけてんのか」

「まじめ。

 ええと……ほんとに。JAXAにも外務省にも許可は取ってあるんだほんと」

 ジャクサ。

「え、なんだっけそれ」

 こそこそと背後の立樹に尋ねるが立樹も一瞬遅れて答えを叫んだ。

「宇宙計画とかするとこだ! ハヤブサ!」

「え?

 なんで?」

「つまりこの野郎宇宙人ですうって言いたいんじゃない……」

「やばい」

「やばいな」

「物分りが良くて助かるう」

 彼は先ほどから茶色いボズトンバッグの中を漁っていたのだが目的のものを探し出して嬉しそうに何かしらの声をあげた。その声の頓狂さに二人はびくりと身をすくめた。

「これこれ記憶いじるやつ」

「またやばいこと言い出したよ花奈」

「もう逃げようよお」

 ほとんど泣きながら花奈が立樹に訴えた。というか立樹も逃げたいのだが。縄跳びは丁寧に各自の足も拘束している。別に宇宙人を自称したいらしい彼は器用ではないらしく、きつく固く結ばれているわけではないのだがそれなりに結び目はややこしくそして恐怖心がそれを無理やり解くのを邪魔していた。

 母や教師曰く。

 危ない人は刺激してはいけない。

 それはたまに合う下衆な痴漢に感じる恐怖に似ている。要するに二人は小さくだがパニックを起こしているのだ。少し我慢していれば通り過ぎるんじゃないかとも思い始めていた。

 ここで読者のために訂正したい。

 危ない人を刺激する前に逃げ去れ。

 これがおそらくは正しい。

 彼は万年筆に光るイソギンチャクをくっつけたようなものを太陽に向かってかかげた。するとイソギンチャクがうねうね激しく動き出す。

「ふむ」

 彼は何かをぶつぶつ呟きながらメモ帳らしきものを取り出した。

「ねえ、やっぱ逃げよう」

「どうやって逃げる?」

「これ外せると思う」

「マジで! アタシの方からは無理……」

 突然彼はイソギンチャクを食べた。

 二人は絶句する。

 咀嚼する間彼は目を閉じていた。と、花奈が縄跳びを解いた。二人は無言で各自の足の縄もほどき……。

「ああだめだよ」

 走り出した二人の後ろでぽん、と変な音がしたと思えば二人は動けなくなっていた。そのまま熱いコンクリの上に座り込む。

「ごめんね。

 今話するからちょっと待って」

 と言って彼は何かしているが背を向けた二人には見えなかった。二人は直立したまま動けない。金縛りのような、苦しくはないが一ミリも動けない。

「これはティーザー銃のだいぶ優しいやつで……地球人に効くってラッキーだったなあ。ええとねじゃあそのまま聞いてて。」

 言いながら彼は屋上と階下を結ぶ扉に掃除用具のモップで厳重な鍵をこしらえた。

「僕は宇宙人です。この地球に流刑にあったフィアンセを探しに来ました」

 二人は目くばせをしてから声をそろえて叫んだ。

「どうぞ!!!!」

「どうぞご自由に!!」

「そこの物置? が着地点だったんだよね。ええと移動装置……何て言うんだろうあんまり僕も詳しくないんだ。とにかく移動してきて、

「なん……なんて?」

「わかんない立樹がわかんないのならあたしも分かんないってえ」

「つまり僕のこと不審者だと思うよね」

「思う」

「思わないから花奈だけでも助けて」

「立樹そんなこと言わないでよー!」

 なんとなく彼は鼻白みつつ両手を広げた。

「今僕のことを人間は地球にいないんだ。

 でも君たちは理解できてしまう、光見ちゃったし。つまりつまり君たちは今世界のほころびなんだ」

 と言ってメモ帳のようなものを眺め、彼はそこに書いてあるのだろう文言を読む。

「ほころびが生じた場合それから帰艦まで目を離さぬこと」

 聞いてはっと立樹は閃いた。

「帰ってください!

 あんたが帰れば元に戻るってことでしょそれ!

 帰ってええええええ」

 語尾が妙なことになったのは彼がボストンバックからノートパソコン(らしきもの)を取り出し開き、するとおそらく等身大の地球人……というか日本人というか同じ学校の制服を着た少女の(たぶん)映像が立体的に出てきたからだ。

「僕はラッキーです。

 彼女が僕のフィアンセ。つまりあなた方と同じ生徒。あなた方から目を離さず、彼女を探す……いいえ、あなた達が彼女のもとに僕を連れて行ってくれれば君たちの短期記憶を偽造して帰ることができます」

「偽造……」

「花奈ちゃん細かいことは気にしないことにしよう。帰ってもらおう」

「帰りません。僕は彼女を探すんだ!

 同じ学校、あなた達は知ってるんでしょう? この美しい冤罪者を」

「見たこと無いから帰って」

 花奈が事も無げにぽつりと言った。彼は怒ったのか、むっとした顔で

「いじわるですね」

「いやいやうちの学校の規模知らないでしょ」

 立樹がげんなりした風に顎で校庭の方を指す。

 いまだ動けない二人を置いて、校庭の方、校舎の方を彼は見た。

 校庭自体は小さい。それを囲う校舎が問題だ。

「……五階建て?」

「地下室付き」

「教室は三十三個、理科室とか除いてね、つまりつまり……」

「ひとクラス五十人いるんだよ」

「五十人……いる教室が三十三個?」

「そういうこと。

 正直あたしら三年だけど知らない同学年の子とかいる」

 彼は思案しているようだった。自分の足元を見つめて腕を組んでいる。

「どっちにしろ君たちを監視しなければならなくて……そうだな」

 ちょっと待って、と彼は携帯電話を取り出し、なにかもぞもぞと手を動かし(メールか何かを打っているようだ)じっとその画面を見つめた。

「……うん大丈夫だ」

「え? 帰ってくれるの? 帰してくれるの?」

 二人の声に男はニッコリと笑い握手を求めるように右手を差し出した。同時にぽこんと変な音がして二人は自由に動けるようになった。大きく息をついて花奈が男を見ると彼は遠慮なく花奈の右手を握った。

「僕の名前はソラ。

 フィアンセを探すのを手伝ってくれる二人に感謝します。

 君たちの名前を教えて?」

 とりあえず立樹がソラに右ストレートを放った。

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たけとり きゅうご @Qgo

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