たけとり
きゅうご
第1話
立ち入り禁止の(といっても扉に張り紙がしてあるだけだ)屋上で
「……かわい」
立樹が少しだけ唇を離して甘い声でそう言うと花奈の短い髪を(彼女はベリーショートというより三分の一くらいはバリカンで済むような髪型をしている)逆向きに撫でた。花奈は立樹の着ている制服のジャケットをしっかり握り締めて、その結構豊満な胸の上に頭を埋めた。
「すごいしあわせ」
「あたしも」
ぎゅっと花奈を抱きしめながら立樹は面白そうに言う。
「花奈の変な顔見れちゃった」
「変な顔!?
ちょっ、そんな顔してない!」
「してる」
彼女は楽しそうに花奈の両ほほを引っ張り、ふにふにと伸ばした。
「他の人に見せないでね」
「してないってば!」
「あたしだけの花奈ちゃん」
「……ばか」
と、背後でなにかの物音がたつ。二人はびくりと身を固くした。放課後に浮かれた生徒がいないか教師が見回りに来るなんてこともあるかもしれない。振り向くが、大きな貯水槽のあたりには誰もいない……と思った。
「なんだ、誰もいないね」
立樹が言った瞬間だった。
空気が張り詰めた。ような気がした。ビル街の風と音が止んだのだ。
ちょうど貯水槽のあたり、小さな物置から閃光が走る。それは冗談みたいな激しさで、何かの音を伴った。鼻がツンとするような。聞いたことのない音、音なのかわからない、耳が働かなかった。
「なに? え?」
「やだやだなにー?」
二人は抱き合い狼狽え悲鳴を上げる。
しかしそれは急になくなった。
いつのまにか座り込んでいた二人は、恐る恐る互いの顔を見、物置を見た。遠くで車のクラクションが鳴った。途端に耳に戻る喧騒。
がらっと物置が中から開いて、男……自分たちと同じ年くらいの男が出てくる。短い茶色い髪で、身長は高いわけでも低いわけでもなく太っても痩せてもいなくて美形でも醜くもなく。白いTシャツにジーンズ。よくいるタイプの彼はやあ、と座り込み抱き合ったままの二人に声をかけた。
「あれ? どうしたの?」
二人は顔を見合わせて、涙の滲んだ声で花奈が切り出した。
「誰ですか……あなたなんなの」
「え? あの僕は……生徒ですここの」
ずるずると這うように二人は後ずさる。
「え? なんで?」
「ここ女子高です」
しばし男は考え込み、えーとっと何かぶつぶつ言っているが聞き取れなかったし二人はとにかく逃げたかったのでしっかりと手をつないで後ろを振り向いた。
その後ろに素早く回り込んで男は首を傾げた。
「あのさ、もしかしてだけど見たの?
その僕が、来たとこ」
「来たってなに?
帰ります、帰るんで」
花奈が震えながら言うと男はさわやかに笑った。
「ごめん帰せない」
と二人の腕をつかんで。
今度こそ二人は悲鳴を上げて泣き出した。
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