多忙な天才外科医の苦悩。
タッチャン
多忙な天才外科医の苦悩。
ミヤモトはこの小さな町では有名人であった。
この町に住む殆どの大人たちにとって彼は友人であり、良き相談者であり、命の恩人でもあった。
子供たちにとって彼は際限なく愛情を注いでくれる親
の様な安心感と信頼を抱いていた。
小さき獰猛な怪獣達に熱心に勉学を解く教師達よりも彼の方が人気者なのである。
彼の名前が町全体に知れ渡ったのは、
奇跡(この小さな町の住人達はそう思っている)が起きた次の日の夜である。
最初の奇跡(大袈裟な表現で申し訳ない)が起きたのは、いつもと変わらない退屈な昼頃だった。
毎日常連客で賑わう小さな居酒屋の店主が開店前の仕込みをしていた。
20年以上まな板の前に君臨し、今宵も客を唸らせる為に新鮮な鯛を三枚に卸している最中に、鋭く尖った鋭利な出刃包丁が手元から離れ、店主の足に真っ直ぐに落ちたのである。
彼の悲痛な叫び声は病院に運び込まれても収まらなかった。
年老いた看護婦は「ミヤモト先生!」と群れをなす狼よりも響き渡る雄叫びをあげていた。
それを聞きつけ、ミヤモトは清潔な白一色の服を身につけて、店主の前に颯爽と現れたのである。
5分だった。
たったの5分間でミヤモト先生は部分麻酔を掛け、滑るように出刃包丁を抜き取り、止血した後、縫合し終えて、店主に「お疲れ様でした。もう大丈夫ですよ。明日のお昼には退院できます。それでは。」と、
爽やかな笑顔を携えて言うとその場を離れた。
次の日、店主はまな板の前に君臨していて、昨日自らの身に起きた奇跡を常連客に熱弁していた。
客は彼の演説を真っ直ぐ聞き入っていた。
「何度も言うが本当に手際がいいんだ。あの人は。
たったの5分で俺の足は元通りになったんだ。
それにしても初めて見る医者だったよ。
病室に看護婦を呼び出して聞いてみたら、
赴任してきたばかりなんだと。まだ若いっていう
のによくやるよ。いやぁしかし、俺が今ここに
立ててるのはあの先生のお陰だよ。本当に。
でも、病院を出るとき挨拶したんだが俺より
顔が青白いのは何でだろうな。」
次の日の朝、常連客の1人は二日酔いの状態で仕事をしていると、自分の左手から小指が飛んで行くのをしっかりと見届けた。
病院に運び込まれ、「ミヤモト先生!」と、自らが百獣の王だと自惚れているライオンより響き渡る雄叫びが病院内で上がるのだった。
その夜、いつもの居酒屋は今朝先生が起こした奇跡の話で盛り上がった。
「サンダーで俺の小指が飛んで行った時は本当に
焦ったよ!激痛で意識が朦朧としてたんだが、
ミヤモト先生があっという間に小指をくっつけて
くれてな。今はまだ動かせれないけど、1ヵ月程度
で元通りなんだってよ!店長が言ってた奇跡って
やつよ!ミヤモト先生様様だぜ。
でも何で俺より冷や汗をかいて顔が青白いのかは
わかんねえな。」
交通事故を起こした怪我人、暴力を振るわれた怪我人、道路でスッ転んだ怪我人、ブランコから落ちた怪我人、風邪を引いた病人、ガンを患った病人、
等々、挙げ出したらキリがない人数の患者がミヤモトの噂を聞きつけ、病院はぎゅうぎゅうの差し詰め状態になる程繁盛していた。
ミヤモトはその全ての患者に奇跡を起こしていた。
だが病院を後にした元患者からは不思議そうな表情をした人がちらほら現れるのであった。
「何故自分より青白い顔をしてるのだろう。」と皆口を揃えて疑問を吐き出すのだ。
季節がすっかり変わった頃、建築現場から意識不明の作業員がお馴染みの病院に運び込まれ、
ミヤモトはお馴染みの奇跡を起こした。
意識を取り戻した患者は命を救ってくれた恩人に感謝の気持ちを伝えていた。だがミヤモトは冷や汗をかいて、顔は青白くなって行った。
患者の話を遮り、病室を足早に出ていってしまった。
取り残された患者は付き添いの看護婦にどうしたのかと訪ねた。看護婦は笑いながら言った。
「あぁ、気にしないで。いつもの事だから。
先生はお腹が他の人より弱いのよ。だから今頃、
トイレに籠っているのよ。
患者さんに奇跡は起こせても自分には起こせない
みたいなの。」
いつもの小さな居酒屋は常連客で溢れ、賑やかだった。奇跡を受けた店主は客に言った。
「ミヤモト先生でも治せないもんがあるって事だ。
俺は安心したね。彼も人間だって分かって。
俺はミヤモト先生が魔法使いか何かじゃないかと
疑ってたとこなんだよ。」
多忙な天才外科医の苦悩。 タッチャン @djp753
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