物語禁止法
西藤有染
プロローグ、またはエピローグ
「むかーしむかし。ある所に、おじいさんと、おばあさんが住んでいました」
薄暗い部屋の中、年老いた男性の声が静かに響く。低く、しゃがれていながらも、しっかりと聞き取れる、そんな心地の良い声だった。
「ある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川に洗濯しにでかけました」
椅子に座った彼の前には、幼い子供たちが数人、膝を抱えて座っていた。
物語の読み聞かせだった。
子供たちの目は、今聞かされている物語がこれからどう進むのかという期待で満ちていた。
「おばあさんが洗濯をしていると、川の上からどんぶらこ、どんぶらこと、大きな桃が流れてきました」
しかし、ただ読み聞かせをしているだけにしては、異様な雰囲気だった。
子供たち、誰もが時折何かに怯え、緊張しているような素振りも見せていた。
よく見ると、子供たちの周りには、大人たちが立っていた。彼らは武装していた。しかしそれは、子供たちを人質にしているわけではなく、むしろ、外から来る何かから彼らを守ろうとしているように見えた。
話をする老人も、周囲を警戒している様子を見せていた。
物語の読み聞かせをしているだけという無邪気さは、そこには無かった。
「これはすごい。家に持ち帰っておじいさんといっしょに――」
次の瞬間、ドアが蹴破られ、薄暗かった部屋に強烈な外の灯りが差し込んだ。彼らにとって、脅威となるものがやってきたのだ。
「動くな、AFOCだ! 貴様らを物語禁止法違反で処罰する!」
反虚構組織委員会、通称
彼らの言う処罰とは、死刑に他ならない。
「くそっ、ここもばれたか!」
「銃を持っているやつは応戦しろ! 持ってないやつは逃げろ!」
「子供たちは絶対に死なせるな!」
部屋の中で激しい銃撃戦が始まる。
AFOCの襲撃に応戦しているのは、民間非営利団体、想像出版の構成員たちだ。
「我々に物語と表現の自由を」の標語の基、物語禁止法を推し進める政府に対するレジスタンスとして組織され、法律上禁止された本の出版や保護、物語の必要性を伝える活動などをしている。活動の内容からして、AFOCと対立することが多い為、違法ではあるが、こちらも武装している。
激しい銃撃戦は続いている。
一般的に、狭い部屋での戦いは、突入する方が不利とされている。しかしそれは、武装している兵力が同程度だった場合の話だ。
武装が許され、国家から潤沢な支援を得ているAFOCの兵器は、どれも最新鋭で整備も行き届き、弾数も武器の数も豊富だ。
一方で、国と対立する想像出版は、資金力に乏しく、兵器の入手も裏ルートになってしまう為、質の悪い型落ち品ばかりで、弾数も十分ではない。
どちらが不利かは一目瞭然だった。
次第に追い詰められていく、レジスタンスの面々。ひとり、またひとりと人が倒れていく。
「子供たちは逃げ切れたのか!?」
「わかるわけないだろう!」
「くそっ! 我々に表現と想像の自由を!!」
「黙れ、虚構は悪だ! それが何故分からん!」
「法を盾に子供を殺すのは悪じゃないのか!?」
「国家! 法律! そして真実! それこそが正義だ! それに反するものは子供であれ悪だ!!」
これは、ほんの少し、国家が歪んでしまった未来のお話。
そして――
物語の面白さを取り戻そうとするお話。
物語禁止法 西藤有染 @Argentina_saito
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