私は亡くなった。


 愛しいあの子を遺して、先に亡くなってしまった。


 自分の顔を見ながら、それを実感した。


 鏡に映った顔ではない、生身の肉体の自分。


 生きている内は絶対に直接見ることが出来ないはずのものを、私は見ていた。


 私は、いわゆる霊というものになってしまったらしい。亡くなってからずっと、霊体として自分の体の上でふよふよと浮かんでいた。


 だから、私が亡くなってからのことは全て目にしていた。


 勿論、あの子が私の体にしでかしたことの一部始終も見ていた。


 あの子、私の手が好きなのは知ってたけど、まさかあそこまでとはねえ。

 遺産相続で何も貰えないことに対する苛立ちっていうのもあるんだろうけど。


 一生懸命、何かに取り憑かれたようにあんなことしちゃって。


 力仕事とかDIYなんてしたことないのに、慣れないことするから、手の皮が剥けて血だらけになっちゃって。  


 あの子、それが犯罪だってこと、分かってるのかしら。


 ニュースで取り上げられたら、いの一番にテレビ局の取材を受けてやろうかしら。

「大人しくていい子ではあったんですけど、何考えてるのかよくわからない子だったので、いつかは何かしでかすんじゃないかなって思ってました」って。


 そもそも私、幽霊だったわね。テレビに映れないじゃない。うっかりしてたわ。


 冗談は置いておいて。

 あの子は精神が弱いから、私無しじゃ生きていけないだろう、とは思っていたわ。だから私は彼女の側にいたし、だからこそ私は強く在れた。


 お姫様プリンセスを守る騎士ナイトが強くないといけないのは、当然じゃないかしら。


 最も、その騎士様は守るべきお姫様あの子を置いて、さっさと死んじゃったけどね。物語の展開としては有りがちかもしれないけど、実際にそういうふうになってしまった方からすると、たまったもんじゃないわね。


 生涯を賭けて守り抜くと誓ってたのに、志半ばであっけなく死んじゃったんだもの、やりきれないわ。


 ただ、物語だと、騎士の亡き後、その形見の剣を姫様が持って立ち上がる、みたいな展開あるじゃない?


 あの子がまたひとりで立ち上がれるのかは分からないけど、私のあの手が、彼女にとっての騎士の剣になれば、それでいいんじゃないかしら。 


 なんとなく、そう思ったの。だからあの子が私だったものにノコギリの刃を立てているのを見ても、普通に受け入れられたのよね。

サイコパスの才能でもあるのかしら。


 ただ、そうだとしても、1つ問題があるのよね。



 あれ、防腐処理とかしてないからすぐ腐って臭くなるわよ。



 人間の体なんてそんなもんよ。

 何より血で汚れて雑菌だらけだし、その内、蛆も湧いてくるんじゃないかしら。

 

 そうこう言っているうちにあの子、私の手を頬ずりし始めたわね。


 あ、こら、汚いから舐めないの。


 ほら、ばっちいからそんなもの口に入れない。ほら出しなさい。ペッてして。ほら、ペッて。


 あーあー、汚いからそんなとこに入れちゃ駄目よ。それにはしたないからやめなさいって。全く。


 それでも、


 それでもこの冷えた手があの子を慰めてくれるなら、それでいいんじゃないかしら。

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それでもこの冷えた手が 西藤有染 @Argentina_saito

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