茅田真尋

1

 とある街の一角。若い占い師が露店を開いていた。彼の占いはいんちきだった。彼に他人の運命などは予測できない。

 ただ、彼には一つの特技があった。客の様子から、その人がかけてもらいたいと願う言葉を察することができたのだ。つまり客の理想を、占いの答えとして伝えているだけなのである。

 だから、その結果が的外れであっても、客は満足して帰っていく。

 そもそも、誰一人として占いの結果などあてにしていないのである。訪れる客はみな、励ましが欲しいだけなのだ。

人は自らが信じることのみを真実だとみなすのである。

 ある日、中年の女が占い師の元を尋ねた。

「こんにちは。いかがされましたか?」

 と占い師は聞いた。

「はぁ、最近仕事の上で悩みがありまして」

「ほう、それはまたどんな?」

「私は文筆家として生計を立てているのです。小説やエッセイを書いては、それを発表しております」

「どのような作品を書かれるのですか?」

 女の事情を把握するため、さらに占い師は話を促した。

「そうですねぇ、例えば、最近知ったおいしいお店のことを、エッセイ形式で綴ったりしています」

――食レポというやつですねと言って女は恥ずかしそうに笑った。

「自分で言うのもおこがましいですが、私のエッセイにはそれなりに読者の方がいらっしゃって、紹介したお店は瞬く間に人気店となりますわ」

「それは素晴らしいですね。ですが、ここまでのお話からだと悩みがあるようには思えませんが」

「いえ、読者の支持を保つには決してつまらない作品は世に出せません。ですから執筆にはやりがいと同時に、恐怖も伴います。今となっては何を書いてもくだらないものに思えてしまって……」

 占い師は大きくうなずいた。彼には、彼女の求める言葉が大体わかった。

 占い師は、得意の話術で作家の女を励ました。女は占い師の答えに満足した様子で帰っていった。

 数か月後、作家の女は再び占い師の元を尋ねた。

「おかげさまで、新しい作品が書きあがりました。読者の反応も上々です」

「それは、それは何よりです」

「勝手ながら、今回の作品にはあなたとの会話を基にしたシーンを描かせてもらいました。それだけ私には、あなたの言葉が感動的だったのです」

「ええ、別にかまいませんよ」

 占い師は朗らかに言った。

「それで今日ここを訪れたのは、あなたにお礼をしたいと思いまして……」

「そんな、私はただ占いをしただけですから」

 実際には占ってすらもいないのだが、とひっそり彼は思った。

「そこで、私、ここのことをエッセイに書いちゃいました」

 女は笑顔で言って、スマートフォンの画面を見せてきた。

 画面に映し出されたサイトには彼女のエッセイが掲載されていた。占い師の元を訪れた動機や、その時に交わした会話などが記述されている。

「少しでもお店の売り上げに貢献できると嬉しいのですが」

「ありがとうございます」

 占い師は文面を読みながらお礼を言った。確かにエッセイを読んだ人間が店を訪れる可能性は十分にある。

 だが、エッセイの末尾に書かれた文章を見て占い師は固まった。そこにはこう記されていた。

「悩みを抱えたあなたも是非、一度占ってみてもらってください。必ずやあなたを悩ます問題を解決してくれます」

 このうたい文句はまずい。占いはインチキなのだ。客の抱える問題など微塵も解決してはいない。

 だが、人は自らが信じるものを真実とみなすのである。

 これから、占いの力を過剰に信じ込んだ客たちが押し寄せることになるだろう。

相手は希望する未来を伝えられただけでは満足しないだろう。彼らは、自分の抱える問題が解決されることを望んでいるのだから。

いかさまがばれるまで時間はそうかかるまい。

 嬉々として微笑む女の前で、男は呆然とした表情で青ざめていた。

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茅田真尋 @tasogaredaru

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