28:もっと褒めてくれてもいいんだよっ

「さて……戦況は互角か」


 俺の顔めがけて(反則だが暗黙の了解によりなぜか許可されている。断固抗議したい)山名くんチームから放たれたボールをキャッチした俺は、一度自陣に控える月守チームの仲間たちに視線を巡らせた。


 なんやかんやで始まった、クラスの面々を約半分に分けてのドッジボールマッチ。


 葉月と距離が近い月守甲洋に合法的にボールを当てることが主題の山名くんチームと、榛名+香椎+葉月に引き寄せられた面々で構成される俺たち月守チームの実力は意外にも拮抗しており、ゲーム開始から二十分が経過した段階で互いに内野のメンバーを半分ほどに減らしていた。


 現在、月守チームの内野は俺、香椎、葉月、そして天空橋ファンクラブの三人。

 対する山名くんチームの内野はリーダーの山名くん、主砲川藤くん、そして他に男女がそれぞれ二人ずつ。

 

 自分で言うのもなんだが、俺は運動神経が良い。中学時代は部活でレギュラーを張っていたこともあるし、月守チームの主戦力として大いに奮闘している。

 一方、その活躍が予想外だったのは香椎だ。今どきのギャルっぽい彼女のことなので、俺の知る一般的な女子と同様、基本は回避を軸に動くのかなと勝手に推測していたのだが、バカスカ攻撃に参加し俺とともに月守チームの主砲として活躍していた。


 ちなみに榛名は、進んで彼の盾になりたい女子が何人かいたため序盤は内野に留まれていたものの、榛名ファンクラブが内野からいなくなった途端嫉妬に駆られた相手チームの男子からのボールで儚く散った。恨めしげにこちらを見やってから外野へ移動した榛名を守り切れなかったのは申し訳ないと思っている。


 そして、葉月はというと――。


「て、天空橋さんは僕たちが守る」

「だから安心してください」

「ボール一個、指一本触れさせやしないから!」

「あ、あはは……ありがとう」


 天空橋ファンクラブの大場おおば中堂なかどう小村こむらにがっちりとガードを固められているおかげで、良くも悪くも鉄壁であった。ボールが葉月目掛けて飛んできても、ファンクラブが防御陣形を敷いているのでダメージがない。

 彼らは、当の葉月が苦笑いを見せていることに気づいているのだろうか。葉月に若干呆れられている姿には僅かばかりの同情を禁じ得ないが、葉月の盾となって外野に散りゆくならそれだけで本望なのだろう。そもそも葉月を守ってやりたい気持ちは痛いほどわかる。

 

 まあ、とにもかくにも。

 二年B組ドッジボールマッチはなかなかの盛り上がりを見せていた。

 自軍敵軍、内野外野を問わず、クラスの皆が思い思いに声を発している。

 始まりはあれだったが、クラス全員が参加するというこのイベント、これがなかなか面白い。


「へいへい月守ちゃん! 早く投げてこいよ!」

「……あまり煽るな山名。月守は意外と手ごわいぞ」


 教室でのムードメイカーなだけあって中々煽りが上手い山名くんや、寡黙だがきっちり仕事をこなす川藤くんの新しい一面を知ることができて、俺は実に満足している。

 あと素直に自分を褒めて貰えてるのが嬉しい。うーん単純。でもありがとう川藤くん!


 俺は川藤くんへの好感度を多分に乗せて、けれども確実に一人は仕留めるつもりでボールを投げた。しかし、それは山名くんチームの男子に捕球されてしまう。


「ちょっとツッキー、しっかりしてよー」

「うるさいぞ香椎」

「ホントさあ、ツッキーってあたしにだけ当たりが強いよね……」


 その原因が自分にあることを自覚しているのだろうか。

 香椎は俺の邪険な対応に笑いながらも、相手チームから投げ返されてきたボールを難なくキャッチする。上手いじゃないか。褒めてやる。


「うーん、一番の難敵は山名と川藤だよねぇ。だったら周りから潰そうかな、っと!」

 

 言って、香椎は難敵認定した二人から少し遠めの相手を狙ってボールを投げた。


 女子の細腕から投げられた割になかなかの速度をもって進むそれに捕捉されてしまった哀れな被害者(男子)が、「ぐえっ」と潰れたカエルのような声を漏らす。うん、まあ、それがドッジボールだよね。合掌。


「伊吹、ナイス!」

「でっしょー?」


 親友の葉月からの称賛を受け、香椎が得意げに笑う。彼女はその笑みを顔に張り付けたまま俺に視線を向け、瞳で「褒めてもいいんだゾ☆」と語った。


「やるな。でも調子に乗るなよ香椎」

「ねえツッキーやっぱあたしにだけ当たり強くない? ねぇちょっと。もっと褒めなよあたしをさあ」

「い、伊吹、こ……月守くんの邪魔はダメだよ……?」


 香椎が不満げに俺の体操着の袖を引っ張ってくるが、はてさて何のことやら。葉月が助け舟を出してくれたので香椎はすぐに諦めたようだ。ありがとう葉月。


 香椎の活躍により、山名くんチームの頭数は減った。そんな女子のエースと俺が下らないやり取りをしている間に、敵チームはボールを主砲の川藤くんへ回す。

 

「……負けられないな」


 運動部の血が騒いでいるのだろうか。物静かながら瞳に闘志の炎を燃やし、腕を振りかぶった川藤くんの声が風に乗って耳に届く。彼の視線は香椎に固定されていた。

 どうやら今の活躍で川藤くんから香椎への好感度が上がってしまったらしい。やめて川藤くん。香椎より俺を見て。そして俺を褒めて。


「へえ、あたしを狙おうってーの川藤。受けて立つよ?」


 川藤くんの視線を一身に浴びて挑発的な笑みを漏らす香椎。悔しいが絵になっている。絶対口には出して認めてやらないが。


「……行くぞ」


 一拍気合いを入れて振りかぶる川藤くん。その球を受けようと腰を落とす香椎。その香椎のフォローに回ろうとした俺は、続く香椎の鋭い叫びに虚をつかれた。


「――違う。アイツ葉月を狙ってる!」

「えっ」


 川藤くんフェイントかけてきたの!? そこまでガチるもんなのこのドッジボール!?

 

 あいにく俺と香椎は葉月とコート内のほぼ対角線上に位置しているため、川藤くんが葉月を狙ってボールを投げた場合、それを阻むことができない。

 だが、葉月は成績万能スポーツ優秀な完全無欠の最強美少女。彼女の運動神経をもってすれば捕球はたやすい――、


「……う、うおおおっ!!」

「天空橋さんは俺たちが守る!」

「お、大場くん、小村くん!?」


 と思ったのもつかの間、葉月のそばに控えていた天空橋ファンクラブが葉月を守るべく、川藤くんからのボールの射線上にその身を躍らせた。

 彼らは見事肉の壁として、葉月へのボール接触を防ぐ。


 しかし、川藤くんからのボールは大場くんと小村くんの脚の間を連続して跳ね、その後地に落ちた。ボールが接地せずに二人の体を擦った以上、川藤くんの二枚抜きだ。


「ふ、二人とも、ありがとう……でいいのかな……?」


 葉月は若干困惑しながらも、彼女の代わりに犠牲となった大場くんと小村くんへの感謝を述べる。


「お、おお……女神……」

「天空橋さんの盾になれた……こんなに幸せなことはない……」

「くっ、羨ましいぞ! 大場! 小村! 直接お褒めの言葉を頂けるなんて!」


 天空橋ファンクラブで唯一生き残った中堂くんが大場くんと小村くんに羨望の眼差しを向けているのを見て、俺と香椎は顔を見合わせ苦笑した。


「ありゃ筋金入りだね。狂信者だ」

「尊敬するよ……」







「……よっ、と!」

「あっ! うーん、さすがはづきん……」

「ふふっ、ごめんね」


 天空橋ファンクラブの寸劇上映中、葉月は自陣を転がるボールを拾い上げて相手の一人を仕留めていた。ボールを当てた後、舌をちろっと出して謝罪のポーズも忘れない。そういうところが葉月のかわいいポイントなんだよな。

 

「ね、ねえねえ、こ……月守くん。わたしも結構やるでしょう? ねっ?」


 そして、自分がボールを当てた相手が外野へ移動するのを見届けた葉月は、おつかいをクリアした子供みたいに褒めて貰いたそうな雰囲気をびんびんに醸し出しながら得意げな顔を向けてきた。かわいい。

 

「ああ。さすが天空橋」

「えへへっ、もっと褒めてくれてもいいんだよっ」


 腰に手を当ててドヤ顔で胸を張る葉月。何度でも言おう。かわいい。思わず頭に手を伸ばしたくなっちゃうがそこは鋼の自制心でストップをかけた。衆人環視の中それをしたらいよいよ公開処刑の始まりだ。


「おうおう、見せつけてくれちゃってまあ。あたしの時と態度が違いすぎるじゃーねーの」

「つ、月守くん! 天空橋さんとの距離が近すぎるんじゃないか!?」


 だが、俺たちのやり取りを自陣から見ていた香椎はにやにやと口元に厭らしい笑みを浮かべ、同じく寸劇を終えた中堂くんはそんなことを言ってくる。周囲のクラスメイトもみなこちらに視線を寄せ、ふたりと似たようなことを口に出していた。


 あ、いや、待って。これくらい普通でしょ? 

 普通だよね? もしかして俺、葉月との距離感狂ってる?


「……喰らえや月守ィィィ!」


 その答えは、嫉妬と羨望の色に塗れたまま俺の顔めがけて飛んできたボールが教えてくれた。



 * * *



「くっ、ここまでか……。月守くん、君一人に託すのはいささか心苦しいところはある、だが!」


 川藤くんに撃ち抜かれた左太ももを擦りながら、中堂くんがその眼鏡を光らせながら言う。


「……天空橋さんを守り抜いてくれ! 頼んだぞ!」

「任せろ。何に変えても守り抜いてやる」


 その細身の体には似合わない大きい声を出しながら、中堂くんが両手で包んだボールを差し出してくる。それを片手で受け取って、俺と中堂くんはハイタッチを交わした。男と男に、余計なやり取りは不要だった。


 ついにスタミナが切れたのか敵の猛攻の前に香椎が敗れ去ったあと、俺と中堂くんは二人で葉月を守る騎士ナイトになった。葉月が敵のボールに晒されそうになれば身を挺して体を躍らせ、我らが姫を狙う不埒な輩を先んじて潰す。

 そう。このドッジボールという名の戦いの中で、俺と中堂くんは男の無言の友情を育んでいた。すべては葉月を守る。その一心で。


 何をドッジボールで、と人は笑うかもしれない。

 だが、俺たちは本気だった。混じり気なしに本気だった。本気で葉月を守るつもりでいた。

 いずれ人は俺たちをこう呼ぶことになるだろう。――葉月騎士団オーガストナイツと!


「こ、月守くん、恥ずかしいよ……」

「あ、はい、すいません」


 俺と中堂くんのやり取りを見ていた葉月が顔を赤らめ声を震わせるので、思わず素に戻ってしまった。

 ……うん、恥ずかしいな。俺は何を言っているんだ。何に変えても守り抜いてやるって今使う台詞か? 

「ちょ、月守くん! 男の友情は!?」なんていう中堂くんの悲痛な叫びは心苦しいが封殺させてもらうことにする。ごめんね。


「そういうことは、もっと先……然るべきときに言ってもらわないと、ね?」

「……え?」


 葉月の漏らした言葉に、思わず動きを止めてしまう。もっと先の……いや先ってなんですか葉月さん?

 その言葉の真意を尋ねたかったけれど、すでに葉月は川藤くんと山名くんの二人を真剣な表情で見つめていた。


 まだ試合は続いているのだ。……気になるけれど、仕方がない!

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学園のアイドルと義理の兄妹になった件について 国丸一色 @tasuima

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