第24話 燃えつきる 完
「しばらく会わないうちに、ずいぶん変わったな」
「驚いた? 身体も魂も全部投げ渡したらこうなるんだよ」
雪治は清々しい顔で台所であったところに向かう。
「まぁどうぞ飲んでください」
差し出されたカップは湯気とともに強烈な臭気をあげていた。見た目は濃厚なドリンクチョコであるが、臭いは動物の内蔵が腐ったものだ。嗅いだ瞬間にリンリンちゃんが気を失ったみたいだ。ぐにゃあと悲鳴をあげて大人しくなった。
「雪治は、こんなのを人に出していいとおもってるんかな」
「んふふ、知りたい? 自信作なんだよ。死んだばかりの大腸をミキサーして、飲む前に温める。慣れれば糞の味も乙に感じるよ」
ティーカップをテーブルに置いた。
「人殺しが罪なのは、分かってるよな」
「もちろん、会誌にもずっとそのことについて書いてきたはずだよ。人殺しの儀式はまず当該の人物を人間でなくすることからはじめる。念入りに人間から排除されて、殺される」
「儀式で殺したって言いたいのか?」
「そうそう、大都会と思っていた場所でヘイトスピーチを生で見てしまってね。白人男の集団に言われたよ、ここはアジアじゃないってね。日本ではもっとひどいって聞いて調べてみたよ」
「ひとの話を聞け、お前は正義がどうとか言ってただろ。それがこの様か」
僕はテーブルを強く叩いた。手のひらが真っ黒になる。衝撃でティーカップの中身が溢れてしまった。
異形の石はティーカップを啜る。ふふっ、苦いなと悦に入った。
「昔のことばかり言われるとこそばゆいよ。だから回収したのに、覚えてたんじゃ意味ないな」
テーブルに何冊もの小冊子がおかれた。乱雑なレタリングに不器用なイラスト。
オカルト研究会の会誌である。
「調べたら誰も会誌を流出させてなかったよ。格好のゴシップなのに、週刊誌あたりで売れそうなネタなるのに」
「それくらいの分別はつくさ」
「いま、坂井雪治がなんて呼ばれてるか分かる? とりあえず日本人扱いされてないみたい。まぁ、いつの時もそういう連中がうるさいんだよなぁ。まとめて消えてほしいよ」
「神様にでもなったつもりか」
「神様なんていうのは信仰の対象だから、べつにそうなりたいわけじゃないよ。あくまで世の中の乱れを糺すには同じ論理を共有していない者になる必用があっただけ。道化みたいな、さ」
「それがその無様な石像か。分からないな」
雪治は僕を嘲笑したに違いない。このミキサーされた死体と同じようなものと見なされているのではないか。
「分からないならそうだろうさ。父もそうだったし、燃やして正解だった気がしてるのは確かだ」
僕たちは廃墟を後にした。振り向いたとき、少しばかり火が昇っていた。小さなものが燃えつきるためには十分な炎だった。
人間でなくなったということは、人間であることを諦めたということは、この世界には何も残らないんだよ、雪治。僕はそれから振り返ることができなかった。
後日の報道によれば坂井家の敷地に放火があり、その出火原因は雑誌のようなものだったらしい。僕は久しぶりに鉛筆を握り亡き友に手紙を書くことにした。
水狐くんには不幸がお似合い 古新野 ま~ち @obakabanashi
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