第48話:いい知らせと悪い知らせ

 手紙の内容を見た僕と、村人たちはよく理解できていなかった。

 操られていたことを知っている僕でさえ、こんなに困惑しているのに、村人の人達は一体どういう心境になっているのだろうか。

 

 ふとカンタ君の目元を見てみると、少しだけ月光が反射されているのが見えた。

 泣いているのかな? あれだけ辛い思いをして来たんだし、それも当然か。

 

 シンジは、生贄の少女から代行者に宛てて書かれた手紙を見て、涙を流している。

 敵だと思っていた少年が、生贄として囚われていた少女たちに慕われている。

 そして、もしかしたら彼女たちは生きているかもしれない。

 色々な情報が一気に入ってきて、そして自分の行動が少女たちの想いと矛盾していて、もしかしたら自己嫌悪してしまっているのかもしれないな。

 ここは僕が励まして……


 「シンジ、貴様はその手紙から何を思った? 真実を知って、何をするべきだと思った? 男なら、俺の弟子なら今すぐ涙を止めて、答えてみろ!」


 ら、ライオス……そんなど直球な質問はいかがなものかと。

 それに弟子って、いつの間に師弟関係になったんだろうか? 

 僕の知らないところで、新しい人魔関係が成り立っているようだ。

 

 「師匠……お、俺は、この男を、その……見逃します。いや、俺はこいつと協力して、こいつの助けを待ってるアイツらを迎えに行きます」


 シンジは男らしい声で答えた。

 その目には決意の炎が宿っており、代行者に差し伸べた右手には優しさがこもっている。

 でも、やはりシンジはアホなようだ。握手を求めているようだが、カンタ君に腕はない。

 シンジは慌てて伸ばした腕を戻すと、誤魔化すように言った。


 「俺はお前を許した訳じゃない。何があったかは聞かねぇ。だが、どんな状況下にあっても、それはお前の弱さが生んだ結果だ。そして、そんなお前に対して手も足も出せなかった、俺はもっと弱い。だから、俺はお前と協力関係を結ぶ。いいな?」


 終始上から目線だったシンジ、だが、カンタ君はただただ頭を下げただけだった。

 殺されてもおかしくない事をしたって言ってたし、シンジの容赦はカンタ君にとって神の施しにも値するに違いない。

 なんだかんだ、結果的に良かったじゃないか。

 

 「あ、ありがとう、ございます。俺も、その、よろしくお願いします、シンジ君。俺はカンタって言います」


 「カンタか。なんだか喋り方まで代行者の時とは違うな? 手紙にあった、操られてたってのも、強ち間違いじゃないのかも知れない。それと、俺に敬語は使わないでくれよ。カンタの方が、35年くらい年上だからな?」


 「そ、そう? じゃあ普通に話させてもらうね。改めてよろしく、シンジ君」

 「おう、だが勘違いするなよ。俺たちはあくまでも協力関係だ。友達じゃねえ。今回はアカリに免じて許してやるが、俺の妹を傷つけるような真似しやがったら、ツクモの旦那の命令を破ってでもお前を殺すからな?」


 シンジの表情は、まるでカンタ君をからかっているかのようだった。

 でも、言ってることはだいぶ物騒だよなぁ。

 カンタ君の顔も少し赤くなってるし……って、ああ。もしかしてカンタ君とアカリちゃんはそういう関係、なのかな?

 

 カンタ君は、ボロボロの体のまま、力を振り絞って立った。

 握手しようにも、する手がない。

 その代わりに、シンジは、自分の額を差し出して、その額に、カンタ君が血だらけの額がコツン、とぶつけた。

 二人揃って、にひっと笑い、まるで地球で見た少年漫画の仲直りの図みたいだった。

 なんかかっこいい。


 アカリちゃんは、そんな二人を母親のような目線で見ている。

 村の人たちも、仲直りした二人の少年の様子を見て、何かに納得したかのように頷いている。

 どうやら、これで本当に一件落着のようだ。

 

 「うんうん、全部丸く収まって良かったよ。ウィンディもお疲れ様。僕がいなくなった後、いろいろ大変じゃなかった?」

 「本当に大変でしたよ〜。特にあのバカ3姉妹、いや、そのうちの二人ですけど。アイツら、ツクモさんが死んだーって言って、責任の擦り合いしてたんですからね⁉︎ それにライオスまでテンパっちゃって、私がいなかったらどうなってた事……」


 突然耳元でなった轟音とともに、ウィンディの言葉が途切れた。 

 レーザーが通り過ぎた音。間違いない、青(ブルー)の仕業だろう。


 「ちょっと精霊! アンタ何嘘言ってんのよ⁉︎ 私がツクモが死んだなんて、思うわけ……ないでしょ⁉︎ 全く、言いがかりにもほどがあるわ」

 

 あーあ。また喧嘩か。

 それにしても、青は嘘ついてるなー、これは。

 僕は別に何がどうなってても、事態を収拾してくれたみんなに同じくらい感謝してるのに……


 「あ、アンタ、もしツクモさんに当たったらどうするつもりなの⁉︎ 死んで詫びなさい!」

  

 ウィンディ特製の巨大な渦巻き、『渦潮(ウォーターサイクロン)』が空中に出来上がった。 

 そんなものをこんな村の中心部で作ったら……


 「ウィンディ、ストップ。それに青も、『龍砲撃(ドラコバスター)』なんて撃ったら死人が出ちゃうよ。後、こっそりウィンディを攻撃しようとしてる、黄。見えてるよ」

 

 「「「ごめんなさい」」」


 3人は素直に攻撃を中止してくれた。村のみんなは笑ってくれてるけど、普通に迷惑だよな。

 それにしても黄まで……意外といたずらっ子なのかも知れない。

 まぁ、三人のおかげで、村の雰囲気がなんとなく明るくなってくれたのは良かったけど、仲良くしてもらわないとこの先大変そうだ。


 「はぁ、全く困ったもんだ」

 

 すると、カンタ君が足を引きずりながらやって来た。

 

 「ツクモさん、俺、ツクモさんのところに行ってもいいですか? あと……出来れば、アカリも一緒にお願いしたいんですが……」


 よく見てみると、カンタ君の後ろに黒髪美少女のアカリちゃんがくっついて来ていた。

 やっぱり、恋仲なんだろうな。

 若い、いや、カンタ君は50歳か。まぁ見た目が若いカップルが来てくれれば、街も明るくなるかな?

 

 「もちろん、歓迎するよ。僕の所っていうと、ビギナータウンかな? それとも、ダンジョン?」

 「……えーと、アカリがいるので、出来れば人間の町がいい、ですかね。俺は呼ばれればいつでも一瞬でツクモさんの所に行けますし、必要ならダンジョンとビギナータウンの間にゲートを作る事も可能ですが……」


 「ゲート⁉︎ それって、一瞬で移動できるようになるとかそういうの?」

 「はい、一応は。ただ、恒久的な魔力の供給が必要ですが、ダンジョンから流れてるのを少し拝借すれば大丈夫かと」


 なるほどなるほど。それは中々魅力的な提案じゃないか。

 この先の作業効率が底上げされるし、もしかしたら、他のダンジョンとの間でも短時間での移動が可能になるかもれない。

 利用するみたいな形になっちゃって悪いけど、本人も手助けしてくれる意志があるみたいだし、大丈夫かな。


 「じゃあ、そのゲートっていうのの設置をお願いするよ。もしかしたら、他の場所にもお願いするかも知れないけど、大丈夫そう?」

 「はい。それは大丈夫ですよ。恩人のためにお手伝いできて良かったです」

 「恩人って程じゃないかも知れないけどね。腕切っちゃったし……まぁ、今日は休んで、明日から行動しようか? 僕たちはまだやることあるから、カンタ君はアカリちゃんとゆっくり休んでね」

 「分かりました。では、また明日の朝に」


 カンタ君はまだボロボロのままだ。

 回復魔法は望んでない様子だし、アカリちゃんが支えてくれているから、大丈夫か。

 それよりも、僕のせいで家を失った人達の今晩の宿をどうするかだけど……


 「ツクモの旦那、ちょっと、よろしいですか?」

 「ん? どうしたのシンジ、そんな真剣な顔して?」

 「お、俺、その……旦那の所のダンジョンに住んでもいいですか? 師匠が旦那に許可をもらえれば、毎日でも修行に付き合ってくれるって言っていたので、お願いします! 俺、少しでも早く強くなりたくて」

 「別に構わないけど、ちょっと不便かも知れないよ? もう少ししたら多分快適になるだろうけど、それでも大丈夫なら僕は全然大歓迎だよ」

 「ほんとですか! じゃあお願いします! この後のこと、俺も手伝いますね!」


 そう言って、シンジは瓦礫を片付け始めているライオスの元に走っていった。

 ライオスは随分と慕われてるよな。今日会ったばかりの少年が師匠と呼べるほどの存在って、ちょっと憧れるよね。

 っといけない、今優先するべきなのは村人の事だ。

 みんなこんな真夜中に外に出て来てくれてるのはありがたいんだけど、そろそろ休んで貰わないと人間は倒れちゃうかも知れないし。

 まぁ、僕も人間なんだけど……


 とりあえず、フレイヤに頼んで一晩過ごせる簡易的な寝床を作ってもらおうかな?

 近くに焚き火を作っておけば体は冷えないだろうし、人間でもキャンプで外に一晩泊まることは普通みたいだし、これでいこう。


 「フレイヤ……は、どこいったかな?」

 「フレイヤですか? さっき村の人たちの寝床を作りに行きましたよ? ついでに黄も寝に行きましたね」


 ウィンディは相変わらずよく見てるな。

 フレイヤは僕が思いつく前に行動してるし、仲間の有能さにはいつも驚かされてばかりだよ。

 

 「ツクモさんも寝たらどうですか? 先ほどから足がフラフラしてますし、疲れてるんじゃないでしょうか?」

 「……そうかもね。でも、みんなが働いてるのに、僕だけ寝るっていうのは……」


 すると、青が僕の腕にガシッと抱きついてきた。


 「大丈夫よ〜 私たちがやっとくから、ね? 怖くて眠れないなら、私が一緒に寝てあげても……」


 「ツクモさんは私が寝かしつけるの! 邪魔しないで、この邪竜が!」

 「ねぇ、ツクモ、この精霊、そろそろ消し去ってもいいかしら?」


 「はぁ、二人とも、もうちょっと仲良くしようよ。僕はやっぱりもうちょっと働く事にするからさ、二人とも、色々手伝ってくれる?」


 「「はい!」」


 こういう時だけはいきぴったりなのに、他ではいつも喧嘩ばかりだ。

 実は似た者同士で仲がいいんじゃないの? なんて聞いたら本当に周りに犠牲が及ぶ喧嘩が始まりそうだし、いわぬが仏って事だね。

 じゃあ、もうちょっと頑張るか。



 その後、フレイヤがラビットエンジェリアのスノウ達に連絡を取ってくれて、瓦礫の撤去作業はスムーズに進んだ。

 従属関係にある魔族なら、空気中の魔力の流れを通して連絡が取れるらしい。

 今まで知らなかったのが勿体無いくらいの情報だ。

 ただ、連絡は一方通行だから、地球にあったような電話みたいな遠距離間での会話は成立しない。

 命令を伝えられるだけでも十分便利だけどね。


 白兎の子供達の協力をもってしても、作業を完遂するまでに丸一晩かかってしまった。

 今思えば、カンタ君に寝る前に空間魔法で全て移動して貰えば良かったんだろうけど、終わった後にそれに気づいた事は、口が裂けても言えない。

 

 そして朝日が昇った。

 こっちに来て、日の出を見たのは初めてかも知れないな。

 朝の空気は気持ちが良くて、少し霧がかっているのが、なんとも神秘的だ。

 平和が訪れた感じがするよ。まぁ、まだ全然仕事は完了してないんだけどね。


 朝日に向けて体を伸ばしていると、チュン太が足を伝って肩に登ってきた。

 珍しいな、《ザブルの森》の時に抱きかかえようとしたら怒ってたのに。


 「なぁ、ツクモ。いい知らせと悪い知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?」


 え、いきなり不穏な空気だな。

 

 「えーと、じゃあいい知らせからで」

 「いい知らせは、この村で家を失った人、およびに200人程度の希望者がお前のとこの街に移住することになった。そんでもって、その事はもうガンジってジジイには伝えておいたから、昼までには受け入れの準備が完了する」


 流石はチュン太だ。情報に関してならきっとどの魔王よりも恐ろしい力を発揮するんだろう。

 それにしても悪い知らせがあるのか。困ったな。聞きたくないな。


 「で、悪い知らせって?」

 「……《肆のダンジョン》の主が殺された。ザブル地方半分の魔力を供給してたダンジョンが機能していない。そして……」


 「まだあるの?」


 「お前のとこの狐のガキが、冒険者に拉致られた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

付喪神(ツクモガミ)が異世界転勤をして魔族の守護者になるそうです 朝の清流 @TA0303

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ