猫(びょう)

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猫(びょう)

 猫主観の小説といえばあまりにも偉大なものが思い浮かぶけれども、凡猫ぼんびょうたるこの僕が色々とボヤくことが物語になるもんなのかねー。


 僕の住まうは神社の鳥居のその脇にある木の柵で囲まれたケージみたいな一角さ。


 立て看板にはさ、


『ノラ猫などに餌を与えないでください』


 って書かれてるよ。


 安心してよ、自活してるからさ。

 ちょっと住まいを神様に借りてるってだけで。


 僕の大家さんたるこの神社の神様はとても霊験あらたからしいよ。

 なんでも九州や北海道からわざわざ参拝に来なさる信心深い方も大勢おられるからさ。


 ご利益は、『必勝祈願』。


 必ず勝つ、って何に勝つのかねえ?


 遠方の参拝客だけじゃなくって、近隣の子供らもやって来るよ。


 この間なんか、高校生の男ばっかり20人ほどわーっ、ってやって来てさ、ぞろぞろと社殿向かって歩いて行ったかと思ったら、


「やるぞ、やるぞ、俺たちゃやるぞー!」


 って全員でがなり立てて、それからみんなでお賽銭をぽんぽん投げ入れてさ、神妙な顔して二礼二拍手一礼して祈願してるからなにかと思って裏のじいちゃん猫に訊いたらさ、運動会のリレーの必勝祈願だと。


 大変なことだな。


 僕もそれなりに生きるのに必死なんだがな。


 毎日の食生活を紹介しようか。


 朝はまあごみ収集所を漁ったりもするんだが、一応、かりはしてるのさ。


 この神社の鳥居の脇でネズミを見つけたことがあったよ。

 彼? 彼女? はね、僕が鳥居の石柱の後ろから、ひょい、っと姿を現したら、ほんとに体が固まっちゃったみたいに動けなくなっててさ。

 なんなく食事にありつけたよ。


 窮鼠猫を噛む、なんてありゃあ、嘘だよ。ネズミはネズミさ。どこぞの地平で一番えらいやつだとしても、ネズミはネズミさ。


 節分、てえのを神社だからやるんだけどさ、あれには参ったね。


 僕がまだ生まれてまもないひよひよの若猫だった頃にさ、まかれた豆をポリポリと食べたもんだよ。


 一発だったね。お腹壊しちゃって。

 消化に良くないんだね、豆って。


 まあこんな気ままな生活だけれども、最近迷うんだよね。

 きっかけは人間のじいちゃんさ。


 そのじいちゃんがちっこい女の子を連れて朔日ついたちにお参りに来たんだが。

 その子が僕のことをえらく気に入ったみたいでさ。


「おじいちゃん、飼っちゃダメ?」


 なんて僕のことを飼い猫にしようとしてるのさ。

 それからその女の子はそのじいちゃんと一緒によくお参りに来るようになったんだけどね。

 正直僕もさ、雇用保険やら健康保険やらなんにもない状態で、いざ年取ってヨボヨボになってきたらどうしたもんかな、ってさ。


 完全飼い猫じゃなくて僕の意思を尊重してくれてさ。自由に外と家の中を行き来できて、ちょっと獲物を捕獲して口に咥えて帰って来てもグロテスクなものを見るようでなくってそのまんまの状態でもって判断してくれてさ。


 そういうんなら、少しは人間との接触の距離を縮めていけるかな、と思ってるよ。


 そういやこんな光景を見てしまったんだけどさ。


 雪が降ってきた平日の夜さ。


 ひとりのサラリーマンが仕事帰りに参拝しに来たみたいなんだけど、本来夜参りはあんまりよくないのさ。

 夜はネガティブなもの共が神社のエリアには集まってくるからね。

 でも、そのサラリーマン本体自身もネガティブな雰囲気を醸し出してたから、影響は受けないのかもしれない。

 彼はさ、藁人形も何も持ってないけれど、やるせない気持ちを柏手を打つそのヤケクソな音に込めてたよ。


「ああ、みんな好きなことだけやって嫌なことはそれを告げ口したり面と向かって怒り出したりできない人に押し付けて死ぬまで生きていけばいいんだよ!」


 なんだかそのサラリーマンが哀れになってね、僕はにゃあ、って言ってすり寄って行ったよ。


 僕は黒猫だからさ、横切るだけで嫌がる人もいるんだけど、そのサラリーマンの彼は僕を撫でる代わりになんだこりゃ、っていう行動をしたよ。


「南無・・・」


 って語尾が聞き取れないような小声で呟いてぼくに合掌したのさ。


 なんだろうかね、意味は分かんなかったけど、まさか僕を神として拝むわけもなし。


 僕が想像するに、彼は、人語を解さない、それこそ神仏に手を合わせることもできない僕に逆に哀れみを感じてそういう行動に出たのかもしれないし。


 どっちでもいいさ。


 ああ、また朝日が出て来たよ。

 僕にとっては月の方が性に合うよ。


 さて、今日もまた一日、僕なりの自活ってものをやってみようか。

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