松竹梅

@inri

第1話

松竹梅(まつ・たけ・うめ)


とある会社で、遠方に支店を作ることになりました。そして場所を選定するために、社長と部長と課長が自動車で出張しました。昼になりましたが、目的の街まではまだ遠かったため、山道にある小さな料理店「稲荷屋」で昼食をとることにしました。


その店のお品書きには「松・竹・梅」とだけ書いてありました。

課長「和風の店構えで松竹梅ということは、松が特上定食、竹が上定食、梅が並定食ということですかねえ。」

部長「まあそうだろうな。それじゃあ、社長が松、私が竹、課長が梅でいいですかね。」

社長「そうだな、そうしよう。」

課長「おーい注文、お願いします。」

すると女中が出てきました。

課長「社長が松、部長が竹、私が梅でお願いします。」

女中「かしこまりました。しばらくお待ちください。」

女中はメモして、調理場に戻っていきました。

課長「このお品書き、松・竹・梅だけで、中身も値段も書いてありませんけど、ちょっと心配ですね。」

部長「まあ、大丈夫だろ。」

社長「心配するな。もし値段が高かったら俺が払ってやるよ。」

しばらくすると、女中が料理をもってきました。

「お待たせいたしました。梅でございます。」

課長「おお、これはすごい。鰻のかば焼きに、車海老の天ぷら、そして黒鮪のトロ。」

女中はすぐさま調理場に戻っていきました。

部長「梅がこれだけ豪華ということは、竹や松はさぞかしすごいんでしょうな。」

社長「そうだろうな。まあ値段が気になるが、たまには贅沢もいいだろう。料理は作りたてが一番だ、遠慮せずに先に食べなさい。」

課長が食べ始めました。

課長「いやあ、梅だけにうめえなあ。」

部長「何だ、おやじギャグかよ。」

社長「まあいいじゃないか、それだけうまいんだろう。」

間もなく女中が料理を持ってきました。「お待たせしました、竹でございます。」

部長「稲荷鮨と味噌汁とたくあんじゃないか。梅より竹の方が粗末とは、どういうことだ。」

女中「梅よりも竹の方が豪華というのは、お客様の思い込みでございます。私どもは、お客様のご注文通りにしただけですので、苦情は受け付けかねます。」

部長「何だと、お前じゃ話にならん。店主を呼べ。」

社長「まあ、いいじゃないか、ここは落ち着いて、黙って食べなさい。」

課長「僕のおかず、まだ残ってるので、よかったらどうぞ。」

部長「要らないよ。」

部長は不満げに食べ、やがて課長も部長も食べ終わりました。

社長「それにしても遅いなあ。」

部長「そうですね、よほど手間のかかるものでも作ってるんですかね。」

課長「客が注文してから、仕込みをする店もあるっていいますからね。ちょっと見てきます。」

課長は調理場に顔を出し、「あの、松を注文したんですが、まだできませんか?」

女中「申し訳ありません、間もなくできますので、しばらくお待ちください。松だけに、待つ時間が長いんです。」

課長は席に戻り「社長、すぐにできるそうです。女中によると、松は待つんだそうです。」

社長「何だか、人をばかにしてるな。」

しばらくすると女中が料理を持ってきました。

「お待たせしました、松でございます。」

女中は、狐うどんを台に置きました。

社長「私は、あまりこういうことは言いたくないんだが、あまりにもひどいので言わせてもらう。梅よりも竹や松が質素というのは、おかしいじゃないか。しかも、これだけ簡素な料理で、これだけ長時間待たせるというのもおかしい。こんなことでは客商売はできないよ。今回のことは我慢するからいいとして、店主にそう伝えなさい。」

女中は「かしこまりました」と言って調理場に戻りました。

社長は、部長と課長を待たせてはならないと思い、熱い狐うどんを急いで食べました。あまり感情を表に出さない社長でしたが、その表情は明らかに、口が熱くてたまらない苦悶の表情でした。

社長も食べ終わり、会計をすることにしました。

課長「会計お願いします。」

女中が出てきて、「松が1000円、竹が10000円、梅が1000円でございます。」

部長「何?、あの質素な料理が10000円だと。竹が1000円、梅が10000円の間違いじゃないか?」

女中「いいえ、竹が10000円で、梅が1000円でございます。」

部長「納得できん。店主を呼べ」

女中は、店主を呼んで来ました。

店主「お客さん、妙ないいがかりをつけられては困ります。うちは、お品書き通りの料理を出したまでです。松は待つ時間が長いから松、竹は値段が高(たけ)えから竹、梅は味が旨(うめ)えから梅。」

社長「何だそれは、だじゃれじゃないか。ふざけるな。だったら、木の松竹梅じゃなくて、待つ・高え・旨えと書けばいいじゃないか。」

店主「これだから、しゃれの通じねえ田舎者は困るんだ。もういい、金は要らねえから、とっとと帰りな。」

店主がそういうと、店が消えてなくなり、店主と女中は狐に姿を変え、遠くに走り去りました。

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