Epilogue:「恩返しに来たパンツは、ずっとずっと…」

「こんなことでいいのか?本当に?」


「そうです。ゆーちゃんさんが、お墓参りをしてくれるなら転生する予定だった権利?的なものをくれるって…『たのしいことは先延ばしにしたほうがいいことがありそう』とおっしゃってました…」


 ゆーちゃんさんのお墓に水をかけた直久さんは、ゆっくりと手を合わせてしばらく黙って目を閉じていた。

 やっと顔をあげた直久さんは、隣にいる私の顔を見て、まだ納得がいかないと言いたげに顎に手を当てながら首を傾げる。


 私が黙って頷くと、彼は小さく「そっか」と言って、ゆーちゃんさんのお墓に備えたピンクと白の百合の花びらにそっと指を触れて花を揺らす。


 私がこの姿で彼のもとに戻ることになったのは「ゆーちゃんさんのお墓参りを一度すること」だった。多分すぐにじゃなくてもいいんだろうけど、それを話したら、直久さんはすぐに行こうと言って、私達はこの海がよく見える霊園にいる。


「向こうでのこと、覚えてたりするのか?」


 彼の言葉に私は首を横に振る。

 あちらの世界のルールや記憶は日に日に曖昧になっている。

 まだ覚えてるのは、私がパンツの神様と呼んでいる存在が、不思議な力を使って私を「早川 百合」という人間にしてくれたことだった。

 小さな頃から今までの記憶もあって、どうやら私は小さな頃父を亡くして、母は実家に頼りながらも私を大学を卒業するまで懸命にがんばり、去年病気で亡くなったらしい。

 生まれたときから今までの人間としての記憶もあるんですって直久さんに伝えたら、彼は明るく笑いながら「まぁ…パンツが恩返しに来たんだ。どんなことでもユリが言うなら信じるよ」と言って頭を撫でてくれた。


「ゆーちゃん、本当にありがとう…」


 白とピンクの百合の花を、ゆーちゃんさんに見立て撫でるようにすると、風に吹かれた百合の花が頷くように動いた。

 それに気が付かないまま、直久さんはゆーちゃんさんのお墓に背を向けて元来た道を歩き出す。

 初夏でも、まだ吹き付けてくる風は肌寒い。


 見えないけれど、そこにゆーちゃんさんがいるような気がして、私は彼女のお墓に頭を下げてから、先に歩く直久さんを小走りで追いかける。

 海の香りを運んでくる風が心地よく髪を撫でていく。


『ぱんつのおねーちゃん、なーくんをよろしくね』


 そんな声が聞こえた気がして、私は後ろを振り返った。

 けれど、後ろを見ても何もなく、ゆーちゃんさんのお墓に備えられた二輪の百合の花が風に揺られているだけだった。


「なにか忘れ物でもしたか?」


「大丈夫です」


 立ち止まって後ろを見ている私を心配して声をかけてくれた直久さんの手をしっかりと握りながら、私は元気よく返事をして歩き出す。

 パンツではなくなってしまったけれど、彼はパンツだった時と変わらず私のことを好きだと言ってくれる。

 だから、私もパンツだった時と変わらず、彼に恩返しをしていきたいと思う。

 

「恩返しにきたパンツは、命の恩人とずっとずっと幸せにくらしましたとさ」


 直久さんに聞こえないようにそっと、私は小さな声で囁いた。

 そして、隣にいる彼の腕に顔をくっつけて歩き出す。二人の生活をまた始めるために…。

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パンツの恩返し こむらさき @violetsnake206

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